第24話 デア・エクス・マキナ

 充血した眼球のように光線が張り巡らされている巨大な穴の辺りで、死の影が舞っている。

 紅い、光。

 その全ては、大穴の底の底、太陽のように輝きながら怨嗟を撒き散らす何かから発せられている。

 男は踊りに興じる少女の横で、腕を組みながら天井を見上げていた。

 酷く気分が悪い。

 いや、気分が悪いという言葉で表現するのは些か安直かもしれない。

 それよりもずっと根源的な、生命の起源や恐怖の始まりに訴えかけてくるような揺さぶり。それを今、彼は感じている。

 とはいえ、この場を離れるわけにもいかなかった。

 離れては、計画した全てが水泡に帰してしまう。


「ペリドット様」

「……ん?」


 ふわふわと霧散しかけていた彼の意識が、すっと鮮明になる。

 見れば、そこには長髪の大男が恭しく立っていた。


「なんだ、等活」

「親衛隊の方々から情報が届きましたぞ。ボスを筆頭とする10名が洞窟の中に足を踏み入れたとのことです」

「やっとか。月牙泉の奴らも居るんだろ?」

「そのようですな。何でも、ボスに同伴しているのはヴィオラ=プロフリゴ殿だとか」

「ヴィオラ?ハッ!」


 ペリドットは右手を額に当てながら笑った。


「ヴィオラってのはアレだろ?不用意に教会に近づいたせいで肉壁に喰われた大間抜け」

「ええ。あの場にいらっしゃったのはオーラム殿下とサリナ殿であったはずです」

「恐るるに足りないな。おい。俺がお前に預けた親衛隊の状況はどうなってる?」

「各自、下名の策通りに配置されているようですな。彼らは効果的に一行を足止めし、必ずやペリドット殿の望みを叶える助けになりましょうぞ」

「当然だ。奴らは俺が直々に見出した精兵だからな。前はあの小娘に恥をかかされたが……今回ばかりはそう簡単に邪魔立てさせない」


 ふと、彼は背骨の辺りが冷たさに軋む感覚を覚えた。

 あぁ、何度同じ経験をしても慣れないものだ。

 踊りに飽きた少女が、そこに立っているのだろう。


「えー?そんな簡単にどうにかなっちゃうのぉ?イブってば、またあの子達と会うのを楽しみにしてたのにぃ」

「……ミズ・イブリース。そう我儘を言わないでいただきたい。あなたの目的は、取るに足らない傭兵達のことですか?」

「アハッ♡んーん、違うよ。でも、楽しくなきゃやる気って起きないでしょ?」

「それとこれとは別なのです、ミズ・イブリース」


 どこか疲れた様子で溜息を吐くペリドット。

 傲慢ではあるが、彼は目的に対してどこまでも真面目な人間だ。

 快楽に生き、快楽に死すイブリースとは致命的に相性が悪いのかもしれない。


「あなたが提供してくれた情報のお陰で、オーラムからその称号を受け継ぎ、偽りの統治者からボスの座を取り戻す算段を立てることができました」


 大穴を覗き込み、地中の太陽を眺める。

 何ともまぁ、禍々しいものだ。


「ただ、あくまであなたと私達は協力者同士。どこまで行っても対等な関係であるということをお忘れなく」

「もー、真面目クンはいつもそうだよねぇ。そんなんだから、ずーっとトゲが抜けないんだよぉ?」

「……」


 後ろで手を組みながら、彼女はスキップで辺りを跳ね回る。

 裸足の癖に、剥き出しの岩の上をよくもまぁここまで元気に走り回れるものだ。

 きっと、行儀というものを知らずに育ったのだろう。

 ペリドットは心の中で彼女を嘲笑う。


「……等活」

「ここに」

「確かに、ミズ・イブリースの言う通りかもしれない。他の有象無象は兎も角として、ボスは紛れもない傑物だ。これが完全に活性化するまで、アイツらを近づけるわけにはいかない……念には念を入れて、更に戦力を投入しよう」

「ご心配に及ぶことなどありませんぞ。あなた様の親衛隊の他に、下名が従える者共もまた同様に配置しております」

「お前が従える?そんな奴ら居たか?」


 パッと大男の方を向き、彼は訝しげに見つめる。

 笑顔を貼り付けたかのような男は、あくまで腰を低く屈めながら頷いた。


「ええ、ええ。微力ながら、閣下のお力に添えればと思いまして。しかし、閣下の衛兵程精強なわけではございませぬ故、閣下のお考えもまた並行して講じるのがよろしいかと」

「ああ、そうだな。アウレリアは今、どこに居る?」

「さて。ここ数日顔を合わせておりませぬ。どうやら、下名は嫌われて居るようですな」

「お前らの好き嫌いなんてどうでも良い。……まぁ、洞窟の中には居るだろ」

「間違いないかと」


 それなら——

 彼は顎に手を当てながら笑った。

 次なる一手は決まった、とばかりに。

 血潮の霧が揺れ、また1つ紅き転輪の中に流れ込んでいく。

 怨嗟と我欲の本質が駆け巡り、増幅していく中で、辺りに立つ鬼の眼は誰よりも高らかに笑っていた。



 マーキュリーの前を歩くサリナの足が止まる。

 この洞窟に入ってからというもの、彼女は幾度となく足を止めて地中を眺めていたが、敢えて彼が口を出すことはなかった。

 サリナ=グルンは、戦いの為に生まれ、戦いの為に生きてきた生粋の戦士である。

 そういう意味で、違和感を感知する嗅覚というものはマーキュリーさえ遥かに凌ぐ精度を誇っていた。


「……マーキュリーさん」

「どうされましたか?何か気になることが?」

「血の香りがします」

「血……」


 そして、彼女の言葉を有用な情報に変換するのはマーキュリーの仕事である。

 

「具体的な方向は分かりますか?」

「前方から吹く風に乗って……少しずつ濃くなっています」

「濃くなっている?」


 考えられるのは2択だ。

 1つ、この道の先に何らかの血の匂いを発するものがある。

 2つ、血の匂いを発する何かが刻一刻と近づいてきている。

 前者は兎も角……後者の場合、少々面倒だ。


「この先に、生命を感じません……それよりもずっと悍ましい感覚がしています」

「成る程。いや、私も捉えましたよ」


 聴覚を研ぎ澄ませ、サリナが感じ取っているのだろう気配を汲み取る。

 確かに、向こうで何かが滴っていた。


「身共は、いつでも」


 その手に持つは、白亜の長槍。

 ヴィオラに比べれば、彼とサリナは長いことアルカヘストの元で肩を並べてきた。

 故に、彼女が握る蒼炎と紅焔の槍は何度か眼にしたことがある。

 彼女自身はまだ若く、青い所も多い。

 奸計に出し抜かれた所をマーキュリーが助け出したことだって何度もある。

 ただ、それでも、サリナが正面を切った戦いで敗北したところは今までで一度も見たことがないのだった。


「しゃ……が、ががっ、ば……」

「あれは……」


 囁き声と共に、煌々と輝く大きな眼が闇の中からこちらを見つめていた。

 灯りを反射して煌めいているものは、ただ1つだけ。

 ——1つ?

 仮に、あれが人間だったとしよう。

 それならば、2つはあって然るべきじゃないのか。


「……不吉な香りがします」


 あれは果たして、横顔なのか?

 いやそんなわけがない、光は段々と近づいてきている。

 大きな、大きな眼だ。

 たちまちにして、生理的嫌悪感を誘発させる歪な姿が顕になった。

 それは、無数の手足で


「がー、ががっ、び……」

「……」


 大体3mから4mくらいだろうか。

 洞穴を塞いで余りある、見上げんばかりの大きさの怪物が、眼と鼻の先にまで近づいている。

 眼に加えて特筆すべきは、その巨大な口だ。

 剥き出しになっている歯茎と鋭い歯には、赤くどろりとした液体が纏わりついており、汚らしくも歩みの度に床へ垂れ流していた。

 鼻を突く、強烈な鉄の香り……いや、この場に鉄など殆どない。

 あれこそ、サリナの感じ取ったものなのだろう。

 2人の脳内で、大きな鐘の音が鳴った。

 無論、幻聴である。

 しかしそれは、危険を知らせる明確な警鐘であった。

 脳が、神経が、感情が、意識が、訴えかけているのだ。

 この巨人は、この大陸に存在しているべきではないと。

 そして、この怪物に立ち向かうのは無意味だと。

 無論だ、そんなことは一眼見ただけで分かる。

 背筋を凍り付かせるような出来事は、止まる所を知らない。


「あ……」


 幸か不幸か、サリナはマーキュリーよりも早くそれを視認していた。

 単眼の悪魔は、矮小な人間を嘲笑うように口角を上げ、笑う。

 その奥歯には、肉のへばりついた布が引っ掛かっている。

 見覚えがあった。

 見覚えがあってしまった。

 もう少しだけ彼女の記憶力と観察力が悪ければ。


「サリナさん。深呼吸ですよ」


 そして、彼もまた気がついた。

 布切れ、否、服の残骸。

 あれは、アレキサンドライトが部下に支給していた防護服の欠片だ。

 となれば、何故この化け物の口内にそれがあるのか、という疑問が浮かび上がる。

 その答えは、今尚滴り続けている液体が明確に教えてくれていた。


「……ふぅ。分かってます。この程度慣れてますから」

「それなら……」

「ばっっ、ば、がばっががが」


 黒い毛玉のような身体から、幾千もの腕が、靄がかった呪いを体現するように襲い掛かった。


「このデカブツをどうにかする手立てを考えなくては!」

「シュッ!」


 飛び上がった、不安定な体勢から一条の光が放たれる。

 それは、闇に染まった洞穴を僅かに照らし、立ちはだかる人喰いの身体に風穴を開けた。

 ただ、それだけでは足りない。

 一度の衝撃で、幾分か化け物の視線を逸らすことはできても、傷を負わせている感触は皆無だ。


「……」


 着地と共に、槍がサリナの手元に帰ってくる。

 彼女は味わったことのない感触に困惑しているようだった。

 そこにあるようで、ない。

 煙の塊のような存在。

 だが、それは確かに人間へ害を及ぼそうとしていた。


「どうでした?」


 マーキュリーは2丁の拳銃を取り出しながら尋ねる。


「暖簾に腕押しですね」

「難しい言葉を知っていますね」

「身共を揶揄う暇が?」

「ここは、僕以外誰も居ません。少しくらいなら《戦車》の力を使っても話がややこしくなることはないでしょう」

「本当に大丈夫ですか」

「アフターフォローは僕にお任せを。それこそ、手加減している暇はないので」

「……イエッサー」


 そう言うとサリナは、深呼吸をしてからガスマスクを無造作に取り外し、ランプと共にマーキュリーの胸元へ投げつけた。

 眼を閉じ、数秒の沈黙。

 何かを察したのか、浴びせるように化け物は身体を寄せる。

 ただ、遅かった。

 飽和量の手が彼女を抑えつけるより前に炎が吹き出し、ガリガリと軋むような音を立てながら、城を成す煉瓦が如く歯車が噛み合っていく。

 そして視界を焼き尽くすような青の火花が落ち着いた時、その場に立っていたのはあの精悍な顔立ちの少女ではなかった。


「スゥー……」


 機械仕掛けの鎧。

 これが、先程までの少女と同一人物なのか。

 マーキュリーは、初めて彼女の駆動体……《戦車》のオルガンとしての姿を目の当たりにした時のことをぼんやり思い出していた。

 肌の上を走るチリチリとした痛みと共に、蕾のように広がる閃きは紫光を散らして霧散する。

 《戦車》の能力。

 白亜の槍を呼び出すことなど、副次効果に過ぎない。

 何しろ本来の効力は、所持者を戦車そのものへ昇華させることにあるのだから。

 数センチ宙に浮いていた彼女の足が、砂埃と共に着地する。

 鉄仮面の隙間から、煌々としたラベンダー色のヘッドライトが顔を覗かせた。


「お待たせ致しました」


 マスク越しの声を石窟中に響かせながら、彼女は岩の割れ目に突き刺さった槍を引き抜いた。

 元々身の丈程もあった槍が、まるで小さくなったかのように思える。

 それは、サリナが駆動体となったことでマーキュリーの身長すら大きく越える上背を手に入れたからだった。


「身共が、あの化け物の気を引きます」

「倒すとは言わないんですね」

「できることとできないことくらいの判断はできます。あの一撃で、物理の類は殆ど効力を有さないと理解しました。身共が苦手なタイプです」

「それでも気は引けると」

「……後ろから槍で刺されたいのなら、そこに立ったままでも構いませんよ」


 サリナは槍を構えた。

 幾らか誇張された呼吸音が静寂を震わせる。

 この鎧を纏うと、幾分か彼女は強気になるのだった。


「身共が道を開きます。自分の身は自分で守ってくださいね」

「ハハハ。勿論です、お気に召すまでどうぞ。それに、あなたを向こうに運ぶのは僕の役割でしょう?」

「……」


 彼女は今、マーキュリーに一瞥をやったのだろうか。

 ほんの少しだけ彼の方に仮面が向き、それから瞬きの内に機械の影はその場を後にしていた。


「じゃ、じゃ……しゃ、つつ」


 振動する黒き巨人は、その体躯から枝のように腕を伸ばし、跳躍した少女を捕まえにかかる。

 為す術もなくアレキサンドライトの部下が捕食されたのも理解できる執拗さだ。

 この怪物にあるのは、人間への害意だけなのだろう。

 爛々としている紅の単眼からは、単純な食欲しか伺えない。

 ただそれでも、サリナに遠く及ばないものがあった。

 速さである。


「遅い」


 戦車と化した彼女とは、不沈の軍艦であり、百戦錬磨の戦闘機であり、無数の山川を踏破した移動要塞である。

 仮にその大きな手がサリナを掴もうと、容易に捩じ切られ間合いを詰められる。

 そして彼女の眼と大きな靄が抱える眼が合った時、既に槍は放たれていた。

 突き刺さる。

 尤も、その槍が化け物に傷を負わせることはない。

 そこにあるようでない、呪いの実体化が如きそれは、外界からの一撃を最も容易く遮断する。

 ただ、動きを鈍くする方法は、何も実体に傷をつけることだけではなかった。


「がーっっ」


 衝撃は新たな道を掘削するように広がり、細かく砕かれた岩を舞い上がらせた。

 同時に槍より二重螺旋状の火炎が吹き出し、怪物の視界を塞ぐ。


「じゃ、び……がが、が」

「がーがーうるさいですね……マーキュリーさん!!!」

「はい!」

 

 短い間の挙動から推測するに。

 この怪物は、あらゆる感覚の確保を巨大な単眼に委ねているようだった。

 仮にそれが正しいとしたら、出し抜く隙も作れようというもの。


「さて、少しの間大人しくしてくださいよ……?一の弾丸——」


 マーキュリーは、二丁拳銃の引き金に指を掛けた。

 ここに来て、ただの弾丸を?

 サリナ程の戦士でさえ、物理的な突破を諦める程の相手に?

 否、そうではない。

 彼が持っているのは、確かにただのピストルに過ぎない。

 アルカヘストの幕下に入るよりもずっと前に手に入れた、長年の相棒だ。

 だが籠められた球には彼にしかできない様々な工夫が凝らされていた。


「“ディアヴァティリオ”!」


 彼には、ヴィオラやサリナ程のフィジカルがあるわけではない。

 生きていく為に身につけた数々の技巧が、火薬と共に弾けて宙を切る。


「——しゃ、びっ」


 猶予は10秒も無かった。黒い靄の眼は、飛散する火薬に釣られるように視界を取り戻す。

 どこだ。

 どこにいる。

 血走った瞳で探るも、そこには砕けた無数の石筍以外何も見当たらない。

 影のように手を伸ばし、周囲を無差別に叩き回ったとしても、一向に鮮血が噴き出すことはなかった。

 あの煩わしい紅焔もまた、既に見当たらず。


「が、じゃ、しゃ……びっ」


 諦めたのか、はたまた次なる標的を見つけ出す方が良いと判断したのか。

 それは動き回る壁のように、進軍を開始した。


「……」


 背後。

 マーキュリーは、その動きから致命的とも言える弱点を見出していた。

 怪物は前方に腕を伸ばすばかりで、後方には全くと言って良いほど気を使っていなかったのである。

 或いは、注意を払うことができないのか。

 とはいえ、後ろが疎かになっていたとして。化け物は手足を廃坑の通路一杯に伸ばして行き来を遮断しているのだから、利用すること自体思いつくのは難しいだろう。


「フッ」


 普通ならば、そうである。

 ただ彼は違った。

 一瞬の隙を突いて過たず放たれた弾丸は、叩き落とされることなく腕と腕の隙間を通り抜け、奥の壁にめり込む。

 その瞬間、2人の身体は弾丸と同一の座標にワープしていた。

 《吊し人》が齎す力の1つ。

 一の弾丸。

 それは、マーキュリーの十八番の1つであり、サリナもまた幾度となく眼にしたことのある能力だった。

 1分だろうか、それとも10分だったろうか、息を殺して岩陰に身を隠し、あの紅い眼が再びこちらを捉えることがないよう時を待つ。

 そして全ての物音が消え去った時、ようやく彼は息を漏らした。


「ふぅ……上手くいきましたね」

「何がフッ、ですか。カッコつけも良い加減にしてください」

「カッコつけではありません。僕よりもサリナさんの方がずっとカッコよかったですよ?」

「お世辞ですね」


 纏う鎧が光の粒となって消え去ると、サリナはゆっくり眼を開いた。

 どうしてだろう。メカメカしい姿もまた彼女らしいが、この血肉の通った身体の方が、生きている実感が湧いてくる。


「いえ、まさか。あなたの大ぶりな動きのお陰でこの弾を通せたんですからね」


 マーキュリーは立ち上がり、壁に小さな穴を開けた銀色の弾丸を抉り出した。


「しかし、2度も同じ策は通じないでしょう。再会を果たすまでに相応の対策は立てておかなければ」

「そういうことは、マーキュリーさんにお任せします。身共は……」

「苦手だから、でしょう?」

「……」

「ご安心ください。尤も、僕とあなただけでどうにかできる自信はありませんが」


 困ったように笑いながら、服にこびり付いた砂埃を払い落とす。

 彼女が理由を尋ねることはなかった。

 実際、今のところあの化け物に対する有効打など無いのだ。

 静かに舌打ちをする。

 やはり、直接殴ってどうにかできない相手は嫌いだった。


「どうして、あんな化け物が……」


 あの、どろりとした重圧。液体の滴る音、無数の手足が岩を掴み砕く声。

 ふと、2人はそれを思い出した。

 一切の物理攻撃を遮断する特性も含め、その存在自体謎でしかない。

 

「その答えこそ、金鉱の閉鎖に大きく関わっているのかもしれません」

「……」

「思考の選択肢を増やす為にも、そしてこれ以上犠牲者を増やさない為にも。一先ずアレキサンドライトさんやヴィオラさんとの合流を目指しましょう。ことここに至っては、効率よりも安全を優先するべきです」

「身共もそれが良いと思います。それに、あの化け物を許すことはできません。誰かの手を借りてでも……」

「ふふ。そういう所は相変わらずですね。それでは、バトンタッチということで。僕は補佐に戻るとします」

「はい。身共が、必ず合流可能な道筋を見つけ出しますから」


 彼女は決意を瞳に宿して、地に臥したままの槍を取り腰を上げた。

 このモードに入ったサリナは、静かな情熱を決して手放さない。

 マーキュリーにとって、それは特に信頼に値するものであるような気がしていた。

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