1-6

「おい、龍。彼女がきたぞ彼女が」

 同じクラスの古賀龍士こがりゅうじが茶化しながら自分の元へとやってきた。「校内デートかよ」

「馬鹿、そんなわけないだろ。これだから話したくなかったんだ」

 龍介は席を立って、教室の扉まで歩いた。秀明と冴も一緒にいたので、龍介はどうしたんだろうと思った。

「今朝はどうも」と、まず二人に挨拶したのち七瀬と向き合う。「おっす先輩。なにか用?」

「“先輩”はやめてよ」やや不満げな表情で七瀬は言う。「七瀬でいいってば」

「だって学校の中だし」

「男ってどうして世間体を気にするのかしら」

「いや、だから」恥ずかしそうに頭を掻く。「年下だし。年上だし」

「私は気にしないけど」

「で、なに?」

 と、そこで冴は緑色のハンカチで包まれた弁当箱を龍介に差し出した。

「これあげる」

「えっ!」驚きながら弁当箱を受け取り、龍介は感激した。「冴さんのお弁当っすか。マジっすか。ありがとうございます!」

「ちょっと待って、“冴さん”ってなに?」さっきとは様子がちょっと異なる不満げな表情で七瀬は訊ねた。「じゃあ私のことも名前で呼びなさいよ」

「女ってどうして嫉妬深いのかしら」

「いや別にそういうわけじゃ」

 そこで秀明と冴がくすくす笑った。

「なっ。二人とも、なんで笑ってるんすか?」

 笑いながら秀明は答えた。「仲がいいな、と。ほのぼのと」

「仲はいいよ」

 そうあっけらかんと答える七瀬に、龍介は困惑気味の表情で黙りこくった。そんな様子の龍介に七瀬は言う。

「とにかくこれ、冴が作ったんだから、残さず食べなさいよ。残したら怒るからね私が」

「言われなくっても」と、龍介はにんまりと笑う。「残しませんよ。なんてったって冴さんの手料理だからな」

「はいはい。じゃ、行こ。二人も」

「OK。じゃあ、中庭に行こうか」

 そう言って秀明が先導しようとしたら、冴がちょっと恥ずかしそうに言った。

「私、ちょっとお手洗いに」

「あ、じゃ私も行くよ」

「いいのに」

「いいから。じゃ、中庭でね」

「はーい」

 応答する龍介を背に、女子二人はトイレへと向かっていった。

「女って、なんで一緒にトイレ行くんだろ?」

 龍介の率直な疑問に秀明は答える。

「女同士でしたい話でもあったんじゃないのか」

(どんな?)「どんなんすかね」

「さあ。俺たちにはわからないんじゃないのか」

「はあ、まあねぇ」

「先に行っていよう」

「うっす」

 と、二人は中庭へと向かって行った。

 中庭に置いてある二つのベンチは空いていた。それぞれに分かれてそれぞれのベンチに座る。

「ああ、いい天気だなぁ」四月の空を見上げ、龍介は感嘆した。「こういう日は外で食べたいっすよね」

「そうだな」

 特に感慨深くもなさそうな秀明に龍介は訊ねた。

(話題。話題)「なんか、話します?」

「なにかあるのかい」

「えーと」(スマホ)(話題。話題)「面白いニュースとかないかな」

 と、龍介はスマホを取り出す。

 しばらく画面を覗き込んでいたら、あ、と小さく声を上げた。

「真桜のやつ、土日にライヴかぁ。お、この辺じゃん。すげぇなぁ」

 そういえばさっき(真桜のコンサート)という生徒がいたな、と秀明は思ったが、しかしこのように訊ねた。

「真桜って?」

「いや、最近デビューしたシンガーソングライターの」

「ああ」

「すげぇなぁ」(同中のあいつがねぇ)

「知り合いかい」

「中学のときの同級生で……俺ら同級生の間じゃ、草加くさか真桜ってなかなかの有名人なんすよ」

「若くして成功した」

「それも音楽だけではない」聞いて驚け、といった態度で龍介は言った。「俺ら同級生の間じゃ、“夢を叶えすぎた女”として有名なんすよ」(児童文学作家とイラストレーターとシンガーソングライター)

「なんだいそれは」

「中二のときなんすけど、ほら、授業で『僕・私の将来の夢』みたいな作文あるじゃないすか。真桜の当時のその夢がいかにも“夢”って感じだったから、友達と一緒にその作文読んで面白がってたんすよね。私は児童文学作家とイラストレーターとシンガーソングライターになりたいですとかね。で、そしたら、っすよ。そしたらその三日後にその夢を叶えたんす。しかも全部。ほぼ同時に」

「へぇ。そりゃあすごい」

「すごいでしょう」(自慢の同級生)「すごいんすよ真桜は」

「龍はなんて書いたんだい」

「え。秘密」(保父さんになりたい)「内緒」

 秀明ははにかむ。

「いいと思うよ」

(保育士になりてぇなぁ)

「しかしその真桜って子は、バイタリティが溢れるな」

「真桜の兄貴も絵を描くって言ってたから、そういう血統なんじゃないんすかね」

「龍はその兄貴を知らないのかい」

「なんか親が離婚しちゃったみたいで」(苦しんだだろうなぁ)「俺は兄貴の存在知らないんすけど。でも真桜のやつ、私より兄貴の方がすごいんだよってしょっちゅう言ってたなぁ。でもあいつはなにかと謙虚だったからなぁ」(マジリスペクト)(俺も頑張らなきゃ)

 秀明は、つくづく思う。

(こいつを雇って正解だったな)

 春の爽やかな風が吹いている。

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