1-5
(今日の弁当は購買部か)(早く日曜にならないかな。
(あ。柾屋くん、またぼーっとしてる)
授業中だというのに窓の外を眺めていた秀明は、ふと微笑んだ。
(
真後ろの席で学級委員長の神谷七瀬は、微笑を浮かべた秀明を怪訝そうに見つめる。
(なにか思い出し笑いでもしたのかな? おかしなことでもあったのかしら)
再び、秀明は微笑んだ。いまが授業中でなければくすくすと笑ってしまっただろう。
(いいや。君が黒板じゃなくて、俺の方ばっかり見てるからさ)
(どうして柾屋くん、授業中はこんなにぼーっとしてるのにテストでいい点取れるのかしら。すごい気になる)
(それは予習・復習を怠らないからだよ)
(この人、いつも窓の外ばっかり見てるけどなにか面白いものでもあるのかしら)
(いや、なんとなく。そういうわけじゃないがね)
(古本屋でアルバイトだったっけ? だから頭がいいのかしら)
(なんの関連性があるのやら)
(なにか漫画とか小説とか安く売ってくれないかしら)
(うちには君が好みそうな本はあるかな?)
(冴と一緒にやってるのよね。いとこ同士だし家業なのよね)
(そうだね。爺さんの代からだね)
(バイトかあ。私もそろそろなにかした方がいいのかしら。お金貯めたいし)
(普通の高校生にとって金はいくらあっても邪魔にならないぞ)
(バイトっていえば龍介、バイト見つかったかしら)
秀明はくすっと笑う。
(後で教えてやるか)
瞬く間に午前の授業が終了し、昼休みがやってきた。
「秀明。はい、お弁当」
隣のクラスの冴がやってきて、秀明に青いハンカチで包まれた弁当箱を差し出した。
「ありがとう」
「これからは龍くんに作ってもらうのかな?」
自席でカバンの中から弁当箱を取り出そうとしていた七瀬は再び怪訝そうな顔をした。
「あいつならできそうだ」
「とりあえず彼の分も作ってきたよ。届けなきゃ。一年一組だよね」
「じゃあ行こうか」
「そうだね」
立ち上がろうとしたら、そこに七瀬がやってきた。
「ねえねえ、冴。柾屋くん。一年一組の龍くんって、浅川龍介のこと?」
「え。どうしてわかるの?」冴は七瀬に中学時代から付き合っている年下の彼氏がいることはずっと聞いているが、龍介と七瀬が付き合っていることまでは知らない。「龍くんの知り合いだったの、七瀬」
「知り合い、っていうか」やや照れ臭そうに説明する。「まあ、その、いつも話してる子で」
「えっ」冴は目を丸くした。「七瀬、龍くんと付き合ってるの」
「うん、まあ、ね。ちょっと、ね。今度紹介しようとは思ってたんだけど」
「へえ、そうなんだ」
と、冴は秀明を軽く睨む。七瀬はなぜいま冴が秀明を睨んだのかわからない。当の本人は素知らぬ顔で二人の会話を聞いていた。
「龍くん、そんなこと一言も言ってなかったよね」
「そうだな」
「ねえねえ。ところで、どうして冴と柾屋くんが龍介のこと知ってるの?」
秀明は答えた。「だって、うちでバイトしてるんだからな」
「えっ!」と、七瀬は心の底から驚いた。「じゃ、龍介、古本屋さんで働いてるの? え、いつから? わあ、意外だなぁ。あいつ、本とか読まないし」
「イメージに合わないかい」
秀明の質問に七瀬は大きく首を縦に振った。
「うん。世の中いろいろなバイトがあると思うけど、龍介は古本屋って感じじゃないな。いろいろなバイトがある中で、まさか古本屋を選ぶとは思わなかったな」
「しかも住み込みだよ」
「ええーっ!」
「家事のできるやつを求めていた」
「そりゃま、確かに龍介は家事男子で」そこで七瀬は秀明を一瞥する。「なるほどね〜柾屋くん生活力ないもんね」
「悪かったな」
「ああ、なるほどね〜。世間は狭いわねぇ〜」
一人でつくづくそう思い続ける七瀬を見て、冴はくすくす微笑んだ。そして、ふと思いついて七瀬に訊ねた。
「じゃあ七瀬も一緒に行かない?」
「え〜」
「どうしたの」
「うーん。あいつが嫌がるんじゃないかなって。先輩女子と付き合ってるってあんまりバレたくないだろうし」
「四人で食えばいい」
という秀明の提案に、七瀬は、ああ、と頷いた。
「なるほど」
「じゃあ行こう。君が案内してくれ」
「おっけ。しかし、冴、あんた奴にお弁当なんか作ってあげてんの?」少し冗談めいた口調で、しかし少し嫉妬めいた口調で七瀬は訊ねた。「まさかとは思うけど龍介の住み込みって」
「私と入れ違い」
七瀬はホッと胸を撫で下ろした。「ならばおっけ」
ふふ、と冴は微笑む。
「うん、じゃあいいよ。みんなで食べようか」
「そうだね」
「そうしますか」
と、秀明は立ち上がり、やがて三人は教室を出て行った。
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