メガネ女子の憂うつ

鬼灯 かれん

黒木は見ていた

「好きです! ボクと、付き合ってください!」


 なんて面白味のない告白。

 学校の屋上で一人、のんびりと昼寝していたら、そんな恥ずかしい声がきこえてきた。

 どんなヤツらがこんな恥ずかしいことをしているのかとコッソリ覗いてみると、同じクラスの男子が、頭を下げているところだった。


 アイツは野球部のエース……というわけでもなく、ただ休み時間のたびにバカ騒ぎしているだけの、突出した特徴のない男子だ。

 そしてこのバカ正直でシンプル過ぎる告白を受けている相手は……またヤツだ。


 ヤツ――色野しきのもまた、同じクラスの女子だ。もじもじとしながらも、品定めするように男子を見つめている。


 色野の方は、ただの女子ではない。

 この学校で、いや、この地域で一番の美人――らしい。本人はメガネをかけて地味さを装っているつもりだろうが、美人オーラが駄々洩れ――らしい。

 全て、ウチの母親とかクラスメイトが喋っていたことだ。

 とにかく、そんな小道具では隠せないくらいの美貌と、それに見合う気品を持ち合わせているのが彼女なのだ。


「あなたに見合う素敵な人は、きっと私じゃない。……だから私は、あなたと添い遂げることはできないの」


 添い遂げる、だなんて。まだ高校生なのに、随分と重たい言葉だ。

 だが相手はその言葉に引っかかる以前の問題らしく、フラれたショックの方がでかいようだ。


「いつかは……いつかはあなたに見合う男になってみせますから!」


 そう叫ぶと、慌ただしい足音を立てて、屋上から去っていった。


「……黒木さん、いるんでしょ?」


 アイツはこちらを見ることなく、オレを呼ぶ。いつものことだ。


「告白見られたくないなら、ここを指定するんじゃねぇよ」


 物陰から出ながら、オレは不満を言った。


「あなたくらいよ、私の告白場所にケチをつけるの」


「教室はうるさいし、都合よく昼寝できるのここしかねぇんだよ。最初から断るって分かってるなら、ここに来る前にフッてしまえばいいのに」


「そういうわけにはいかないのよ」


 色野はメガネを外し、疲れたように目頭を押さえた。


「お父様からもらったこの色メガネ、これを見て相手を判断しなさいって言いつけられてるから……」


 色野の悩みの種。それは、告白され過ぎることだ。


 あまりにも秀でた美貌は、ピンからキリまでの人間を惹きつけてしまう。その多くは色野の父親のおメガネにかなう人間ではないらしく、それを手っ取り早く認知できるメガネ、それを託されたという。


「人が多い場所だと、色んな人のオーラが見えて分かりづらいのよ。だからこういう場所じゃないとダメなの」


 せっかく先生の隙を突いて屋上を開けたというのに、色野のせいで屋上が告白スポットになってしまった。このままでは先生にバレるまで、時間の問題ではないか。


 要は、屋上で告白させないようにすればいい。それだけだ。


「オマエはさ」


「なに?」


「父親の色メガネで付き合う相手を選んで楽しいのか?」


「え?」


「そんな疲れた顔して相手を見た目で選別するんじゃなくて、自分の直感に従って付き合って、付き合ってから色んな驚きとかがあった方が、楽しいんじゃないか?」


 色野の目は大きく見開かれている。メガネを外した色野の瞳はより大きく、相手を吸い込んでしまいそうだった。


「それも、そうね」


 色野はフッと笑って、手にしていたメガネを仕舞った。どこか晴れやかな顔をしている。


「じゃあさ」


 なんともあざとい仕草で、大げさにオレへと向き直った。


「黒木さん、私と付き合ってよ」


「…………はあ?」


「だって、そんなことが言えるの、黒木さんだけだよ。付き合ってみようよ」


「んなこと言ったって、オレ……女だぞ!」


「大した問題じゃないわ」


「オレの問題だ!」


「大丈夫、なんとかなるって!」


 その日以来、色メガネが取れた色野に、追いかけまわされる日々が続いた。


 それが一年、二年と続き、遂に根負けして付き合うことになったのは、また別の話。

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