無色と魔導師

ねくしあ@カクコン準備中……

僕の手には何も、なかった。

 薄暗い牢屋――僕の右手に繋がれた鎖が揺れる音と、篝火かがりびの燃える音だけが響く小さな世界。かれこれこの生活もひと月になろうとしている。

 最早僕のせかいには、色が存在していなかった。

 

 きっかけは単純なものだった。この王国は圧政を敷き、僕のような孤児は生活をするどころか、手に職をつけることも、食料を手にすることすら出来ない。

 だから仕方なかったのだ。空腹で腹が鳴るたび、その音は死神の足音に聞こえていた。限界だった。


 ――そろりと手を伸ばして屋台の串焼きを取る。そして僕はできる限り早く走った。僕の視界にはその向こう側と串焼きしかなかった。


「兄ちゃん。その串焼き、見せてもらおうか」


 後ろから心臓を突き刺すように届いた声。同時に、僕の身体は宙に浮いた。大柄の男――屋台の店主だ――に掴まれたのだ。


 そこから先の記憶はない。気づいたら、ここにいた。罪の証明と言わんばかりに繋がれた鎖を残して。


 だが、食料があるだけマシだとは思う。


「だ、誰だ! ここは罪人がいる牢屋だぞ!」

「知らぬ。妾の行く手を阻むなら、死ね」

「何を言って――」


 突然響いた話し声。ここの唯一の出入り口からだ。


 次に鳴ったのは、重い何かが落ちる音だった。グチャ、という気味の悪い音。


「敵襲だ! 総員、牢屋へ向か――」

「ちっ、増援を呼ばれるとは失態じゃったわ。よかろう、迎え撃ってやる」


 再びのグチャっという音。

 というか、先程から喋っているこの女性は一体……?


「死ねぇ!」

「一人で来た事を後悔しろ!」

「くたばれ!」

「煩い虫じゃの。《暴食の蛇グライスネイク》」


 地震のような足音が牢屋を揺らす。しかしそれも、数秒後には完全なる沈黙へと変わり果てる。


 コツ、コツ……兵士のものとは違う足音。それが次第に近づいてくるのが分かる。


「やぁ少年。ここを出ないか?」

「……は?」


 なぜ、僕の前に来たのだろうか。一切分からない。


「《天道昇竜アセンド》」


 響く轟音、崩れる世界ろうや。 


「妾と共に来い」


 僕の世界には、色がついた――

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