第59話 海路護衛2

「外の船員に言われてきた。五人でベルメイまで」


 収納袋に入っている金貨を五〇枚、船長の机に並べる。


「ほう、冒険者だってのにこの額か」


 船長はきらびやかな宝石類を身に着けて、更に隻眼で黒い顎ひげを蓄えており、歯が数本欠けていた。歯が異様に欠けているのは、喧嘩かそれとも瓶詰めの酒を口で開けようとしたか……まあ、一応は想定していた範囲の身なりをしていた。


「金を払っておかないと後が怖いからな」


 ここで金払いを渋ると、碌な事にならないのを知っている。俺はきっちりと一〇枚のコインタワーを五つ並べて、数をごまかしていないことを示してやる。


「なるほど、等級の分かるものを見せてくれ」


 歯がかけているため、少し聞き取りにくい声で言われて、俺は求められたとおりに外套の胸元を開けた。そこには白金等級を表す印章が付いている。


「ふひっひ、楽な航海になりそうだ。ようこそ、聖(サント)ゼイル号へ」


 特徴的な笑い声を漏らして、船長は鍵付きの引き出しへ金貨を収める。どうやら航海で得た利益はそこに一時保管しているらしい。


 海の人間は、陸の人間をあまり信用していない。南方の孤島郡のどこかにある漁業・海運ギルドを中心とした文化圏を築いており、交流自体も海産物や海運関係の取引をしない限り交わることも無いのだ。


「船長室ってのはここか?」


 俺が部屋を出て行こうとした時、丁度入ってきた男がいた。胸には赤銅色の印章があり、どうやらギルドの本登録を終えた直後の冒険者らしかった。


「ふぇっふぇ、この航海は客が多そうだ」


 俺はそのまま出て行ってもいいのだが、後輩がカモられるのを見過ごすほど無粋でもなかったので、銅等級の冒険者がやらかさないよう見守る事にした。


「おう、わりぃな兄ちゃん――で、船長はあんただろ? 冒険者三人、ベルメイまで、金は護衛するから負けてくれや」


 そう言って男は机の上に金貨をばらばらと落とす。それを数えて二十一枚、ぴったりと船長に差し出す。


「くふぇっ、本当に二十一枚でいいんだな? 三〇枚じゃなくて、護衛もするんだな?」

「おい」


 船長が上機嫌にそう言い始めたので、俺は思わず助け舟を出していた。


「三〇枚払った方が身のためだぞ」

「あ? 何だよ兄ちゃん、俺たちは銅等級の冒険者だぞ、そこら辺の雑魚とは違うんだよ」


 しかし、男は聞く耳を持たず、金貨九枚をケチろうとしている。俺の等級章を見せれば態度も変わるだろうが、船長からの視線は「これ以上余計な事をするな」と言っていた。


「……分かった」


 船長からにらまれては仕方ない。それに死ぬような事にはならないし、社会勉強にもなるだろう。


「チッ、出しゃばるんじゃねえよ」


 男はそう言いながら、部屋を後にする。


「ふぇっふぇ、いくらお客人でも俺らの商売を邪魔しちゃダメだ」

「悪いな、船室に戻らせてもらう」


 俺はそう言って部屋を後にする。外ではマストに帆が掛けられ始めていた。



――



 船室は、船の規模からみればそれなりに大きかった。


 丁度今いるところは、ギルドの併設酒場みたいな位置付けだろうか。食料は限られるだろうが、いくつかここで買う事もできるだろう。この船室からは廊下が一本伸びていて、その先が乗組員や相乗りさせてもらう冒険者の、寝室となっていた。


「あ、お兄さんおかえりなさーい」


 船室にしつらえられたテーブルで、キサラが出迎えてくれた。彼女は白金等級を表す印章を外套の裏に隠している。


「ああ、金はしっかり言い値で払って来た。楽な航海になるはずだ」


 俺は船室にいる他の三人の姿を順番に見て、冒険者の等級が分からないようになっていることを確認した。これなら余計なトラブルや不要な仕事は避けられるはずだ。


「ね、ね、とうさま、お船ってすごいね、どうやって浮いてるの?」

「ああっ、シエルちゃん! 僕がさっき懇切丁寧に教えてあげたのに! いいよ、何回でも教えてあげる。まず海水に対して船の主な建材である木材の比重が――」

「ヴァレリィ、うるさい」


 二人の騒々しい会話を受け流しつつ、俺はその近くでどこか不満げなレンに話しかけた。


「どうかしたか?」

「……白閃、どうして実力を隠すんですか?」


 彼女が言いたいことは、恐らくなぜ自分たちの等級を隠させたのか、という事だろう。


「陸と海ではルールが違う。という事だ」


 海は危険である。何かの拍子に船から落ち、置いて行かれれば死を待つしかない。船という安全地帯を得ることで何とか人間は海を渡ることができる。


 そういう環境で生き抜いてきた海の人間は、陸の人間とは違う倫理観や文化を持っている。だからこそ「陸の上で俺はこんな偉い奴なんだぜ」みたいな姿勢でいると、船員たちから反感を買いやすい。


 特に自分たちが海で護衛の仕事をできると自信満々に言う奴ほど、船員たちに目をつけられやすいのだ。


「外様の人間が地位を堂々と見せつけるのは、周囲を刺激する。等級章を隠すように言ったのはそういう事だ」


 ちなみに俺が白金等級になった直後、同じように海路でエルキ共和国を目指していたが、その時は等級章を隠していなかった上に護衛の依頼を引き受けたので、大変な思いをした経験がある。


「うーん、そうなんですかね? 私はちゃんと見せたほうが――」


 レンが話しかけたところで、遠くの席で男たちが騒ぐ声が聞こえてきた。


「本登録も終わったし、ルクサスブルグで仕事を受けられる! あそこは金持ちばっかで金払いがいいからな、俺達すぐに億満長者だぜ!」

「融資関係も解禁だしな、欲しい装備とかガンガン新調していこう!」

「船長からも『銅等級で護衛の仕事をしてくれるならありがたい』って言われたしな!」


 男たちは嬉しそうに酒を飲んでいる。その胸元には、全員赤銅色の等級章がこれ見よがしに輝いていた。


 話し方の違和感からして、どうせ俺たちに聞こえるように言っているのだろう。


「白閃……」


 レンが恨めしそうな顔で俺を睨む。どうやら金等級としてのプライドを傷つけられているらしい。


 俺は軽くため息をついて、船室の窓から外の様子を探る。どうやら陸からは十分に離れたようだ。そろそろか……


「まあ、少しこらえることを勉強しろ。冒険者なんて偏見を持たれて当然の職業だ。ギルド中心に暮らしていて、周囲が全員冒険者だと忘れがちだがな」


 俺がそう言ったところで、筋骨隆々で頭にバンダナを巻いた男が船室に入ってくる。彼らは物々しい雰囲気で同等級の男たちの方へ歩いていくと、拳をテーブルに振り下ろした。


「うおっ!?」

「てめえらいいご身分だな! 護衛の仕事受けたならさっさと甲板に出て仕事をしねぇか!」


 不意に怒声を浴びせられた男たちは面食らっているようで、三人ともがお互いの顔を見合わせていた。


「お、おい、俺たちは客だぞ!」


 ようやく状況を察した男が喚く。その言葉で我に返った冒険者の二人も声を荒げた。


「そうだ! 魔物が出たら呼んでくれりゃあすぐにでも役に立ってやるから安心してろ!」

「俺たちはいざというときにすぐ動けるようにここに居るからよ。普通の仕事はお前らの物だろ」

「はあ? 何言ってんだお前ら、金貨十枚で載せてやった奴を俺たちは金貨三枚で雇ったんだぞ? 給料分くらいは働きやがれ」


 俺が金貨十枚を払ったのはこういう事だ。海の護衛は、船の安全を確保する事、つまり雑用や軽作業が大量に降ってくるのだ。


「ふざけんな! そんなこと聞いてないぞ、俺らはそんなことしな――」


 男の言葉が途中で止まる。その首筋には片刃の鋭利な片手剣が当てられていた。


「おっさんさぁ、あんま無茶苦茶言うと首と胴体が泣き別れるぜ?」


 彼の背後には、いつの間にか別の船員が立っていた。彼は片手剣の角度を少し動かして、銅等級の冒険者を脅す。


「冒険者だか何だか知らねぇけど、船の上じゃ俺たちとお頭が絶対だからな」

「わ、わかった……追加で金貨を九枚払うから――」

「駄目駄目、金を貰ったところで契約は有効のまんまだ。重石つけられて船から放り出されたくなきゃ、大人しく仕事をした方が身のためだぜ」


 片手剣を持った船員は、静かにそう言って、男たちが頷く名を確認してから片手剣を鞘にしまった。


「じゃ、まずは出航に使った備品の片付けと甲板の掃除から始めて貰おうかな? ――で、銅等級だっけ? 陸の人間がどれくらい使えるのか見ものだな!」


 先程の剣呑な雰囲気とは打って変わって、片手剣の男は朗らかにそう言うと、筋肉質な船乗りと二人で冒険者三人を船室の外へと連れだしていった。


「堪えることを知らないとああいう事になる」

「わ、わかったっす……」


 俺の隣で、レンは小さな声でそう答えた。

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