2話

「いろを、あやつる...?」

「あぁ、紫、君は特別だ。君は、あらゆる物や人の『色』を操ることができるんだよ」

幼いながらに、いつかの神主さんから聞いた、自分の持つ力の話だった。


紫の命は紫をいろどる『色彩』そのものであり、自分の色が全て無くなることは、死を意味する。


人の血と同じように少し減っても命に別状はないが、一気に色が抜ければ命を落としかねない。


小さい時に聞いたが故に自分のことながらよくわからなかった。

唯一わかったのは物から色を抜いたり、自分の色を他のものに移すことが出来る、と言うことだけだった。


「かんぬしさん!みて!あおいろのさくら作ったの!」

「本当だ、とても綺麗だね、紫はやっぱり特別だね」

遠い昔に交わしたそんなやりとりを思い出す。

自分の好きなものが、自分の好きな色に染まる、これが心の底から楽しかった。


しかし、それ以上にこの力を使いたくなる時が出来た。

葵と出会ってからである。


葵と出会ったのは6年前、彼女が12歳の時だった。

「紫ちゃん、っていうの?ここにいたの全然知らなかった!よろしくね、私葵」


そこから葵は神社にたびたび遊びに来てくれるようになった。

彼女が遊びにくると、紫は様々な花を様々な色に変えてみせた。

彼岸花を水色にしてみたり、椿を黄色にしてみたり、水やりに使う水を桃色にしてみたりもした。


その度に楽しそうに笑う葵の顔が少しずつ好きになっていった。


一緒に中学校へ行こう、と誘ってくれたのも葵だった。

それまで人前に姿を見せるという気が一切なかった紫にとってこのような提案は寝耳に水だった。


断って当然だろうと、以前なら考えただろう。

なのに、なぜだろう。葵となら、学校にも通えるような気がした。


そうして初めて訪れた村の中学校の入学式で、青色以外の桜を好きになった。

葵がいなければ、紫にとっての桜は一生青色だっただろう。


そこから2人は更に仲良くなった。

宿題を2人で協力したり、木々の色を変えながら山を登ってみたり、葵に向かってピンク色のカブトムシを放って泣かせてしまったこともある。


葵の入ったバレーボール部の大会の前日には紫は神社で勝ちを祈ったりもした。


それを見ていた神主さんは

「あなたはお祈りされる側だよ」

なんて苦笑いしながら言っていた。


なんでもない日を過ごす、それだけであったが紫にとって葵と過ごした時間は確実に、今まで浪費してきた長い、長い時よりも遥かに濃い色を持って輝いているようだった。


しかし、そんな日々の中で、紫はとんでもない衝撃を受けることになる。

それは教室内で、唐突に紫の耳を揺らした。


「葵ちゃんって、色盲しきもうなんだよね?」

「生まれつきみたいだね、気の毒だよね」


どうして、どうして気づかなかったんだろうか。

あんなに側にいながら彼女の見えている世界が自分と全く違うことに気づかなかったというのだ。


葵は、ずっとこっちを見ていた。色を操り、葵を楽しませていたつもりだったのに、葵はただ楽しそうな私のことだけを見てくれていたのだ。


自分の視野の狭さを痛感させられた紫は、今までの自分をひたすらに恥じた。

同時に葵にたいして、なにかしてあげられることはないか、ひたすらに模索するようになった。

____________________

「ねぇ、紫聞いてる?」

「ごめん、実は明日は事情があって行けないんだ、ごめん」

紫にはそう誤魔化すことしかできなかった、まして葵の目を見て話すなんて出来もしない。


どこまでもはぐらかそうとする情けない姿の自分が、そこにはいた。


しかしそれだけではない。

伊達に長い間、葵のことを考え続けていたわけではない。

最後に葵にしてあげられるせめてもの恩返しを、紫は思いついていた。


目の前で不貞腐れている葵に紫は、透明な石を手渡した。

「明日はこれを持ってお祭りに来て。約束だよ」

「?なにこれ」

相変わらずしかめっ面のまま葵は不機嫌そうに尋ねた。

「明日来ればわかるよ」

そう告げてから紫は葵に再び向き直った。


「葵、本当にありがとう、私に色をくれて」


二人を彩るように輝く西陽が、影を伸ばして沈んでいった。






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