4話

お祭りの日、紫は村を出る準備をしていた。

お祭りの囃子や、子供のはしゃぐ声が何重にも重なり耳を支配する。


透明な石を握りしめ、昔、母に言われたことを思い返す。

「13歳になった時、あなたはわたしたちのもといた世界に帰ることになる。帰る時は、『色』をぜんぶはらって、石をたどってくるのよ」


自分の持つ『色』をすべて解き放ち、こちらの世界で一度死ぬことではじめて帰ることができるということなのだと、随分後から理解した。


紫は、この日のために2つの石を用意した。

1つ目は母からもらった道しるべとなる石、もう1つは昨日、葵に渡した石。


あの石には、紫の最後の願いが込められていた。



『私のありったけの力を使って、葵の目に色を宿す』



この村を出るとき、全ての力を葵の持つ石に流して、自分は死ぬ。

これが、紫なりの葵への恩返しであり、最後の挨拶だった。


全ての準備を整え、鳥居の下で振り返る。

神主さんが笑顔でこちらを見ていた。

「これで、お別れだね」

寂しげにそうつぶやく神主さんの目尻には皺が刻まれていた。

これまでどんな時も笑顔でいた証拠だ。


「神主さん!本当に今までありがとう!」

「先代の方々にもあっちでよろしく伝えておくれ」

「うん!」


そういうと紫は前へ向き直って村のはずれへ歩き出した。

「まったく、寂しいものだなぁ」

目尻に沿って流れ、地に落ちた雫が神社の地面に染みを作る。

一滴、また一滴と増える染みを、もはや止めることはできなかった。

____________________

花火の時間が近づく。

「明日は絶対花火をみて!」

そういった紫の言葉を思い出す。

色の見えない私が独りで花火を見て楽しめるものなのだろうか。


そう思いながら、昨日もらった石を取り出す。

花火直前特有のそわそわとした雑音の束が孤独な葵の周りを取り囲む。


「あ、もうすぐ始まる!」

そう誰かが発した瞬間だった。

手元の石がカッと光り、視界を飲み込んだ。


突然のことに戸惑う葵の頭に紫の声が、意思が、願いが、握っていた石を伝って流れ込んできた。


紫が…そこにいるかのように語りかけてくるようだった。

そうして葵は感覚で理解した。

いやでもわかってしまった。紫がもう自分の目の前に現れないこと。

もう二度と会えないのだ、ということ。

「紫!待っ…」

「みろ!花火だ!!」

反射的に漏れた声は雑音にかき消される。


どぉん!


その時、光が薄れ視界が開けた。

と同時に流れ込んできた光景に文字通り目を疑った。

瞬間的に明るくなった空を見上げる。そこには今まで見てきた中で最も大きい花が咲いていた。


「うそ…色…」

その時見えた世界はモノクロなどではなかった。

どこまでも鮮やかに、どこまでも自由に、数えきれないほどの色がそこで躍っていた。

これが、色というものなのか。なんて、なんて綺麗なのだろう。


夜空に乱れ咲いては散っていく七色の花に、葵はただひたすらに涙した。

こんなに、こんなにきれいな景色があったなんて。


あぁ、紫がいたなら、あの子はなんていうだろう。

紫、どうしていなくなってしまったの。

こんなに美しい色を置いて。


そこから葵の涙は止まらなかった。

歪む視界を懸命に拭って、花火を目に焼き付けた。

この光景を忘れないように。

そして紫が残してくれた最後の『願い』を、取りこぼさないように。


最後まで、最後まで上を見上げた。


最後に特大の花火がどぉんと打ちあがる。

その花火に向かって無理やり笑って見せた。


どうしてそうしたかは、自分でもわからなかった。

涙は、まだ止まらず頬を伝い続ける。


最後の花火が色をうつすように葵の涙を七色にした。


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