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海乃マリー

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 色の三原色と光の三原色の違いを知ってる?

色の三原色は赤・青・黄。

青と黄を混ぜると緑になり、全部混ぜると黒になる。足し算の法則だよね。

絵の具で実験したことあるかも。


 光の三原色は赤・青・緑。

色の原則とは違う法則が適用されているように思う。まるで引き算みたいなんだ。

そう。全部混ぜると白になる。


 もしかして、学校で習ったりするのかな?

僕は近所の科学館でこのことを知って、ずっと不思議だなと思っていたんだ。


*******************


 ここは、あの世と呼ばれる世界。

あの世の中でもこれからお母さんのお腹の中に生まれる準備をしている魂達の集まる場所だ。


 その場所は見渡す限り様々な色の美しい光で溢れかえっていて、その幻想的でごちゃまぜのエネルギーにはいつも圧倒される。


 その鮮やかな光の色とは、魂の色だ。僕達はそれぞれ特有の魂の色を発光させているんだ。まさに十人十色といった感じで。本来の僕達は全ての色を持っているけど、その中でも強く出ている色が現れるようだった。


 因みに僕は緑色。緑色は平和の色なんだって。さっき僕に付いているおじいちゃん神さまが教えてくれた。もっと詳しくは色々な意味があるらしいけどね。生前の性質がこの色に影響するんだって。


 次の人生を準備するに当たり、一つの魂に対して一人の神さまが付きっきりで人生設計を手伝ってくれている。


 僕も例に漏れず、次はどんな人生にするか、目の前の白いヒゲを生やしたおじいちゃん神さまと相談してるところだ。


 周りを見渡していると僕は不思議なことに気が付いた。

 それは、ペアになっている魂と神さまが姿形も色も全然違うのに、同じ人のように見えるんだ。

ちょっと意味不明だよね。


 よくよく観察してみて、僕は理解した。

要は、分かりやすく作業を進める為に、もともと一つだった『僕』という存在は、『魂』と『神さま』に分裂して作業を進めてるってワケだ。

魂と神さまも、もともとは僕という一つの存在だということは、この作業はほぼほぼ自作自演ってことだな。


 だからさ、この目の前の白ひげを生やしたおじいちゃんはハッキリ言って『僕』なんだよね。僕は、こんなおじいちゃんじゃなくて、まだ子どもの姿をしてるんだからおかしな話だけど。


うーん。あの世のことを言葉にして伝えるのは難しいな。


 そんな訳で、次の人生の設定を今決めてるところなんだ。


「次はどんな人生にしたい?」

目の前のおじいちゃん神さまが微笑みを携えながら言った。


「うーん、そうだな。前の人生では僕は病気で十歳で死んじゃったから、次は長生きしてみたいな」


「それはいいね」


「性別は……前回子どもで終わっちゃったし、次も男でいっとこうかな」


「いいと思うよ。では、その人生の大きな出来事と経験して学んでみたいこととかはどうする?」


 こういう内容はそんなに簡単に決められないから、何日も何日もかけて綿密に計画していく。


 所謂いわゆる『宿命』ってやつかな。

運命は変えることもできるけど、宿命は変えられないらしい。


 僕はまた周りを見渡してみた。周りの魂はどんな設定を計画してるんだろう。


『私は、前回は親が離婚して悲しかったけど、親の気持ちをもっと知りたいと思う。今度は自分が離婚する経験をしてみたい』


『僕は前回お金持ちの貴族の家に生まれてお金に苦労しなかったから、今度は貧乏を経験してみたい』


 それぞれの魂達が自分の思い描く人生の希望を話し合っていた。わざわざ貧乏を経験したいなんて、地上世界の価値観からすると非常に馬鹿げてると思われそうだか、ここでの価値は別のところにあるんだ。


 ここでは、ネガティブな出来事もポジティブな出来事も全部『経験』と捉えていた。その経験にどう向き合い、何を感じ、何を学んで、どう成長したかっていう目に見えないものに価値をおいている。

 そして、自分を含めどれだけ人や動物やあらゆるモノや出来事に対して『愛』を表現できたかということがポイントになっていた。

 実際、この『あの世』と呼ばれる世界には目に見えないものしか持って来れないから。


『私は自己否定してみたい。自分を嫌いだなんて、今は想像がつかないけれど、自己否定していたら世界がどう見えるのか知りたい』


ある魂がそう言うと、ペアの神さまが答えた。


『自己否定って今流行りの人生テーマですね。日本人の九割は多かれ少なかれ自己否定の因子を持っているから、日本に生まれてみますか?』


 へー。僕は日本に住んでいたけど全然気付かなかったな。日本人ってそんな自己否定の人が多いんだ。そうか、体験したい心の状態を設定することもできるんだな。


 その魂は『自己否定しながら音楽をやる夢を追いかける』という、傍目にはチグハグに感じられるような設定にすると言っていた。本人なりに思う所があるのだろう。本人が納得していれば設定は至って自由だ。


「キミはどうするの? 周りの魂の人生を知ることは参考になるかもしれないけど、キミ自身のこれまでの経験を踏まえて決めていかないとね」


 白ひげの神さまが僕に問いかける。最近ずっと「どうしたいの?」と問われ続けている気がする。


僕はずっと迷って決めかねていた。


 わざわざ大変な人生を設定しなくても、休憩のような楽な人生にしてもいいらしいし。でも、その場合は感動の振れ幅が小さくて退屈に感じてしまうかもしれないそうだ。

 だからといって、映画の中のような波乱万丈の人生も大変だしなぁ。


「人と比べる必要はないよ。今一番自分の望む体験が何かということは、自分にしかわからないからね。わかるまでそこで自分と向き合ってなさい」


 なかなか決められなくてグズグズしている僕に対し、白ひげの神さまは少し突き放すように言った。神さまの愛情深い眼差しが僕を見つめた。僕の内側まで見透かすような深い色の瞳をしている。


はぁぁーー


 自分と向き合ってって言われてもう何年経つんだろうな。まぁここには時間の概念も感覚もないんだけどさ。

次々と自分のお母さんを決めて地上に降りていく魂達を僕はどれだけ見送ってきたんだろう。


そんな僕にもいよいよ決断の時が来た。


「神さま、決めたよ! 次はちょっとチャレンジしてみるよ。前回子どものうちに病気で死んじゃったから、今度は自分の子どもが病気で死ぬ設定にしようかと思う。僕のお父さんとお母さんの気持ちがもっとよく分かるようになるからね」


 僕はこれから始まる世界を思うと、少し怖いような気持ちとワクワクの気持ちが入り混じり気持ちが高揚していた。僕の緑色の光がさっきよりも大きく強く輝いている。


「子どもが死ぬって、親にとっては一番といってもいいほど辛い経験かもしれないよ。本当にそれでいいの?」


神さまは諭すような声のトーンで僕に確認した。


「うん。だって、僕のお父さんとお母さんは病気だった僕を愛情たっぷりに大切に育ててくれた。それに僕を見送った後も最後まで立派に生き切っていたから。僕もお父さんとお母さんの気持ちをもっと知りたいし、同じ体験をしてみたい」


 僕は赤の光を放つお母さんのお腹に入ることにした。僕の緑と赤を合わせると光の法則では黄色になるんだって。


「黄色ってどんな意味がある色なの?」

と神さまに聞いてみたら、

「それは自分で体験しておいで」と言って教えてもらえなかった。


 まぁどっちにしろ、地上に産まれてしまったら全部忘れちゃうんだけどさ。


 僕たちはこんな風に色んな色に変化しながら、魂の旅路を続けているんだ。


あの色が好き、この色は嫌い。

あの色はきれい、この色はきたない。

って、人間は色々ジャッジするけれど。


本当は全部が必要な色なんだ。

だって、世界中の魂の色を重ねたら、真っ白の光になる。


すべてを含む完璧な真っ白だ。




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