第57話 判定試験5

「ふふーん。どうですぅ? この白金等級の印章は」


 話を終えて酒場に向かうと、キサラがロングコートに付けた印章をレンに見せつけていた。


「ぐぐ……いいですよ、私もすぐに白金等級になってやりますから」

「お父さんがギルドマスターなのにずっと上がれないとか、かわいそうですよねぇ、実力ないんじゃないですかぁ?」

「むしろ父上が止めてるんですよ!」


 レンはテーブルを叩いて反論する。


「白金等級になると嫁の貰い手がとか! 人としての幸せがとか! 色々ゴチャゴチャ言ってくるんです!」

「へぇーそうなんですかぁ、そうですかぁ」

「あ、信じてませんね!? 実力で言えばあなたにも負けませんからね私!」

「そんなこといってもぉ、昨日お兄さんに負けたばっかりじゃ――」


 彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃああああああ!! お兄さんいるならいるって言ってくださいよ!!!」

「いや、気づいてないみたいだったから」

「だから口で言えって言ってるんですけど!!????!?!?」


 何にせよ、こいつは白金等級に上がったのだ。これからは「白金等級のお供に金等級と一般人がついてきている」のではなく「白金等級二人が所属する四人パーティ」として認識されることになる。複雑で難度の高い依頼も受けられるようになるし、権力者から直接の依頼も受ける機会が増えるだろう。


「あ、白閃! さっき聞きましたよ! 父上に勝ったそうですね!? 私もすぐに追いついてやりますから!」

「あ、ああ」


 妙に勢いづいて身を乗り出してくるレンに驚きつつ、返事をする。功を焦り過ぎて何か大きな失敗をしそうで少し心配だが、スオウが上手く手綱を握っている事だろう。


「なんにせよ焦るなよ、白金等級は堅実に実績を積むことも大事だ」


 キサラが今回昇級できたのも、シナトベ討伐の実績が大きく影響している。実力のみで昇級するのは、シエルやヴァレリィが銀等級なのを見ても、不可能だ。


「で、でも……キサラは白金等級に上がっていますし……」


 そこまで言われて理解する。なるほど、同年代だし負けたくないという気持ちもあるのだろう。口では俺とライバル関係みたいなことを言っているが、実際のところライバルはキサラの方なのかもしれない。


「一つ上の等級だろ、特にレンは実力だけ見れば白金等級と同じくらいの実力はある」

「え、それってつまり――」


 恐らく、彼女を昇級させないのはスオウの親心もあるのだろう。レザル白金旅団のような穏やかな引退はそうそうない。彼の事を考えると、レンを金等級に留めさせておくことに、俺は賛成だった


「スオウの願いも考えると、妥協も必要だろうな」


 レンには金等級で我慢する。という事を強いてしまうが、親心を分かってやるのも子の役目だろう。俺はレンの肩に手を置いて、諭すように言ってやった。


「あ、あのっそれでも、私は……」


 言う事を聞きそうにないので「我慢してくれ」というつもりで深く頷く。それだけで、レンはそれ以上何も言わなくなった。


「っ、分かりました。金等級のままで、いいです」


 何と九納得してもらえたようで、安心して視線を外す。


「分かってくれればいい。さて、これからだが――」

「では、私と白閃は恋人同士という事ですね!」

「……は?」


 レン以外の全員が全く同じ反応を返した。



――



「ふぁ……」


 夜遅く、ヴァレリィはイクス王国への魔導文を書いていた。


 隣では白閃が静かに寝息を立てており、聞こえる音と言えば、その寝息と魔法灯の微かなノイズだけだ。


 書く事自体はもっと早い時間に書けたのだが、なんだかんだスオウの勁について、理解するための書物を読んでいたためこんな時間になっていたのだ。


「さて、どう書いた物かな」


 伝えることはいくつかある。


 少数民族同盟より、道師と陰陽師がイクス王国へ使節団として送られる事。


 自分とシエルが冒険者として登録された事、神竜研究の進捗。

 エルキ共和国で見たスクロール小型化の理論。

 そして、試験中に起きた新ダマスカス加工の鮮緑色をした光。


 全てを伝えるには、スペースがあまりにも足りなすぎる。だが、せめて概要だけは纏めておかなければ。ヴァレリィの眠気に沈みかけた脳で、何とか言葉を紡いでいく。


 しかし、あの光は何だったのだろうか。ヴァレリィの頭に、疑問がよぎる。


 生命エネルギーを通したダマスカス加工には、青い燐光が宿るのは、ずっと確認してきたことだ。だが、あの色は一体何なのだろうか。


 鮮緑色であれば、回復魔法を思い浮かべるが、どうもあれはその色とは違うように感じた。うまく言葉にはできないが、回復という優しい雰囲気ではなく、初夏の植物のような力強さを感じる色合いだった。


 例えばだが、青い燐光の先があるような、そんな反応だった。


「っ……いけない、早く書いてしまおう」


 旅先では、どうしても情報収集ばかりが先行して、情報の吟味がおろそかになる。ヴァレリィはまた思考の海に落ちないうちに、報告用の魔導文を書ききってしまう事にする。


 一つ一つ、箇条書きに近い形で、分かりやすさを意識して書いていく。書き始めてしまえば早いもので、内容はすぐに埋まっていった。


「……ふぅ」


 書き上がると、ヴァレリィは窓から魔導文を飛ばす。昼頃にはイクス王国まで届く事だろう。


 魔導文が飛んでいくのを眺めていると、反対側の地平線が明るくなっていることに気付く。どうやら今日も貫徹に近い事をしていたようで、彼は思わず苦笑した。


 そういえば、旅の目標はとりあえず一区切りしてしまったが、次は一体何をするのだろうか。そんな事を考えながら、ヴァレリィはベッドへ身を投げ出した。

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