1-4

 龍介は夢を見た。夢の中でテレビを観ていた。

 映画が映った。ナイトメア・ビフォア・クリスマスと魔女の宅急便が画面を分割して同時に流れていた。やれやれ、このテレビはいつもこうだなぁ、と思ったら、突然映画がどちらも終了した。あれ、と思ったらすぐにスタンド・バイ・ミーのCMが画面に映った。あ、そうか、これがスタンド・バイ・ミーのCMなんだ、と、龍介は観たことのないCMを観ながらそう思った。同時に自分の普段携帯している小型ラジオからベン・E・キングが流れた。ダーリン・ダーリン・スタンド・バイ・ミーなどと鼻歌混じりに歌っていたらいつの間にかラジオの音量が大音量になってきた。ヤバい、これはご近所迷惑になりかねない、そもそも兄貴が起きちゃう、と思い、龍介はラジオを消そうとしたがスイッチが押せない。ダイヤルを右に回しても左に回しても音はどんどん大きくなっていき、次第に夢の中は騒音で満たされた。

(っていうかなんだこれ!)

 と、夢の中でそう思っていたら、同時に目覚めた。

 目覚めは夢の終わりで、既に朝が来ていた。窓から差し込む陽の光と自慢の体内時計、だがその目覚めはそのどちらからでもなく二階から聞こえてくるけたたましい騒音によるものだった。

「な、なんだっ!」

 と、すっかり目が覚めた龍介はパジャマ姿のまま二階へと駆け上り、音の発生源である廊下の奥の扉に向かって走る。おそらくここが秀明の部屋だろう、と龍介は推測した。

「先輩! 先輩! 入りますよ!」

 と、扉を開けた龍介は一瞬目を疑った。

 部屋の中は大量の本で埋め尽くされていた。文学、小説、漫画、絵本、ありとあらゆる本が部屋中に無造作に散らばっていた。床の上にも勉強机の上にも二段ベッドの上下にも無秩序に存在し続ける本、本、本。そのベッドの下段にこれまた本に埋もれている秀明を発見すると同時に、部屋の至る所に置かれた目覚まし時計を見て騒音はこれだと龍介は理解した。

「先輩!」

 龍介は部屋に足を踏み入れる。他人の本だからできるだけ踏まないようにしようと思ったが踏まずに歩くことは不可能だった。やむをえずできる限りそっと進み、ベッドの中の秀明に声をかける。

「先輩! 先輩っ!」

 しかし無数の目覚まし時計の音に龍介の声はおそらくかき消されているのだろう。秀明が昨日と同じ格好のまま寝ていることに気づくと同時に、そういえばこの人歯磨きは、などと思ったが、とにかくまず先に時計を止めなければと龍介は部屋中の目覚まし時計を一つ一つ止め、姿の見えないものは音を頼りに一つまた一つと発見し止めていく。その間、秀明は心地よい夢でも見ているのかすやすやと眠り続けていた。

 ようやく全ての目覚まし時計を止め、静寂の走り始めた部屋で龍介は秀明の肩を揺さぶる。

「先輩!」

 揺さぶること数十秒、やがて秀明は「むう……」と目を覚まし始めた。

「先輩! 起きてくださいよ! 朝っすよ!」

「もうちょっと」

「いやダメですダメです!」

「お願いだよ」

「ダメっすよ起きなきゃ遅刻します!」

「頼む」

「せんぱ〜い!」(とんでもない人だった)

 そこでごく微かにだったが秀明は口を開いた。

「ダーリン、ダーリン……」

「え?」と、龍介は訝しんだ。(同じ夢見てた?)

(大苦戦ね)

 そのとき後ろからノックの音が聞こえたので、条件反射で振り向いたらそこに冴がいた。

「おはよう浅川さん」くすくす笑ってる。「苦戦してるみたいね」

「あ、藤原さん」

「もう起きると思うけど」

 するとその言葉通り、一応、秀明は起き始めた。眠い目を擦りながら上半身を起こそうとする秀明に龍介はホッとする。だがこれで終わりではない。もちろん寝起きの悪い秀明をなんとかするのも自分の仕事なのだ。

「おはようございまっす!」

 割れんばかりの大声で挨拶すると、秀明は苦しそうに目を固く瞑った。

「聞こえるよ、そんな大声じゃなくても」

「起きてください!」

「わかってるよ。でも眠いんだ俺は」

「秀明」と、冴は床に散らばった本のことなど気にしていないかのように部屋に足を踏み入れた。「時間だから」

「うん、わかってるよ。起きるよ。起きればいいんだろう」

 と、秀明はもぞもぞとベッドの中から這い出る。床に足をつけ大きなあくびをし、ようやく心配そうに自分を見ている龍介とくすくすと笑う冴を認識したようだった。

「おはよう二人とも」

「おはようございます!」

「おはよう秀明。それじゃまずシャワーね。歯磨きも忘れないで」

 そう言う冴に促され、秀明は本の山を越えて部屋を出ていこうとするがいちいち本に転びそうになっているのを見て龍介はハラハラしていた。寝起きの体が重くて堪らないのか、まるでカタツムリのようにゆっくりと秀明は歩く。

 冴は龍介に苦笑いしながら説明した。

「ごめんね浅川さん。この人いつもこうなの」

「はぁ」

 会話を始める二人の中をゆっくり、ゆっくりと秀明は歩いていく。

「浅川さんは」

「龍って呼んでください。先輩も龍って呼んでくれてます」

「じゃあ、龍くんは、一旦家に帰るでしょ? 秀明が、今日だけ早めにうちに来てくれって連絡を昨日くれて」

「あ、はい。準備をしに行きます。あ、じゃ藤原さんが朝飯を?」

「冴でいいよ。私が秀明のご飯の準備するから、だから龍くんにはちょっとご馳走する時間がないかな。もっと計算して早起きすればよかったんだけど、私もいろいろあって」

「いえ、大丈夫っす。うちに食べるものあるんで」

「ありがとう。それじゃあなたも支度を」

「はいっ!」

 という龍介の返事とほぼ同時に秀明は部屋の外へと辿り着いた。

「シャワー入ってくる」

「行ってらっしゃい」

 廊下に出る頃にはだいぶ目が覚めてきたのか、だんだん意識を取り戻し始めている様子の秀明を見て龍介はホッと胸を撫で下ろした。

 と同時にこれから毎朝これがあるのかと思うとひどく憔悴してしまった。しかし、これも自分の仕事の一つだ、と割り切ることにした。

「それじゃ、えっと、冴さん。俺、もう行きます」

「行ってらっしゃい。学校にそのまま行ってね」

 龍介はにんまりと笑った。おそらく冴も自分の先輩なのだろう、と思って。

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