第58話 海路護衛1

「がっ……ぐぅっ……!」


 こいつは歪だ。


 拳を交えた時、真っ先に感じたのは擦り切れる直前まで研いだ刃物のような、危うい感触だった。


 地面に倒れ伏し、勝敗が明らかになった状況だというのに、彼はダマスカス加工を施した両手剣から手を離さず。声を上げて立ち上がろうとしている。


「おい、小僧。もう勝負は――」

「ついてないっ!!」


 俺の言葉は、地面にはいつくばって足掻く男に遮られる。


「まだ、死んでない……っ、俺は……俺はっ!!」


 どれだけ叫ぼうと、口だけではどうしようもない、歴然とした差がある。だが、こいつはそれでも戦意を無くさなかった。


 戦意を持ち続けることは、戦いの上では大切だ。それだけで評価をある程度覆せるほどに。だが、こいつの闘争本能は鬼気迫るものがある。普通の範疇に存在しない。


 高い闘志で等級評価を甘くつけることはあるが、ここまでの意志は――


「あ、あのっ! お兄さん!」


 白金等級への昇級試験、不合格で終えようとした時、ついて来ていた盗賊の少女が声を上げた。


「次! 次があります! だから……無理しないでください!」


 彼女の言う通り、引き際を見極められなければ白金等級としてやっていくことはできない。臆病風に吹かれてリスクをとらない冒険者は一流足りえないが、闘争本能だけで走り続ける冒険者も、一流足りえない。


「どうすんだ? あのお嬢ちゃんはああいってるが」


 あの盗賊は筋が良い。今は銀等級だが、こいつと一緒にいればじきに金等級への昇格も望めるだろう。だからこそ、前に進むことしか考えていないこいつを、どうにかしなければならない。


「当然……続けるっ!」


 両手剣を杖代わりにして、彼は血を吐くようにそう吐き捨てる。


「そうか――」


 じゃあ、どうするかは決まったな。


 俺は彼の隙だらけの身体に拳を一発、正中線を貫くように突きこむ。


「がっ――はっ……」


 肺の空気を全て吐き出した彼は、力なく倒れこむ。白金等級への昇格はまだ遠そうだ。


「お兄さんっ!!」

「嬢ちゃん。こいつをしっかり介抱してやんな」


 そもそもバディである盗賊の事を無視するような振る舞いが気に入らない。一人で強くなれる人間など存在しないというのに――



――



 冒険者ギルド本部があるという事で、倭はかなり治安がいい。


 今は書類仕事で忙殺されているものの、ギルドマスターのスオウは元白金等級、その上、昇級試験を受けに来る上級の冒険者たちが頻繁に出入りしているのだ。


「うーん、残念ですねぇ……せっかく白金等級のキサラちゃんが依頼を受けてあげようっていうのに」

「白金等級程度ならそこら中にいるだろう」


 銀と金色の印章をこれ見よがしに見せびらかしながら、キサラは俺の前を歩いている。よっぽど白金等級に上がったのがうれしいらしい。


「それで、これからアバル帝国に入るという事でしたが、道筋はどう辿るおつもりですか?」


 隣を歩くヴァレリィは、ようやく書類仕事が一区切りついたようで、目の下にある隈は随分薄くなっていた。


「海路でアバル帝国に向かう手が無いわけではないが、一度エルキ共和国へ行って、そこから陸路で向かう事になるか」


 ここからアバル帝国は、大陸から離れたいくつかの離島を経由すれば海路での移動は可能である。ただしその場合は、海に不慣れな俺たちに代わって、旅路を先導する人間を雇う必要がある。その一方でエルキ共和国はオース皇国から流れる大河の河口を挟んで対岸に位置するので、基本的に慣れた旅路を辿ることができるのだ。


「とうさま、お船に乗るの?」


 シエルが俺の頭上から声を掛けてくる。肩車をしてやると彼女は喜ぶのだった。


「そうですよぉ、といっても、エルキ共和国までですから、せいぜい三日くらいですけど」

「ふーん」


 俺の代わりにキサラが答えると、シエルは興味なさそうに声を漏らす。


「む、なんかワタシへの返答そっけなくないです?」

「そんなことない」

「……本当に生意気ですね」


 二人の会話をききながしつつ、俺は町の遠くに帆船のマストがあるのを見た。どうやらようやく港湾地区についたらしい。


「さて白閃、どれに乗るんです?」

「ああ、今見えてるのは帆の大きさからして長期航海用の大型帆船だから――」

「ここからもう少し歩いたところに、エルキ共和国領ベルメイ港までの帆船が停泊してるんで! それに乗ってください!」


 俺の言葉を遮って、背後から声がかかる。振り返るとレンが収納袋を片手に仁王立ちしていた。


「レン?」


 なんで彼女がここに? そう考えていると、彼女はつかつかと俺達の前まで歩いて来てからビシッと胸を張った。


「白閃!!」

「なんだ」

「『なんだ』――じゃないですよ! どーして私を置いて出発しようとしてるんですか!?」


 彼女は非難するように指差してわめきたてるが、俺はいまいちピンとこなかった。レンは元々倭で仕事をしている冒険者だし、親元を離れる訳にもいかないだろう。……あと、スオウが許すはずもないし。


「え、レンってば、もしかしてワタシ達に付いてくるつもりです?」

「むしろついて来ないと思った理由を教えてください! その……、――として! ついていくのは当然でしょう!」


 レンが少し言いよどんで一部を聞き取れなかったが、どうやら白金等級への昇格を諦めて、旅を始めるらしかった。


「はぁー?? いつアンタがそうなったんですかぁ? ボケボケ過ぎて流石金等級って感じですよねぇ」

「キサラ、最近まで金等級じゃなかった?」


 どうやらキサラは聞き取れたらしく猛烈に煽るが、シエルのツッコミに視線を逸らしている。


「白閃、どうします?」


 判断を仰ぐように、ヴァレリィが視線を向けてくる。なんにしても、ついてくるつもりなら別に拒否する事もないか。


「別に構わないだろう。それにレンは曲がりなりにも金等級だ。自分のことは自分で出来るはずだ」

「……ふむ、確かに」


 どこか含みのある調子で彼は頷く。なんにしても、白金等級になるのを諦めて、どこかで花婿を探す事になるのだろうか。


 冒険者が甘ったれたことを、と言いたくなるような話だが、ギルドマスターの娘であればそのくらいの無茶は許してくれるだろう。


「そもそもその無駄についた贅肉でワタシ達の旅についてこようっていうのが甘ちゃんなんですよぉ」

「肉は関係ないじゃないですか! そもそもあなたみたいな幼児体型は白閃に相応しくないです!」

「ふふーん、お兄さんはロリコンの変態なので――」


 言い争っている二人の側まで歩いていき、キサラの彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃああああああああああ!!!! ロリコンの変態が手を出してきたああああああ!!!!!」

「いや、止めないといつまでも話してそうだったから」

「口で言えば分かるんですよそれ!!!!!!!!!!」


 口で言っても結構無視するだろうが、とは言わないでおいた。


「レン。船まで案内頼めるか」

「――あ、はいっ! 了解ですっ! この先の倉庫が並んでる区画を通ってですねえ……」


 俺の呼びかけに、彼女は元気よく返事をして案内を始める。


「ところでキサラがさっき大声出してましたけど、何かしたんですか?」

「いや、何も」


 短くそう答えると、背後で信じられない物を見るような目でキサラが俺を見ているのを感じた。



 案内された先にあったのは、商船のような形をした中型の船だった。俺はその船の近くで積み荷の検品を行っている男に話しかける。


「五人なんだが、ベルメイまでいくらかかる?」

「あん? 冒険者か……そうだな、一人当たり金貨十枚、合わせて五〇枚ってところだが……護衛をしてくれるってなら五人合わせて三〇枚でいいぜ」

「金には困っていない。そして俺たちは自分が乗っているものが襲われて黙っている人間じゃない」


 俺は男にそう答える。つまり最初の提示額を支払った上で護衛も行う。という事だ。


「へぇ……金払いのいい客は大歓迎だ。いいぜ乗りな、金は船長に払えよ」


 で乗り込むように身振りでも伝えられたので、俺たちは船に掛けられた木の板を使って乗り込んだ。


「久々の船旅ですねぇ」

「ああ、前は――俺が白金等級に昇級したての頃だったか」


 人類圏において海路はあまり発展しておらず、この少数民族同盟から出発する航路が最大規模である。


 大陸北部はほぼすべてが魔物の領域となっている関係上、港町同士の航海は隣を繋ぐものが殆どで、ここのように南部の離島や、国家間を跨ぐような長距離航海はそう多くない。


 それに加え、大量の荷物を運ぶならまだしも、普通に移動する分には通商路や街道を使った方がはるかに効率的となっていた。


「とうさま、海ってすごいね」


 しばらく静かだったシエルが、頭の上でそう呟いた。どうやら今まで黙っていたのは、初めて見る海に圧倒されていたらしい。


「そうだな――……四人とも、しばらく船室で休んでいてくれ、俺は船長と話をつけてくる」


 俺はシエルを肩から降ろして、船長室の方へと向かった。

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