第54話 判定試験2

「勝負! 勝負しましょう!」

「飯時くらいは静かにしてくれ、頭に響く」


 翌朝、俺はすこし深酒をしたせいで頭痛を抱えていた。


 倭の酒は飲み過ぎるとすぐに二日酔いが襲ってくるんだったな。随分久しぶりだから忘れていた。それに加え、この地域の酒は飲みやすすぎるような気もする。気をつけていこう。


「おはようございます……」


 ヴァレリィが階段を降りてくる。彼は彼で昨日は遅くまで式神についての文献を、読みあさっていたようだ。何でも魔力のみによる爆発力と、魔法の素養がほとんど無い人間でも、式神を作れる事がすごいことだと昨日熱弁していた。


 朝食として出されたのは、雑炊のような物で、海産物の匂いがほのかに香る食べ物だった。これが二日酔いの身体にしみるように浸透し、調子を整えてくれる。なるほど倭の酒は二日酔いしやすい代わりに、二日酔いをカバーする食べ物も倭にはあるんだな。俺は緑色をしたお茶を飲みながらそんなことを考えた。


「おはようございまーす」

「とうさま、おはよう」


 そうこうしているうちに、キサラとシエルが階段を降りてくる。二人とも体調に問題はなさそうだった。


「あれ、お兄さんもう朝ご飯済ませちゃったんですか?」

「そうだな、悪くなかった」

「じゃあワタシも同じ奴食べちゃおっかな」


 そう言って、キサラはシエルの分も含めて雑炊を二つ注文する。何でも「茶漬け」というらしいが、漬物はほとんど入っていないのに、なぜこんな名前なんだろうか。


「さて、じゃあ勝負ですよ、勝負! 私がどれくらい強くなったか……白閃! あなたに見せつけるときです!」


 全員が食事を終えたところで、レンが高らかに宣言する。まあ、夜まで暇だし、相手しても良いか。


「分かった分かった。相手してやる。ギルドの修練場でいいか?」

「はい! そこで大丈夫です! よろしくお願いします!」


 飯を食う間は待ってくれたり、受け答えはしっかりしてくれたり、なんだかんだ礼儀正しく常識は守ってくれる辺り、彼女は真面目なんだろうなあと、俺はなんとなく感じた。


「ああ、ヴァレリィとシエルもついてきてくれ、案内しておきたい」



――



 ギルドの修練場は、冒険者本登録時の実技試験でも使用する場所で、まさしく戦うための場所という雰囲気だった。


 何もない広い地面には砂が敷かれているが、足を取られると言うことはない。小細工が効かず、環境を利用した戦いには向かないが、裏を返せばフラットな環境での技量を見ることが出来ると言えるだろう。


 俺たちはギルドに修練場の使用申請を出して、立会人と共に修練場の中心に立つ。シエルとヴァレリィは、本登録時にここを使用する事になるので、よく見ておくように伝えておいた。


「じゃあ、どちらかが武器を落とすか参ったと言うまで……でいいか?」

「はい! 今回もですね!」


 何回目になるか分からないが、ルールの確認はしておくべきだ。確認しない結果、ただの力比べが殺し合いに発展することもある。


「とうさまー、がんばってー!」

「いつも通りお願いしますよぉ、まぁ、負ける事なんて無いと思いますけどぉ」

「君が負けるところなんて想像もつかないが、とにかく頑張ってくれ」


 三人の声援を受けて、俺は両手剣を構える。手元の留め具を弾いてバンデージを外すと、波紋状の酸化皮膜があらわになった。一方で、レンの武器は小太刀の二刀流で、各々金と銀の刀身を持っている。銀色の方が神銀製で、金色の方が魔金(オリハルコン)製の小太刀だった


――魔金

 魔金は神銀と並び、この世界で最も上等な金属の一つだ。魔力伝導性は神銀に劣るものの、単体での硬度は岩を切っても刃こぼれしないほどだと言われている。


 立会人が杖を地面に突き立て、ゆっくりと手を放す。杖はゆっくりと傾き、その速度を上げていく。


「っ!」


 地面にぶつかる音と共に、俺とレンは地面を蹴る。こちらは武器の長さと力で勝り、彼女は手数と軽い身のこなしで勝っている。


 ということは、必然的に俺の横薙ぎの方が早く相手に到達するが、相手もそれを理解している。彼女は姿勢を低く保ち、速度を殺すことなくこちらへ迫ってくる。


 懐に入られた状態で二刀の連撃をしのげるはずもない。俺は両手剣にかかった遠心力を利用して速度をつけて距離をとる。レンは俺に追いすがろうとするが、その時には既に俺の両手剣は構えの体制になっている。


「はああっ!!」


 彼女の放つ小太刀は雨のように絶え間なく、隙無く繰り出される。俺はそれを全て刀身で受ける。ダマスカス加工が施された剣と魔金では、当然ダマスカス加工の方が強度が高い。


 斬撃をいなしていると、レンの方から距離をとってきた。刀身にダメージの入る戦い方は相手の望む戦いではない。だから相手の方が優勢だとしても、攻撃を中断せざるを得ない。


「ふっ……」


 距離をとった彼女に追いすがるようにして、深く踏み込む。しかし、彼女もこちらの斬撃を警戒して小太刀をこちらに突き出す。俺はそこで、力強く「小太刀を」切り上げる。


「あっ! ……っ」


 想像以上に力強くはねのけられた小太刀が宙を舞い、激しく回転して地面に突き刺さる。彼女自身は弾き飛ばされた拍子にしりもちをついていた。


「勝負あったな」

「ま、まだっ――」


 レンは戦意を喪失していなかったが、事前に決めたルールでは、武器を取り落としたら負けである。それに加えて俺が切っ先を喉元に向ければ、それ以上戦う事は出来なかった。


「勝者・白閃!」


 立会人が高々と宣言したので、俺は構えを解いて地面に落ちたバンデージを拾い、ぐるぐると巻き付けていく。


「とうさますごい!」

「あーあ、あっさり勝っちゃって、レンも五年修行してそんな実力なんですかぁ?」

「……立てるか?」


 キサラとシエルの声を無視して、俺はレンを助け起こす。


「っ……はい」


 彼女は俯いたまま、俺の手を取って立ち上がる。五年間の修練がこんな結果に終わったことが悔しいのだろう。俺は少し気を利かせて、フォローをしてやることにした。


「強くなったな」


 事実として、五年前の最後に手合わせをした時と比べれば、格段に強くなっていた。彼女なりに精一杯の修練を積んだのだろう。


「まだ、追いつけない」

「俺も強くなってるからな」


 声は微かに震えていた。連の負けず嫌いは、強くなるうえで確実にプラスへ働いている。勿論俺も止まる気はないが、彼女の成長には目を見張るものがあった。


「――……」


 しかし、負ける度悔し涙を流されるのは、なかなかに堪える。どうにかならないものかとキサラを見たが、彼女は助け舟を出す気はないようだった。


 レンとの戦いが終わった後、お兄さんはギルドマスターと話すために別行動をとる事になった。なんかわざわざ仕事を早めに切り上げてきたらしい。あの髭もじゃの事なので、多分結構長い話になるだろう。




「うぅ……負けた」


 私達はお兄さんの話が終わるまで、併設酒場で待つことになっている。なぜかレンも一緒なのは、彼女がめちゃくちゃへこんでいるので、指摘しないでおいてあげた。


「お兄さんは努力する天才ですからねぇ……」


 本当にお兄さんは強い。強いうえにそれに胡坐をかかないので、隙が無い。彼に勝つには、もう単純に実力か人数が必要になる。


「ライバルとしての立場が……」

「前々から思ってましたけど、何でライバルなんかにこだわるんです?」


 レンは本登録時とその前後で、少しだけ一緒に仕事をした関係だった。それなのに、わざわざライバルなんて言うポジションを狙う意味が解らなかった。先生とか師匠じゃないんだろうか?


「それは――何にも気にしないでついていける貴方には分からないでしょ」


 聞き出せるかと思ったけど、そのまま否定されてしまった。私だって気にしていないはずがない。そう思ってシエルとヴァレリィを見る。


「シエルちゃーん。こっち向いてよぉー」

「やだ」


 今はふざけているけど、イクス王国の魔法研究所職員と、最上級の竜種の二人だ。私みたいな中途半端な盗賊が、本来出会うはずの無い存在だ。ただの金等級である自分が、そのことを一番わかっている。


「……そんなことに拘ってるうちは無理ですねぇ」


 それでもお兄さんは「お前が何であろうと気にしない」と言ってくれた。私はそれを信じたい。


「ちょっとそれどういう意味ですか?」

「言葉通りですよぉ、ライバルって立場でもどんな立場でも、お兄さんは全然気にしないんですから。ワタシ達が気にするのも馬鹿らしいくらいに」


 食って掛かるレンに、私は答える。お兄さんの側に居る資格だとかそういうのは、もう本当にただ自分一人の問題なのだ。


「で、でも……対等な存在じゃないと――」


 レンは私の言葉を聞いても、それを受け入れられないようだった。だから、私は彼女のそんな態度が気になった。


「なんですかぁ? 対等じゃないといけない理由なんて、どこにあるんですかぁ?」


 言いよどむレンに私は問いかける。一体何が彼女をそうさせているのだろうか。


「対等じゃないと、お嫁さんになれないですから……」

「は?」


 聞き捨てならない言葉だった。

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