第56話 判定試験4
「白閃! 父上をけちょんけちょんにしちゃってくださいね!」
「あ、ああ」
妙に気合の入ったレンに応援され、俺は先へと進む。
キサラの昇級試験とシエルの判定試験は同時に行なわれることになり。二人は協力してギルドマスターに土を付ければいい。という事になっていた。
「というか、なんで俺がお前と戦わなきゃならないんだ?」
なっていたはずなのだが、何故か俺は修練場で、シエルとキサラの隣でスオウに相対していた。
「なぁに、ハンデだよハンデ」
彼の筋骨隆々の肉体から分かるように、彼はギルドマスターになる前は白金等級の中でも最強の部類に入っていた。それを考えれば、相手に手傷を負わせるだけでも、横にいる二人にとっては一苦労といったところだろうか。
衰えたとはいえ、ギルド最強の冒険者の腕前、胸を貸してもらうつもりで戦おう。
「ちなみに白閃。お前、冒険者を引退する気はねえか?」
「……? あるわけないだろう。俺は死ぬまで続ける」
唐突な問いかけに、俺は困惑する。そもそも白金等級の昇級試験後の面接で、そう答えた筈だ。
「悪い、気が変わったかと思ってな、じゃあ始めるぜ」
「あの……お兄さん」
スオウが両手にダマスカス加工の施された手甲を装備したのを見て、キサラは俺に耳打ちしてきた。
「スオウマスターかなり本気じゃないです?」
「ああ、そうだな」
短く答えて、俺も両手剣のバンデージを外す。ハンデというくらいなら手甲を外せと言いたいところだったが、恐らくギルドの業務でストレスが溜まっているのだろう。思う存分暴れたいという事なのかもしれない。
「えっと、とうさま、がんばるね」
シエルがグッと拳を握る。俺は気負い過ぎないようにと笑いかける。
「ルールはどちらかが降参と言うか、戦闘不能になるまでだ。戦闘不能者が出た時点で試験は終了する」
スオウの表情から感情が消え、人間らしい温かみが消失する。彼が戦闘態勢になった証拠だった。
「では――」
立会人が杖を立て、手を放す。地面に杖がぶつかると同時に、スオウの身体が動いた。
「させないっ!!」
手甲による攻撃が迫る中、シエルが擬態を解除した両手で攻撃を受け止める。俺はそれを確認して、その後ろから両手剣を突き出す。
「しっ!」
しかし、スオウは手甲でその攻撃をいなすと、蹴りをシエルに入れて、二対一の状況から脱する。
攻撃で片手、俺の攻撃の防御で片手、シエルを弾き飛ばした片足と、一本足で立っている無防備な姿勢となった彼に、キサラが短刀を構えて喉元――急所狙いの攻撃を行う。
「っ!?」
キサラの短刀は空を切る。スオウは片足のみで高く飛び、空中で姿勢を整えるとシエルへ改めて拳を突き出す。
「っあああぁっ!!」
シエルは拳を爪で受け止めていた。しかし彼女は顔をゆがめて姿勢を崩してしまう。俺はそれをカバーするように両手剣を突き出して二人の間に入る。
「ふんっ!!」
スオウはそれに怯むことなく、俺に向けて更に踏み込んで正拳を突き出す。俺はそれを剣の側面で受ける。
「っ……」
何とかしのいだが、衝撃がそのまま貫通してくるような打撃に、俺は奥歯を鳴らして耐える。
――勁(けい)
体内の魔力を効率的に動かし、特殊な作用をさせる少数民族同盟独自の技術で、この技法の前にはどんな鎧も意味はない。スオウが装備している手甲は、武器ではなく、拳を破壊されることを防ぐ防具だった。
「試験……っていう戦い方じゃないな」
「なあに、本気で戦わないと意味がない――だろっ」
スオウが距離を詰めてくる。俺はシエルを庇うように剣を構える。勁の前には、神竜の銀鱗だとしても、それは意味を成さない。
金属が激しくぶつかり合う音と、殴っただけとは思えない衝撃が腕を伝ってくる。攻撃を凌ぎ、相手の意識を俺だけに向くように立ち回る。
俺に意識が集中すれば、その分キサラたちが動きやすい。そうなれば、急所狙いの攻撃を得意とするキサラが隙を突いたり、シエルとのスイッチで相手のリズムを崩すことができる。
「っあああ!!」
俺が大きく拳を弾き飛ばすと、それと同時にキサラが防具の薄い足首へと短剣を滑らせ、機動力を奪おうとする。しかしスオウはそれをやすやすと回避し、逆に蹴りをキサラめがけて放つ。
「キサラっ!!」
それをシエルが間一髪のところで止め、蹴りを擬態の解けた腕で受ける。
「出来るじゃねえか」
楽しそうに、俺達の実力を測るようにスオウは呟く。俺は距離を取り、攻撃に転じる。一撃の威力よりも手数を意識して剣を捌くとスオウはそれに呼応して手甲で斬撃を弾いた。
俺とスオウの技量は拮抗しており、シエルは受けきるには耐久に不安があり、キサラは攻撃を読まれやすい。だとすれば、どうすればいいか。
「シエル、防御は任せた」
俺の言葉にシエルは無言でうなずき、意思を伝えてくれる。俺はそのまま跳び退いて、キサラに目配せをする。情報はそれだけで十分に伝わった。
キサラは俺の場所まで走り込んでくると、俺の懐に入って両手剣を握りしめる。続いて俺も力を込めると、両手剣が徐々に燐光に包まれていく。
スオウのガードを崩すには、ダマスカス加工された手甲を何とかする必要がある。だが、俺一人が短時間で光らせただけでは、破壊までできるか不安が残る。
ならば、キサラにも握って貰えばいい。俺たちは両手剣を力強く握りしめる。
「くぅっ……!」
「さあどうした!? 反撃しねえと潰しちまうぞ!」
勁の篭った攻撃に、シエルは苦悶の声を上げる。しかしそれでも、潰れる事も擬態を解いて反撃に転じる事もない。俺達もなるべく早く力を込めなければ。
青い燐光が根元から迸り、刀身全体を包む。だが一歩踏み出そうとした瞬間、更に変化が起きる。
「っ……!?」
青白い光ではなく、回復魔法を使った時のような、鮮緑色の輝きが仄かに混じる。なにかおかしいと感じたが、俺はシエルがこれ以上凌ぎ切れないと判断して、キサラと別れて一歩を踏み出した。
「ようやく来るか白閃!」
「おおおっ!!!」
シエルを庇うようにして剣を振り、それがスオウの手甲に防がれる。金属が爆ぜる音が聞こえ、手元に確かな手ごたえが返ってくる。
「何っ!?」
ヒビの入った手甲を確認して、スオウは驚きの声を上げる。俺は距離を取ろうとステップを踏んだ彼に追いすがり、更に連撃を加えていく。
拳と刀身がぶつかる度、手甲はボロボロに崩れていく。スオウは防御に回っているとはいえ、それでも勁による打撃は俺の腕に疲労を蓄積させていく。
「はあっ!!」
右手の手甲を完全に破壊したところで、俺は両手剣を取り落とした。両手にしびれが残り、感覚が消失している。
「すぅ……はぁ……」
呼吸を整える。それ以上戦うつもりは無かった。なぜなら――
「降参だ。訳分かんねえ武器を持ちやがって……」
スオウが両手を挙げて降参の意を示していたからだ。
――
試験を無事に通過し、晴れてシエルは銀等級、キサラは白金等級の印章を受け取る。喜んで併設酒場へ向かった二人と別れて、俺はスオウと共にギルドマスター室に戻る。そこにはヴァレリィが待っていた。
「なるほどな、イクス王国の最新技術か」
砕けた手甲を外したスオウは、ヴァレリィからの説明を受ける。
「ええ、魔力とは別に生命エネルギーを利用した強化法で以前の物以上の切れ味と強度を発揮できる物です」
眼鏡の位置を直すと、ヴァレリィは言葉を続ける。離れているとはいえ、イクス王国の魔法研究所と冒険者ギルドは商売相手だ。北の魔物圏に近いイクス王国は、冒険者の終着地点としての側面も持っている。ヴァレリィが冒険者ギルドに営業を掛けるのも当然と言えば当然だろう。
「現在はかなりコストがかかりますが、研究が進めば量産化も可能でしょう」
「む、そういう事か」
ヴァレリィの言葉の裏には「量産化の研究のために技術か資金の援助を頼む」という意図が含まれていた。スオウはそれを感じ取り、静かに納得した。
「何が望みだ?」
「勁の技術体系と式神の理論を」
「……分かった。イクス王国へ道師と陰陽師を派遣しよう」
案外、交渉はすぐに終わった。恐らくここから使節団の編成や詳しい契約を結んでいくことになるだろう。ヴィクトリア殿下とスオウがその調整をするのだが、二人には頑張ってもらうしかないのだろう。
「ところで白閃よぉ、どんな育て方したんだ?」
「何がだ?」
話を切り替えるように、スオウは俺へと向き直る。切り出し方からしてシエルの事だろうが、どんな育て方をした。とはどういう意味なのか。
「仕事柄、神竜種とは六体全てと会ったことがある。全員人間を何とも思っていない。傷つけることに躊躇の無い連中だ」
確かに、俺の認識でも神竜種は実際行動に移す事は多くないが、他者の命を奪う事に躊躇の無い個体ばかりだった。
「だが、あの神竜はちげぇ、単純に技量が無い事を差し引いても、ブレス一つ吐かねえのは流石に変だ」
確かに、シエルは攻撃的な行動は一切した事が無い。神竜は天敵もおらず、食事もほとんど必要ないため、必要以上に攻撃するような生態ではないが、必要であれば攻撃をする存在のはずだった。
シエルがなぜそうなったのか、全く見当がつかないわけではないが、スオウに理解してもらうには、少々長い話が必要そうだった。
「……答えになるか分からないが、顛末を詳しく話していなかったな」
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