第53話 判定試験1

 この人には勝てない。私は直感的にそれを悟った。


 一振りの両手剣を構え、私を牽制する姿には一分の隙も見いだせない。そして、私は得物――小太刀二刀の短さから不利を強いられている。


「……」


 揺らめくように、本当に何でも無いことのように、彼は一歩を踏み出し、瞬きほどの時間で刃を振り上げる。


 金属が激しく擦れる音と共に、私の服を切り裂いた両手剣が振り抜かれる。なんとか受け流すことは出来たが、その剣圧から複数回打ち合うことは出来ないと察する。


 これ以上受けに回っていては、どのみち武器の耐久値と体力から押し巻けるのは分かっている。ならばここで攻めに転じなければ勝機は無い。


 私は受け流しに使った小太刀を構え直し、相手の急所、つまり正中線に対して直角に刃を走らせる。しかし、その攻撃は両手剣によって止められ、激しく火花を散らす。


「っ!!」


 手応えに違和感がある。小太刀の耐久力が限界に近いのだろう。私は焦りと共に、攻撃を激しくする。


 遠心力を乗せ、全身の関節を利用し、私が出来る最大限の、神速の一撃を放つ。


「甘いな」


 言葉はそれだけだった。たったその一言だけが、私への言葉だった。


 中程で折れた切っ先は、円弧を描いて遙か後方の地面に突き刺さり、手元には小太刀の根元だけが残っていた。


 勝てない。まるで檻の中で獅子と一対一になった草食動物のように直感的に、私はそれを理解した。


「どうした?」


 捕食者である彼が静かに、しかし選択を迫るように問いかける。まだ戦うのか、それとも降伏するのかと。


「こ――」

「まだ、もう一本あるだろう」


 降参しようと口を開きかけたとき、彼はその言葉を遮るように、残ったもう一振りの小太刀を指す。


 そこで私は理解する。彼は私に選択を迫っているのではない。戦い続けるという前提の元、手を止めた自分に何をしているのか、と問いかけているのだ。


「……ま」


 私は、彼のようにはなれない。彼を上回ることは出来ない。絶対に。


「参り、ました……!」


 膝から崩れ落ち、地面に小太刀の落ちる音が響く。自然と両手の力が抜けていた。



――



 倭では、一年の初めに酒を飲む風習がある。


 麦と似た穀物を醸成して作る酒で、独特の風味があるものを湯煎して温め、アルコールと共にかぐわしい風味を立ち上らせるのがこの国の飲み方だった。


 この酒を露天風呂に持っていきたしなむのが、風流とか粋といったこの国なりのベストな楽しみ方らしい。年始特有の赤と白の装飾が施された町並みを歩きながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。


「ね、とうさま、わたしと同じ服の人がいっぱいだよ!」

「ああ」


 はしゃぐシエルの頭をなでながら、俺はギルド本部――正確にはそのとなりにある併設酒場を探す。何度か来たことがあるとはいえ、倭特有の建築様式は、今ひとつ見分けがつきにくい。


 教会でもあればすぐに分かるのだが、生憎倭が属している少数民族同盟は、全域にわたって教会の受け入れを拒否している。


 そうなるともちろん巡礼者もこの辺りに寄りつかない。では回復魔法が無いのかというと、そういうわけではない。


 少数民族同盟は、イクス・エルキ・アバル・オースの四大国家とは違う魔法体系を備えており、回復属性の魔法も教会が独占していないのだ。なので、そこら辺の町医者が回復魔法を使えるし、見慣れない魔法があちこちで飛び交ったりもしている。


「しかしすごいですね、そうか……魔導文はここの技術を応用しているのか」

「それはそうですよぉ、だって冒険者ギルドはここが本部なんですから」


 ヴァレリィが感心したように声を上げる。キサラの言うように、この地域で発展している「式神」という魔法体系が、魔導文技術の下敷きとなっている。詳しいことは分からないが、こちらの地域でいう魔導人形を、能力を限定的にして使い捨てにした代わりに出力を上げた物……のような感じらしい。


「……あったな」


 そうこう話しているうちに、視線の先にギルドの本部を見つける。ひときわ大きく、周囲の建物と同じく鈍色の屋根を持つそこは、中では職員達が慌ただしく事務処理や手続きを行っている。


「なんにせよ、まずは宿だ。ギルドマスターにアポイントを取るから今日は併設の酒場に泊まりだ」

「うん、わかった。とうさま」

「はぁー……それじゃ久々にお風呂入れるんですねぇ」

「風呂を上がったら僕はちょっとこの国の魔法職に話を聞きに行こうかな、式神とか五行とか、知識を増やせばいろいろ役に立つしね」


 三人はそれぞれの反応を返して、宿へ向かっていく。俺もアポイントを取ったら風呂を済ませて倭国の穀物酒を楽しませてもらうとしよう。倭の冬特有の済んだ青空を背に立つギルド本部へ向かいながら、俺はそんなことを考えた。



――



 ギルド本部の内装は、もちろんそれなりに凝った作りとなっているのだが、受ける印象はそれ以上に雑多といわざるを得なかった。


 魔導文はひっきりなしに飛び込み、職員の怒声がそこかしこで上がり、列をなした冒険者達は続々と番号を振られて、待機用の椅子に座っている。


 俺はそんな彼らと一緒になって、おとなしく自分の番が来るのを待つ。番号が一つずつ近づき、自分の番が来たので俺は受付へ向かう。


「ギルドマスターと話したい。予定はいつ空いている?」


 白金等級の印章を提示して、受付員に用件を伝える。通常、ギルドマスターは会合などで多忙を極めているが、この印章さえ見せれば数日中に会うことが出来る。白金等級まで上り詰めた人間なら、ギルドマスターの忙しさは理解しているはずで、その忙しさを考えた上で会いたいというのは、緊急の要件だとギルド側も理解しているのだ。


「白閃様ですね、かしこまりました。今から最短ですと……明日の夜が最も近いですね」

「それで構わない」


 存外近い日程でアポイントを取れた。一応は魔導文で状況を説明してあるが、それでもある程度は、口頭で説明する必要があるだろう。シエルとヴァレリィの登録はそのあとだな。


「それと――白閃様宛にギルドマスターから言伝があります」


 今後の予定をまとめて、併設酒場で旅の疲れを癒やそうかと思っていると、受付員が俺を呼び止めた。言伝……まあ予想はつくが。


「『厄介事持ってきやがって、一発ぶん殴らせろ』だそうです」

「『疲れてるんだ勘弁してくれ』って返しといてくれ」

「かしこまりました」


 ギルドマスターの愛のある物言いに親愛を持って返すと、俺は併設酒場へと足を運ぶ。


「っ……」


 酒場の方は、本部とはまた違った喧騒が広がっていた。


 ガチャガチャと食器同士のふれあう音から、冒険者達の豪快な笑い声と罵声、まさしく荒くれ、食い詰めた人間が最後になる職業としてふさわしい雑多さだった。


 俺はその雰囲気を楽しみつつ、早めの夕食をとって居るであろうキサラ達を探す。


「まさか帰ってきていたなんてね、ここは私の街なんですけど?」


 喧騒の先、特徴的なツインテールを見つけてテーブルに向かうと、見慣れた顔が彼女に突っかかっていた。倭服に綺麗に切りそろえられた長い黒髪を持つ彼女は、挑発的な物言いでキサラと話していた。


「はぁー? ワタシがどこに居ようと関係なくないです? ていうか金等級の癖して『私の街』って……クスクス、ちょっと自惚れが過ぎるんじゃないですかぁ?」

「貴方も金等級でしょ! ていうか見た感じ、あの人にも見捨てられたみたいじゃない。まあそうよね、あなた弱いもんね」


 キサラに食って掛かっている長い黒髪の少女は、テーブルに手をついて挑発するように言葉を続ける。


「等級が同じ奴に弱いって言われたくないでーす。ていうか別に見捨てられてないですしぃ?」

「……相変わらずだな、レン」


 かすかに感じる頭痛を押さえつつ、少女に声をかける。


「えっ!? あっ! でたわね!」


 彼女は魔物でも出たかのように、俺から距離をとって拳を構える。そこまで警戒される覚えはないんだが。


「あなたに負けて五年! 鍛え直した私の実力を――」

「とりあえず牛乳で良いか?」

「えっ……あっ、はい」


 給仕に注文を伝えて、となりのテーブルから椅子を一脚拝借して五人で座る。キサラ達三人は既に各々の飲み物を注文しており、あとは食事が運ばれるのを待つだけとなっていた。


「とうさま、この人は?」

「よく聞いてくれましたおチビちゃん! 私は白閃の終生のライバル、その名も――」

「同僚のレンだ。倭に居た頃に何度か依頼をこなしたことがある」

「そうなんだ」


 レンの言葉に耳を傾けることなく、シエルは納得したように頷く。レンはというとがっくりと肩を落としていた。相変わらず騒がしい奴だ。


「ていうかぁ、ライバルって言うにはちょっと実力が見合わなすぎじゃないですかぁ? そもそも等級が違いますしぃ」

「ぐっ、それを言うならキサラもそうじゃないですか! あなたは白閃の相棒として実力不足ですよ!」

「お兄さんはワタシの実力をみて相棒にしてる訳じゃないですからねぇ、レンとは評価基準が違うんですよぉ」


 なんだかんだ、キサラとレンは仲が良い。二人がここまで饒舌になるのは、お互いの信頼あってこそだろう。


 テーブルで向かい合い、身を乗り出して言葉を交わす二人を見て微笑ましい気分になる。ヴァレリィから「これ大丈夫なんですか?」という視線が飛んできたので「放っておいて良い」という意思で頷いておいた。


「えっ……じゃあもしかして白閃って――」

「そうですよぉ、レンみたいに無駄に胸の贅肉がついてるよりも、ワタシみたいにスマートな体型が好きなロリコ――」


 彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああ!!!! 言ってるそばからこのロリコンはあああぁぁ!!!!」

「いや、もし俺がロリコンなら特殊性癖すぎだろ」

「だからお兄さんがそういうロリコンだって言ってるんですよ!!!!!!」


 あんまりロリコンロリコン叫んでると変な目で見られるぞ。とは言わないでおいた。

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