第43話 収穫祭4
夕飯はギルド併設の酒場でとる事にした。何の準備もなく、日が暮れてすぐに夕飯が食べられるのは、都市の特権だろう。
「ヴァレリィさんは?」
「真夜中過ぎに帰ってくるそうだ」
なんでも、スクロールの小型化に関する文献を見つけたとかで、彼は生き生きとした表情で迎えに行った俺を追い返したのだった。自分の興味ある事になると、休憩も食事もとらなくなるのは、ガドの血筋を感じずにはいられなかった。
ちなみにティルシアの方も、随分こき使われたらしく、食事もとらずにベッドへ直行してしまった。社会福祉というものは、多くの肉体労働とただ働きで構成されているらしい。
「とうさま」
俺の膝上に座ったシエルが振り返ってこちらを見上げる。その声と柔らかな肌の感触は、子供そのものだった。
「あれ食べたい」
「そうか」
俺はシエルが指さした蒸した芋を潰した料理を引き寄せてやる。夜は付き合ってやると言った手前、これくらいはしてやらないとな。
「とうさま、これおいしい」
「よかったな」
口の端に付いた食べかすをふきんで拭いてやりながら、俺は周囲の視線を見返す。
確かに、冒険者をやっていて小柄な女が二人いるのは目立つ、ましてや片方は精神的にも子供だ。子連れの冒険者はいないわけではないものの、珍しいのは確かだった。
「なーんかお兄さん、シエルにだけ甘くないです?」
シエルが料理の味を楽しんでいると、キサラがじっとりとこちらを見て、不機嫌そうに口を尖らせた。
「流石にシエルの見た目で対象にしちゃうのはナシだと思うんですよぉ」
「何を言ってるんだお前」
シエルと同じものを口に運びつつ、俺はキサラにツッコミを入れる。こいつは時々訳の分からない事を言う。
「いやいや、ワタシは超絶美少女ですから、お兄さんがなびいちゃうのも分かるんですけどぉ、流石にお子様の見た目のシエルを対象にしちゃうのってぇ、ロリコンさんなのかなぁって」
一体こいつは何を言っているのか、父親代わりなんて大それたことを言うつもりは無いが、このくらいの精神年齢相手なら、頼りになる存在が必要だろうに。
「そもそもぉ、ワタシの――」
「キサラ、うるさい」
さらに言葉を続けようとするキサラに、シエルがぴしゃりと言う。
「はぁー? おチビは黙っててほしいんですけどぉ?」
「キサラもちっちゃいじゃん」
「私は実年齢の方がセーフだからいいんですぅー」
「そのくらいにしておけ、二人とも」
周囲の視線が剣呑な物から憐憫に近いものとなり、痛くなってきたので俺は慌てて仲裁をした。
――
真夜中を過ぎた頃、酒場の扉が揺れた。
「遅かったな」
誰も居なくなったフロアで、俺はろうそくの明かりを頼りに酒を飲んでいる。たった今帰ってきたヴァレリィと話すためだ。
「白閃!? こんな時間まで起きてるなんて……」
「誰かが残っていないと、酒場の鍵を掛けられそうだったからな」
酒場の従業員は既に誰もいない。酒や備品の番をする代わりに、鍵を開けておいて貰っていたのだ。
俺が手振りで鍵を閉めるように促すと、ヴァレリィはそれに従い。鍵を掛けてからテーブルに着く。
「そうか、ごめん。思った以上に資料が豊富でね」
「まあなんにせよ、帰ってきてくれて助かった。少し頼みたいことがあってな」
冒険者ギルドの紹介でいくつか探してみたが、どうしても俺の目当てとするものが見つからなかった。ここまで探して無いのなら、専門家に作ってもらうしかないだろう。
「僕にできる事なら構わないけど、一体何をするんだ?」
「支援魔法のスクロールを作ってほしい」
これから先、しばらく両手剣を使うのに難がある状況が続くのであれば、ある魔法を使えるスクロールが必要だった。
値段はともかく、スクロール自体は多くの店で買う事が出来るが、既製品は持続治癒や急速回復、防護などの回復系、研磨や筋力増強などのバフ系が、需要や供給の面から大多数であり、暗視などの冒険自体を支援する魔法は、コストや作成難度の観点から、支援魔法に適性のある聖職者や魔法使いに頼っていた。
「支援魔法、なんでまた?」
怪訝な顔をするヴァレリィに、俺は説明をする。
現状左肩を思う存分動かせない為、両手剣を扱えない事、そしてそれをカバーするためには、とある支援魔法が必要だという事、その二点を中心に、必要性をしっかりと伝える。
「――うん、君にとってそれが必要なのは分かった」
「そうか」
「でも、僕はそれを作る気にはなれないな」
ヴァレリィはいつになく真剣な顔で言う。
「理由は三つ、第一に僕は支援魔法はそこまで適性が高くない。スクロールを作ってもそこまで強い効果は期待できない。第二にその魔法はスクロールに転写するならかなり高度だ。すぐに出来るものじゃない。そして、これが一番大きい理由だけど……自殺するつもりなら君一人でやってくれ」
彼の言葉はまっすぐで、正直に俺を心配していた。だが、残念ながら俺としても譲れない部分がある。
「心配し過ぎだ。使ったからと言って死ぬわけじゃないだろう。自分の身体の使い方くらいは自由にさせろ」
「そういう話じゃない。シエルちゃんはどうなるんだ? もう君の身体は君だけの問題じゃないんだ」
言われて、言葉が止まる。
ソロで活動していた頃は考えもしなかった。そう言えば、こんなしがらみを嫌ったっていうのも、ソロをしていた理由だったな。
「ああ、そうだな……悪かった」
だが、実際にそのしがらみも、実際に目の当たりにすると、意外と心地の良い物だった。
「全く、僕を悪者にしないでほしいな。キサラちゃんが聞いたらなんて言いだすか……」
なんにせよ、次の目的地はオース皇国だ。その短い期間で無理をすることも無いだろう。俺は少し早めにルクサスブルグを発つことを決めた。
――
「あーあ、もうちょっと収穫祭楽しみたかったなぁ」
エルキ=オース国境への道すがら、キサラがため息交じりに嘆いた。
「うーん確かにあの蔵書量は魅力的だったけど、旅をこれ以上遅らせるのも白閃に悪いしね、仕方ないよ」
ヴァレリィがキサラを宥める。なんだかんだ彼はこのパーティに馴染んできたように思えた。
「とうさま、オース皇国ってどんなとこ?」
カラコロと飴玉を転がしながら、シエルがこちらへ視線を向ける。
「んー? シエルちゃん気になっちゃう感じ?」
俺は質問に答えようとしたが、それはティルシアによって遮られた。
「なんもないところだよー、砂と岩だけって感じ」
「へー」
正確には雨が降らず、土壌にかなり栄養が少ないため、あまり植物の育たない土地である。地下水の流入によって人類圏最大の湖、ヨルバ湖が国の中心に存在するが、そこ以外は湖に流れ込む川と水源沿いにちらほらと集落があるだけだ。
「シエルには少し不便がかかるかもしれないが、ギルド本部まで行くにはこのルートが安全なんだ。我慢できるか?」
「うん、大丈夫だよ」
少なくとも冒険者ギルドの後ろ盾を得るまでは、教皇庁に目を付けられるわけにはいかない。集落に立ち寄るのは、なるべく控えるべきだろう。
「でもこの時期にオース皇国行けてよかったですよ、あそこってめちゃくちゃ暑いし日差しも強いじゃないですかぁ、ワタシ的には、冬のオース皇国はすごい助かるっていうか、夏はいく気がしないっていうかぁ」
イクス王国が北からの風によって冬が厳しくなるのに対して、オース皇国は日光による日差しと照り返しが、遮るものが一切ない荒野に降り注ぐため、昼の暑さと夜の寒さが顕著に表れる。
気温に関するメカニズムが違う為、オース皇国は季節に左右されず年中暑いのだが、暑い時にわざわざ暑い場所へ向かう人間はそう多くない。キサラが言いたいのはそういう事だろう。
「それで、とうさまの傷は治るんだよね?」
「オース皇国で聖女に会えればな」
まあ、会えないなんて事は無いだろう。聖女・聖者は少ないとはいえ、冒険者で言えば白金等級くらいの希少さだ。そう考えれば、本拠地である教皇庁にそれらが居ないはずがなかった。
「ま、いいですけどぉ、お兄さん、聖女様相手に失礼なことして教皇庁に喧嘩売らないで――」
彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃああああああああああ!!! どうして今やったんですか!?!???!? やる必要なかったでしょ!!!」
「いや、失礼なことってこういう事なのかなと思って」
「そりゃもう正解ですけど!! ワタシで実演しないで貰えます!??!?!!?」
お前以外にはやらないから安心しろ。とは言わなかった。
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