4月19日(金)_暗殺者への依頼状《1巻2章》

「――いや、いやいやいやいや」

「あのさ」

「俺を〝暗殺〟してもらうって……それ、どういう意味だ?」


 あまりにも突飛な提案に思わず訊き返す。


 完全犯罪組織のメンバースカウト、第二弾。次なるターゲットを仲間に誘う方法を考えていたおり、隣に座る少女から繰り出されたのはいかにも物騒な発言だった。


「――言葉通りの意味ですよ、団長ボス?」

仲間メンバー候補の暗殺者さんに、その力を存分に発揮してもらうんです」


 うふふ、と。

 スリルを愛する大怪盗が、恍惚にとろんと顔をとろけさせる。


「伝説的な暗殺者一家に生まれた〝最強〟の暗殺者……」


 俺の耳元で紡がれるのはそよ風みたいに涼しげな声だ。


「どうやって殺しにくるのでしょうか?」

「ナイフを突き付けられるのか、はたまた毒を盛られるのか……」

「ふふっ、とってもドキドキしますね?」


「……いや、俺は危険ドキドキを楽しめるような性格じゃないんだけど」


 羨ましそうなサファイアの瞳を向けられて頬を引き攣らせる俺。


「でも……」


 気を取り直して、溜め息を一つ。


「確かにスジは通ってるんだよな」

「要は、お前が俺を守ってくれるってことだろ?」

「暗殺者に仕事を依頼して、現行犯で捕まえる。その上で話を聞いてもらう」


「はい、そういうことです」


 ピン、と人差し指を立てる大怪盗。


 お伽噺のお姫様みたいな銀色の髪が上品にふわりと揺れ動く。


「本当なら私が標的ターゲットになりたいんですよ?」

「なかなか経験できない貴重なスリルですから」

「ズルいです、羨ましいです」

「……むぅ……」


「…………」

「……分かった、分かったよ」

「それ以上の案もなさそうだし、仕方ないか」


「ふふっ、納得していただけて嬉しいです」

「安心してください。依頼料は私が全て出しますから」


「それは助かる」


 くだん暗殺者組織マーダーギルドは謎に包まれているのだけれど、上質な仕事の代わりに依頼料はとんでもない額になるという噂だ。


 天下の大怪盗でもない限り、高校生に捻出ねんしゅつできるとは思えない。


「ん……」


 頭の中で考えをまとめて、はたと気付く。


「そういえばさ」

「これって、暗殺の依頼文も俺が書くのか?」


「もちろん。何しろ団長ボスですから」


「……〝俺を殺してくれ〟って?」


「はい、その通りですよ?」


 くすっ、とあやしく微笑む怪盗少女――。


 お姫様みたいな雰囲気の彼女はそっと俺の傍らに手を突くと、優雅な仕草で上半身をこちらへ向けてきた。……ふわりと漂うフローラルな香り。好奇心旺盛なサファイアの瞳が至近距離からワクワクと俺を覗き込んで、そして。


「一生懸命考えてくださいね?」

「――……うっかり殺されてしまったら、大変ですから」


 蕩けるような声音が、耳元でそっと囁いた。

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