第10話 どうにもならない
医療事務の詰め所でタイムカードを押すと、マネージャーが手招きしている。
「おはようございます」
「高橋さん、おはよう。昨日で読影室の機材は直り、正常に機能しているそうよ。今日からは、元の外来業務へ戻ってちょうだいね。以上です」
右から左へ流すかのような申し送りを聞かされ、会釈をしてマネージャーの机から離れる。
私に続いて別の事務員がタイムカードを押すとともに、その人もマネージャーに手招きされて呼びつけられていた。
病院内の長い裏側の廊下を歩き、外来業務の持ち場へ急いだ。自分の席だった椅子に座り、先にいた他の事務員に朝の挨拶をしていると、机の上に置いてある白い内線電話機が鳴っている。
受話器を取り耳にあてると「高橋さんいる?」マネージャーの声だった。
「私です」
「ああ、そう。どういう訳なのか、また読影室の機材が動かなくなったって、連絡がこっちに来たのよ。直ぐに、そっちへ行ってちょうだい」
私の返答も聞かずに、内線電話は切られた。
ため息が出る。
机の下に置いていたカバンを持つと、浮かない気持ちで、迷路めいている読影室へとつながる、細い廊下を歩き、部屋のドアを押し開けた。
室内を見て、私の体は硬直した。
私が椅子に座って、パソコンの入力をしているのだ。
なにがおきているの。
「まーた、故障だってね。困るわよね、高橋さん」
読影室の様子を見に来たのであろう、放射線科の看護師長が、すぐ隣りで話しかけていたけど、私は返事ができないまま、自分の膝から力が抜けた。ドアの前に崩折れ座り込む。
「どうしたの、高橋さん」
歩み寄る、師長は、座り込んでしまった私の隣りに立つと、師長さんの息をのむ音が私に聞こえた。
「これは…」
師長はポケットから掴んだお守りを、パソコン操作をしている私に「消えろっ!」怒鳴りつけ、投げつけた。
お守りは椅子に座る私の膝上に落ちたが、瞬時に黒焦げのカスとなり、事務服のスカートの生地へ吸い込まれ消えていく。
お守りを投げつけられ、膝へと消えていく様子を見た私が、ゆっくりと私たちのいる方向へ顔を向けた。
私の顔だったのに、瞼が盛り上がり、目が釣り上がった。鼻に皺を寄せ、みるみるうちに鬼の面相で裂けるほど開いた口から怒りの唸り声を出し、その音が狭い部屋に響いている。パソコンモニターは、異音を鳴らし机から落ちた。
立てられていた多くのレントゲン写真が空中へ浮き、私たちへと飛び体を打つ。
事務服を着た化物は、突き出した顔を左右に揺らし、私と看護師長に向かって突進した。
ハッと、目が覚める。ベッドの上に寝かされているのが分かる。
急いで起き上がり、閉めてある白いカーテンを開けた。歩いていた看護師が「気がついたのね。良かった」
私はベッドから出て立ち、聞いた。
「なにがあったのですか?」
「それは、こっちが聞きたいことだわ。なにがあったの?なにも覚えていないの?」
読影室に自分と同じ者がいて、襲いかかって来てから後の記憶は、なかった。
だけど、その覚えていることを、看護師に説明する勇気がなかった。
黙っている私に「あなたと一緒に倒れていた、放射線科の看護師長は、まだ意識が戻らないのよ。外傷もなくて、脈も正常だけど、寝言なのかうなされているのか、ブツブツとわからない言葉を言ってたりしているのよ」
「師長さんは、どこですか」
看護師が指差す方のベッドへ近づき、閉められていたカーテンを少しあけ、そのすき間から仰向けに寝ている看護師長をみた。
「なにがあったかは、意識が戻った、看護師長に聞くしかないわね。それにしても、あなたも、看護師長も、もの凄く顔色が悪いわ」
ベッドにいる師長さんは、今はうなされていない様子だ。
師長さん、ごめんなさい。
心のなかで謝った。
私のせいなのだ。
申し訳なくて、泣けてくる。涙を指で拭い、自分が寝ていたベッドの枕元のカゴからカバンを持ち、医療事務の詰め所へ向かった。
歩く足に力が入らない。
何処からか聞こえる、ドアのバタンと閉まる音で、体がビクっと反応する。
壁に手をあてながら、詰め所へ戻るための階段を、ゆっくりと上がった。歩く自分の背後が、気になってしょうがない。
事務員が数人いる詰め所にきても、自分の体に感じているザワザワとした恐怖感が薄らぐことはない。
「高橋さん、もう大丈夫なの?」
目ざといマネージャーに呼ばれ、先程の看護師と同じように事情を聞かれた。
マネージャには読影室で異様な者を見て、襲いかかられた事を言った。そしてその後のことは何も覚えていないと告げた。強張る顔のままで、具合いが悪いので、今日は早退させて欲しいとたのんだ。
マネージャーは、声をひそめた。
「その顔色では、体の調子が悪いのは、よくわかるわ。あなた、震えているし。異様な者を見たことは、絶対に口外しないようにね。そういうことが合っても、おかしくない。ここは病院なのだから。でもね、変な噂話が広まれば病院も困るし、噂の出元が医療事務員から出たなんてことはあってはならない。派遣会社として、この病院の業務を失うわけにはいかない。異様な者を見るより、そっちの方が怖い。早退は、許可します。変な者が視える貴女には、別の病院へ移動してもらったほうが、いいのかもしれないわね」
「放射線科の看護師長も、同じく異様な者を視てますが」
「看護師だって、病院のマイナスイメージになるような事を、他言したりしないでしょう。病院長に呼び出されて、職を失いたいのなら、別だけど」
私は事務服から私服へと着替える気持ちの余裕もなく、ジャンパーだけを羽織り、タイムカードを押した。
マネージャーは、気をつけて帰るようにと、珍しく優しい言葉をかけてくれた。
スクーターで移動するも、身体が重く、早くどこかで休みたかった。
病院からスクーターで20分ほどの所にある、ネットカフェへ行き、24時間パックを申し込んだ。指定された個室へ入ると、脱力し横になった。
自分の体は熱っぽくもあり、寒気もする。
ふらつく足でドリンクバーへ行き、ウーロン茶を入れたカップ2つを両手に持って、個室で鎮痛剤を飲み、目を閉じた。
ピロさんに、会いたいな。
ピロさんの腕枕の感触と、私に話しかけてくれていたピロさんの顔を思い出すと、少し安らぎを感じ、薬も効き眠りに落ちていく。
午後の日差しが照りつけている。
車の冷房を強くした。
「真子ちゃーん、お迎え、ありがとうね」
長いこと、ウインカーをつけて停めていた車をやっと発進できる。
「ダーリンさ、真子のことを呼びだしてから20分も待たせるって、どういうこと?」
「真子ハニーも、飲み会に、顔出せば良かったのに」
ダーリンは酒臭い息で話しながら、助手席のシートを倒して、両手を絡めて頭に枕をしている。
「坪単価、店舗の売り上げを知りつくしている事務方の真子が飲み会に参加したら、テナントさんたちは、酒に酔えないでしょ」
「かもねー」苦笑いのダーリン。
手まくらを外し、運転席の後ろに置いていた茶封筒を、自分の目の前につまんだ。
「なに、これ?」
「あ、それ?婚姻届が入った袋だよ。もう、記入してあるからね」
ダーリンは、倒していた車の座席を元の位置に起こし、真面目な顔になって、袋から中身を出している。
「なんだよ、写真じゃないかよ」
真子は神妙な顔で茶封筒の中身をみようとしていた、ダーリンが可笑しくて、笑った。
「びっくりした?」
「びっくりしたよ。やっと真子がその気になってくれたのかとね」
その言葉通り、ダーリンと結婚する気持ちはある。でも、結婚はゴールではなく、スタートなんだよね。
新しいスタートを走り出すのは、得るものも、失うものも多い。チャラく、真面目に生きたい今の自分に満足していたから、結婚のタイミングが、わからなかった。
「やっぱり、真子が1番可愛いーなー」
ダーリンは、同窓会の時に神社で撮影した写真を見て、そんな事を言っている。
裕子に渡すつもりで、常に車に置いていた。
「真子、この女性なに?もしかして、心霊写真写った?」
そんなの、写っていたっけ。
近場のコンビニに寄って欲しいという、ダーリンの要望通り、広めの駐車場へ車を停めた。
「トイレに行ってくるよ。俺、アイスコーヒー買ってくるけど、真子は、なにがいい?」
「あたしは、何もいらないよ」
ダーリンが車から出て行った後、見ていた写真をみた。
心霊写真って、どこだろう。
集合写真をじっくりと見ていて思わず「あっ」と声が出てしまった。
裕子が、透けている。
前に見た時は、こんな写真ではなかった。
他の全員は、普通に写っているのに、裕子だけが、背後の風景が見えそうなほどに、消えかかっていた。
自分の胸に、不安感がでる。こんなの、変だ。裕子に、何かあったのではあるまいか。
ダーリンはカップに入った氷の音をさせて、助手席のドアを閉めた。
「今日、どうする?どこかにドライブにでも行こうか?夜景とか、見たいな」
あたしは、写真を茶封筒へしまう。
「ダーリン、ごめん。ちょっと用事を思い出した。このままダーリンの家へ送るね」
「えー、つまんないのー」
ダーリンを送り、自分の家へ帰った。
自分の部屋に急いで入り、同窓会で撮った、他の写真を全部確認した。裕子が写っているどの写真も、裕子が薄くなっている。
確か、スマホで撮った画像もあったはずだ。
スマホに撮り溜めてある画像をスクロールして行く。
裕子の写る写真は、3枚あったが、こちらは普通に写っていた。
ネガから現像した写真だけが、裕子を薄くしていっている。
スマホを持つと、裕子に電話をかけたが、繋がる事はなかった。
裕子、スマホを変えたのかな。ならば何故、あたしに、連絡先を教えてくれないのか。
写真を持つと、また自分の車に乗った。
裕子のアパートへ行ってみよう。
車の運転席から、M市総合病院の職員が出入りする方向を、じっと見ていた。
もう、外来患者の駐車場も、停めている車は数えるくらいしかない。
今日も、裕子の姿は見れないのか。
何度、この場所で、裕子の姿を求めて、待っていただろう。
M駅でも、待った。
裕子が利用しそうな時間の電車では、姿を見ることは出来なかった。
k市のアパートへ、また行ってみようか。
森が運転する車が動くと、後方の、黒い軽自動車も発進した。
「裕子、いないの?」
裕子が住んでいるK市のアパートのドアをノックする。返答もない。ドアノブを動かしたが、鍵は閉められていた。
裕子の実家へ電話をかけてみたが、実家には、ずっと顔を見せていないと、裕子の母親に言われた。
こんな時間では、勤め先にいるわけないしな。
このアパートの前にいれば、帰って来る裕子に会えるだろうか。
思案していると「真子!」
車の運転席から下りて来た森を見て、真子は驚いた。
「なんで森が、ここに来るわけ?」
そう言われて、森は気まずい顔をした。
「裕子に会いたくて、来たんだ」
「それは、あたしも同じだよ」
真子と森が話している横に、黒い軽自動車がアパートの駐車場に停まった。運転席の開けた窓から、タバコの煙りを吐き出している。
「あんた裕子となにかあったわけ?」
真子に言われて、森はうつむいた。
「裕子と、一度だけドライブしたんだ。俺、中学生の頃から裕子のことが好きで。高校は裕子とは別になってしまったけど、いつも裕子の事は…心の中には、ずっと裕子がいた」
謝罪でもしているような、重い口調の森。
「裕子とドライブって、あんた結婚しているよね」
つい、責めるような言い方になってしまう。
「俺、離婚したんだよ。裕子の傍にいたくて」
中学生時代は、目立つ存在でもなかった森。慎重に生きるタイプだと思えてたが、裕子のために離婚までしたことに、驚いた。
「その会いたい裕子だけどね、アパートに、今はいないよ」親指でアパートのドアを指でさす。
「アパートには、居ないことのほうが、多いよ。それに、仕事が終わると思われる時間帯になっても、姿を見てないんだ。M駅でもK駅でも見かけないし、裕子のスクーターも、駐車場にはなくて」
話す森の顔には、悲壮感すら出ている。
「森、あんた毎日裕子のことを待っていたわけ」
「寄れない日もあったけど、ほぼ毎日に、近いかな。M市総合病院の駐車場に居たのは」
「電話番号は、知らないの?」
「裕子に、もう会わないって告げられて、電話をかける気持ちには、ならなくて。それよりも直に会って、話しをしたかった」
「そうか。どっちにしても、電話は繋がらないよ。携帯電話を解約したのかも。裕子の実家のお母さんも、最近裕子には、会っていないってさ。森さあ、夕方に裕子に会えないなら、朝の出勤時間に、待ちぶせしようとは思わなかったわけ?」
森は、ハッとした顔をした。
「後はさ、勤務先の病院の中に入るとか、病院へ電話して呼び出してもらうとか」
「それが出来にくいから、病院の駐車場で待っているんだよ。嫌われたら、立ち直れない」
黒い軽自動車の運転席のドアが開いて、ヨレたグレーのTシャツにジーンズを履いている若い男性が近寄った来た。
「どうかしましたか?私は、このアパートに住んでいる友人と、今、待ち合わせている者ですが」
真子と森は顔を見合わせた。
「いえ、そこの部屋に帰ってくる人を、待っているだけです」
男は、真子が指を向ける方向を見ている。
「話しがちょっと聞こえてしまったのですけど、不在がちとは、なんだか心配ですね。アパートに住む友人に、その住人のことを知っているのか、会ったことがあるのか、聞いてみますね」
真子と森は、親切そうな男に会釈をした。
「それで、そのアパートに住んでいる人の名前は、なんと言うのですか?」
真子が男に、高橋裕子だと教え、一応、自分の携帯電話番号も教えた。
「私の友人は、名前を知っているのかは、わからないけど、姿を見たことは、あるかもしれない。最近の高橋さんの、写真とかは、ありますか?」
男に聞かれ「それなら、俺が」森が、スマホを出した。
同窓会で、ツーショットで撮った画像を、男に見せた。
真子も、その画像を見た。裕子と森が、笑顔で写っている画像を見て、薄くなっていっている裕子の写真を思い出す。
森に、あの集合写真の事を、伝えるべきなのだろうか。
でも、森などに話したところで、どうにかなるわけでもないだろうし、なんとなく、あの写真の事は、伏せておきたいと思う。
男は、森が見せている画像を、自分のスマホで撮影した。
「でもさ、このアパートに、もし居ないとしたら、不動産屋に聞けば、わかることだよね」
真子は建っているアパートを見回したが、不動産屋の連絡先がわかる看板などは、どこにもついていなかった。
「それも含めて、私の友人に聞いてみますね」男がそう話すと同時に、手にしていたスマホの着信音が鳴っている。
「それじゃあ、何かわかったら、連絡しますので」男は電話に出ながら、自分の車に戻って行く。
「私ら、どうする?」
真子は、森に聞いた。
「俺、もう少しここで待ってみて、会えなかったら、病院の朝の時間帯に、駐車場で待ってみるよ」
「マジで、病院に入って、会いには、行かないんだ」
「俺には出来ないよ」
それなら、自分が行動を起こすしかない。
あたしの仕事の休み時間か、病院に、直接電話をかけるか。
「あたしは、今日のところは退散するわ。何かわかったら、連絡してね」
「うん」
森は遠ざかる、真子の車を見送った。
先程までいた、男の黒い軽自動車も、いなくなっていた。
スクーターに乗った裕子の姿を思いながら、アパート前の道を見る。
自分の車に寄りかかり、タバコを吸った。
黒い軽自動車を運転していた男は、M市の居酒屋やキャバクラが、ごみごみと並ぶ、細めの道を、ゆっくりと走りながら、雑居ビルの駐車場に車を停めた。
四隅にホコリが目立つビルの階段を、2階まで上がり『大林探偵事務所』と表示されているドアを開けた。
机に着くと、依頼者へメールを書き送信した。
『森さんが会っている女性の名前、仕事先がわかりました。住んでいたと思われるアパート名も、ご連絡します。顔画像を添付致します。なお、オプション料金にて、森さんと女性同級生が会話していた内容も送信できますので、必要な場合はご連絡下さいませ』
寝室でワインを飲んでいた私は、探偵事務所から送られてきたメールを読み、添付画像を見て体に回っていたアルコールの酔いが一気に消えた。
何度もメール文字と画像を見た。
受ける衝撃で、手が震える。
血の気も引く感覚だ。流れた涙。
元旦那が以前言った、意味の分からなかった言葉が理解できた今、腹の底から激しく憎しみが湧き上がる。
『君は、ブランド品のカバンが好きだろう?それに似せて作られた紛い物のブランド品では納得できるかい。偽物でも、長く愛用する人も世の中には、たくさんいるだろうけど、俺は本物が欲しくなった』
震える指で、音声のオプション購入希望のメールを探偵事務所へ送信した。
ドキドキと胸うつ鼓動。
知ってしまった今になって、知らないでいるべきでいたほうが良かったと泣けてくる。
でも、知ってしまった。
このままではおけない。
噛み締めた奥歯から、力を抜く事ができない。
頭痛で目が覚めた。
それでも、長い時間眠っていた。
ドリンクバーから炭酸飲料を持ってくると、カバンから鎮痛剤も出して、一緒に飲んだ。
自分の体と相談する。今飲んだ薬が効けば、スクーターで、神社へは行けそうだった。
カバンから白装束を出して着ると、その上からオーバーオールを着た。
ネットカフェの受付で24時間の追加料金を支払い、外へ出ると小雨が降っている。
カッパをカバンの底から出し、着た。
何か食べておかないと。
体の不調で、食欲もなかったけれど、コンビニへ行った。
袋に入った3本入りのバナナと、タバコを買う。
コンビニの外で、バナナを全部食べ、皮をゴミ箱へ捨て、そのままコンビニのトイレへ入った。
鏡付きのコンパクトを開けて、白粉を塗り、口紅をつけ、マスクもつけた。
スクーターに跨り、いつもよりスピードを下げて走行する。
顔にあたる雨で、白粉は流れてしまいそうだ。
今日はスクーターでは無理だ。
もう一度ネットカフェへ戻り、スクーターを駐めた。
折り畳み傘をさして、神社まで歩く。
ここからだと2キロ、30分とスマホのナビゲーションが教えてくれる。
30分で、あの神社まで着くだろうか。
眠れたとはいえ、疲労の取れていない体は、所々で休憩を求めてくる。
自販機でコーヒーを買ってはタバコを吸い、またゆっくりと歩く。
何度も寄り道をして、神社へ到着できた。
雨は、やむ気配がない。儀式を開始する時間まで、神社の駐車場の隅で、しゃがんでいた。
熱が出たのか、体が熱い。
たまに吹く風が顔にあたり、気持ちが良い。しゃがんでいる姿勢に疲れ、顔面に雨があたらないように傘を立て、地面に横たわった。
うつらうつらとする意識。そのまま眠ってしまいそうだ。
コト、チャリン。
パンパンと柏手を打つ音で目が覚めた。
誰かが、神社にいるのか。
体をしゃがんだ姿勢に戻し、傘の中に隠れる。
人が歩く音も、神社から出てくる気配もない。
空耳だったのか。
注意深く、神社のなかに入り、いつもの杉の木の下へ行った。
土に埋めた道具、草むらに隠してある儀式の道具を用意して身につけたが、降る雨で、頭の上の蝋燭が消えてしまう。
スマホで時間を確認したら、まだ2時を過ぎたばかりだ。
落ち着け。
着ていたカッパを脱ぎ、残っていた五寸釘で杉の木に打ち止め、カッパの下部分を開いた傘にのせる。
カッパと傘の重ね合わせた部分が外れないように、長い枝を集め、内側と外側の土に刺して立て、カッパと傘を固定した。
蝋燭の火がついた五徳を頭へのせ、意識を集中させ、藁人形に刺さる釘へ金槌を打ち込む。
「高橋裕子死ね!」
コト、チャリン。
パンパン。
柏手を打つ音が、また聞こえた。
だが、誰もいない。
柏手に呼ばれたかのように、降る雨が強くなる。
雨粒をはじく、黒い靄が漂ってきた。獣臭と共に私の傍にくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます