5月1日(水)_娘バカな暗殺者《1巻3章冒頭》

「む?」


 ――深夜、永彩えいさい学園男子寮。


 今日も今日とて電子錠を突破して俺の部屋に忍び込んでいるハッキング上手な暗殺者少女が、膝の上(近くでも隣でもなく〝膝の上〟だ)でこてりと首を傾げた。


「……でんわ」

「出てもいい?」


「え?」

「いいけど……聞いてていいのか?」

「席、外すけど」


「だいじょうぶ」

「あんしんあんぜん、むがいなひとだから」


 淡々と告げる人懐っこい暗殺者。

 

 上半身を軽く捻って器用に俺の顔を見上げているため、単に密着しているだけじゃなく、さらさらの黒髪が目の前で揺れる。


「無害……ねえ?」

「まあ、お前がいいなら別にいいけど」


 聞かれてもいいということは、いわゆる事務的な電話か何かだろうか。


「ん」

「もしも――」


羽依花ういかぁああああああ!!』


 ……少女が言葉を紡ぎかけた途端、異常な大音声が室内に響き渡った。


 スピーカーモードでもないのに余裕で俺の元まで聞こえる声は、どう考えても事務連絡の類じゃない。


(というか……もしかして、こいつの〝父親〟か!?)


 覗き込まずとも見えているデバイスの画面にあるのは〝パパ〟の2文字。


 凄まじく熱のもった声はなおも続く。


『今どこにいるんだ羽依花!』

『元気か羽依花!』

『楽しくやっているか、羽依花ぁあああああああ!?』


「ん、げんき」


 秘密結社だから大声では言えないのだけれど、本名を〝潜里くぐり羽依花〟という暗殺者の彼女は静かに首を縦に振る。


「いま、がっこう……寮のなか」

「ちょっと、楽しめ?」


『そうかそうか! 良かったな羽依花! さすがだな羽依花!』

『友達はできたか羽依花!?』


「もちのろん」

「わたしにかかれば、よゆう……ともだち、うじゃうじゃ」

「パンダ並みの大人気」


『なんとぉ!』

『では、まさか……まさか、男もいるのか!? 男友達が! いるのかぁああ!?」


「?」

「それは、もう……いちばん近くにいるのは、おとこのこ」


『ほう、ほうほうほう!』

『そいつは……なんだ、羽依花のことを狙っているのか?』

『どうなんだ、羽依花ぁあああああ!?』


「ん……」


 ちら、と再びこちらを覗き込む夜空みたいな瞳。


 ダウナーでローテンションな童顔から、舌っ足らずで無垢な問いが繰り出される。


「ねえねえ」

「パパから、しつもん……くろまくさんは、わたしのこと狙ってる?」


「――へ?」


『何ぃ!?』


 俺が声を零した瞬間、電話口から聞こえる声が〝怒り〟に染まった。


『そ、そ……そこにいるのか、間男まおとこォおおおお!?』


(やっっっっべ!?!?!?)


 ……単に〝女の子の父親〟というだけの問題じゃない。


 電話の向こうにいるのは、伝説の暗殺者組織マーダーギルド【K】頭目。そんな人物に本気でくびり殺されないよう、俺は――星空みたいな黒白こくびゃくの瞳に「?」と見つめられながら――必死で言い訳を探すのだった。

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