1話

「そっちだ!そっち持ってくれ」

「待て、今手ぇ離せねぇ」


明日行われる年に一度の夏祭りの準備で、村唯一の神社である慶翠けいすい神社は焦りを纏った喧騒で満ちている。

陽が落ちそうな夕暮れ時に奔走する村の人々の姿を、ゆかりは神社の石段から眺めていた。


どれだけ人間が忙しくしていようが、もはや自分には関係のないことだと、そう言わんばかりの態度であった。


紫は人ではない。

この村ではるか昔に生まれ、母がいなくなってから、この神社で神主さんによって代々育てられた、少女の見た目をした小さくて弱いあやかし、それが紫であった。


足元の石ころを転がす風に着物の袖を捲られながら、紫は遠い昔に自分を産んだ母親のことを思い出していた。

物心ついてすぐ、母は紫のもとを離れた。理由はいまいちよくわからなかったが、母はどこかへ行く前、こう話していた


「紫、あなたとは長い間離れ離れになってしまう。でもね、13歳になったらあなたもここを旅立って、わたしのもとへ来るのよ。道はこの石が教えてくれるわ」


その話を聞いた時、どれだけうれしい気持ちになったことか。

会えないと思っていた母親に会うことができるのだ、と。


そんな気持ちも年を重ねるごとにすこしづつ変化していった。

母親に会える、それ以上に、村を出ることが一番に気になるようになっていった。

この重たくて苦しくなるような気持ちが一体何なのか、紫はまだ言葉にできなかった。


そのまま随分と長い間物思いにふけっていた。

しばらくして鳥居をくぐるスニーカーの音でふと我に返る。

「紫ー!」

「…あおい


突如として現れたのは人間の女子高生であり大親友の茶谷ちゃたに葵だった。


「葵、久しぶりに来てくれた…」

「ごめんごめん、部活忙しくてさ…寂しくさせたね」

「うるさい!いつまでも子ども扱いするな!そっちの方が年取るの早いからって」

「してないってば」

葵は困ったように笑いながら言って、本題に入るため再び紫に向き合った。


「明日、一緒にお祭りまわろ!」

そう言った葵は今度は眩しい笑顔でこちらを見つめた。


返事に詰まった。だって、だって明日は…。

「それに、明日は紫、13歳の誕生日だもんね!」

変わらず笑顔で告げられたその一言が、紫の胸を深く抉った。


たまらず葵から目を逸らした先で、神主さんが掃き掃除をしていた。

そのそばに紫はかつての幼い自分を見た。

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