第42話 収穫祭3

 翌日、ティルシアに連れて来られたのは、ルクサスブルグの教会だった。高い天井と大きく開いた窓に精緻なステンドグラスが印象的な聖堂内は、収穫祭時期という事もあり多くの人が集まっていた。


「わざわざ悪いね。でも、君を連れて来ないことにはどうしようもなかったからさ」

「構わない。俺も解呪を使える人間を紹介してもらえるなら助かる」


 国家の首都であれば、当然高位の聖職者が居るはずで、ティルシアはそれを紹介してくれるという話だった。


 大きな町では当然のことながら、教会も大きなものが建てられ、そこにいる聖職者たちも高位の人間が多くいることになる。上手く行けば、オース皇国まで行くことなく、左肩の傷を治せる人間が見つかるかもしれない。


 人類圏全土に受け入れられている教会だが、当然ながら受け入れ度合いは各国で様々だ。


 教皇庁のあるオース皇国はその中でも最も深く結びついており、それに次ぐのが隣国であるエルキ共和国だ。いくら解呪を行える人間が少ないとはいえ、エルキ共和国とオース皇国のどちらかには確実に聖女・聖人が居るはずだった。


 ティルシアが司祭に二言三言話すと、彼は俺の方を見て会釈をして歩み寄ってきた。


「初めまして、神の子よ」


 安心感のある。柔和な表情と声だった。背は低くないが、威圧感を与えてくるわけでもない。典型的というと少し失礼かもしれないが、そう言う印象を受ける人だった。


「話はシスター・ティルシアから聞きました。アンデッド討伐中に呪いを受けたそうで」

「ああ、そうだ。解呪を頼みたいのだが、使える人間を紹介してもらえないだろうか?」


 さすがに聖堂で傷口を見せるわけにもいかない。俺は患部をさするだけでその旨を伝えた。


「ふむ、しかし……実はこの教会にいる聖女は収穫祭期間中、エルキ共和国の都市を巡礼する事になっていましてな」


 司祭は申し訳なさそうに言う。


「彼女は今どこに?」


 しかしエルキ共和国の都市となると、かなりの数になる。追いかけて間に合うかどうかも不明だ。ならば収穫祭が終わるまで待てばいいかと言えば、収穫祭の終わるころまで待つならオース皇国のアルカンヘイムへ向かった方が早い。


「今は――そうですな、国土を反時計回りに回っていますから、イクス王国の国境沿いのどこかで滞在している筈ですが」


 そうなるとオース皇国とは逆方向か、シエルとヴァレリィの冒険者登録がさらに長引くのは避けたいな。


「わかった。アルカンヘイムあての紹介状を頼む」


 そうなると仕方ない。俺は当初の予定通り、オース皇国で解呪を頼むことにした。



「じゃあせっかくだし、お祈りでも捧げていってよ」


 スムーズに話が進み、時間が余ったので二日酔いでダウンしているキサラのために、霊薬でも買って行こうかと思っていると、ティルシアからそんな提案をされた。


「祈りか……」


 正直なところ、神に祈ったところで何があるのか、という気持ちが無いわけではない。だが、それをこの場で言うほど俺は愚かではなかった。


 ティルシアに促されるまま、聖堂に並んだ椅子に腰かけて両手を組んで頭を下げる。


 一体何に祈りを捧げるのか、今ひとつはっきりとしないが、格好だけでもそれらしくしていると、ティルシアが隣に座って両手を組んだ。どうやら彼女も俺と同じことをするらしい。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私は司祭の――」


 いつまでこの姿勢をしているべきか迷っていると、さっき話していた柔和な表情の司祭が話を始めた。聞くかぎり、この世界の創世神話だ。


 神がこの地に降り立った時、魔物も人間も動物も居らず、魔法すら存在しなかった。あるのは大量の水と砂、そこでまず神はエルフという種族を作り出し、ついで豊かな大地と動物たちを作り、最後に人間を作って、神自身は深い眠りについた。そういう話だった。神が眠りについてから、徐々に魔物が発生するようになった。だからそれを殲滅することが、神の意思に沿った事なのだ。という事らしい。


 実際オース皇国の中心部には、神が眠る湖として、人類圏最大の湖があり、オース皇国が最も古い歴史を持ち、教皇庁もそこにあることから、恐らく神話に準じた何かが実際にあったのだろう。実際に、淡水が大量に確保できる湖の側では、文明は発達しやすいはずだ。


「さて、収穫祭の期間中という事で、ここに来るのはお付き合いされている方が多いと思いますが」

「……ん?」


 創世の話を終えた司祭が、唐突に妙なことを口走った。周囲をひっそりと見渡すと、照れ笑いを浮かべる男女がほとんどで、そうではない人は、老齢にさしかかった、敬虔そうな人々だけだった。


 これは気まずい。そう思って隣を見ると、ティルシアと目が合った。隈の深い目元を少しだけ紅潮させて、曖昧な笑みを返してくれる。どうやら彼女も困っているようだった。


「収穫祭の時期、恋人と過ごす風習が始まったのは今から約三〇〇年前、聖ユリウスが始まりとされていて、彼はエルフの神官として、いくつもの婚礼を執行し、その中でも収穫祭の時期に行なわれた大規模なものは、多くの恋人たちを夫婦として認めるものだったと言われています」


 そんなものがあったのか、冒険者稼業をする以上、色恋や子孫を残す事を完全に諦めていたので、全く気にした事が無かった。


「いや、悪いね、そう言えばそんな時期だったよ」


 ティルシアが俺に耳打ちする。聖職者である彼女がこの事実を忘れている訳が無いので、間違いなく故意犯だろうと推測した。


「……故意だな?」


 しかしなぜ故意にこんなことをしたのか、それが分からなかったので、彼女に直接聞くことにした。


「うぇっ!? ……ま、まあ、そうだけど、そんな直球で言わなくても」


 ティルシアは唐突に言葉の勢いを無くし、顔を赤らめる。そんなに恥ずかしいなら、無理に座る必要も無いだろうに。


「……ダメ、かな?」

「いや、お前がそれでいいならいい」


 自爆みたいな恥ずかしいイベントは、俺達の思考とは別に厳かな雰囲気で進んでいった。



――



「少しはマシになったか?」

「頭痛いですけど……なんとか」


 午後、教会から戻った俺はある程度回復したキサラとシエルを連れて、ルクサスブルグの中心部にある噴水広場を訪れていた。


 ちなみにティルシアは帰り際、司祭に捕まって何かしらの仕事を手伝わされる事になったらしく。夕方まで帰ってこれないそうだ。あの自爆じみた行動に加えて仕事まで押し付けられるとは、つくづく運がない。俺はひっそりと彼女に同情した。


「とうさま、あっちのお店、すごくきれい」


 シエルが飴屋の屋台を指差して袖を引く。午前中はキサラの看病を任せていたし、そのお詫びもかねて買ってやろうか。


 店に並んだ飴玉は宝石を模したカットが入っており、気泡も少ないのでくすんだ宝石のようになっていた。舐めている間に少し溶けて宝石のようになることから、宝石飴というらしい。


 銅貨五枚で紙袋一杯に詰めてくれるらしく、俺はそれを買って三人で分けることにした。


「はぁ……甘さが身体に沁みますねぇ」


 しみじみとそんな事を言うキサラに苦笑しつつ、俺も口に含む。果実の匂いを移したシロップで作られているのか、甘さ一辺倒ではない味で、食べやすい飴だった。


「シエル、残りは貰って良いぞ」


 俺達はその一つずつで満足して、残りをシエルに渡す。彼女は袋を受け取ると、満面の笑みで「ありがとう」と言って飴を一つ口に放り込んだ。


 上位の竜種は基本的に物を食べるという事をしない。


 当然ながら炎竜のように例外はいるものの、魔力を食べることで彼らは生きている。魔力はあらゆる物質が少なからず持っているもので、大気中にも存在している。


 だが、彼らにも消化器官はあるし、味覚も存在する。俺たちにとっての酒のように、嗜好品として普通の食べ物を楽しむ個体も、魔物の中では観測されていた。


「とうさま、おいしいね」

「ああ」


 笑顔が微笑ましくて、俺はシエルの頭に手を置く。彼女はくすぐったそうに首を引っ込めて、えへへと笑った。


「むぅ……」


 シエルが上機嫌になっていると、今度はキサラが不機嫌そうにこちらを睨んでくる。いや、子供相手に対抗心を燃やすなよ……


「それで、随分不機嫌そうだが」

「べっつにぃ? 女の子と一緒のお出かけでコブつけてきた挙句にそっちといい感じなところとか怒ってませんけどぉ?」


 ああ、そういう事か。


 とはいえ、シエルを一人で宿に置いておくのは酷だろう。ヴァレリィはシエル本人が嫌がりそうだし、魔物に排他的な教会でティルシアと一緒というのもな。


「悪かった。それで、この噴水を見たかったのはなんでだ?」

「それはですねぇ、噴水に二人でお金を投げ込むと願いが叶うんですよ」


 なるほど、ゲン担ぎの類か。教会でも似たようなことをしたが、どうもうちの女性陣はこういう事が好きらしい。


 こういうことをするよりも、実際に出来ることを先にやるべきだとは思うのだが、キサラがやりたいというのだから、付き合うのも悪くないだろう。


「それで、何を願うんだ?」

「それを言っちゃだめですよ、言わないで二人とも願いが同じだったら叶うんですから」


 面倒な手順を踏むんだな。俺はそう思いつつ銅貨をキサラに渡し、タイミングを合わせて噴水へ投げ込んだ。銅貨は綺麗な弧を描き、水音を立てる。その下にはたくさんの銅貨があり、ちらほらと銀貨が混じっていた。ゲン担ぎに銀貨とは太っ腹な奴もいたものだ。


 さて、何を願おうか……左肩の傷はどうにかなる目星はあるから別に必要はない。となると、特に叶えたい目標もないのだが、キサラが熱心にここに来たがったという事は、彼女は何か叶えたいことがあるのだろう。


 俺はそう考えて「キサラの願いが叶いますように」とだけ願った。


「……願い叶うと良いですよねぇ?」

「そうだな」


 適当に返事をして、少し離れたところで飴を舐めているシエルを迎えに行く。彼女は甘い味が気に入ったようだった。


「とうさま、またたべようね」


 気に入ったなら、保存も効くだろうしもう一袋買ってもいいな。そう考えていると、キサラがまた頬を膨らませていることに気付く。


「どうした?」

「べっつにぃ? ワタシとああいうことやった後なのにまたシエルなんだ。とか思って――」


 彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃああああああああああ!!!! 何するんですか!? その行動は流石に論外ですよ!!!」

「いや、構って欲しいのかと」

「お兄さんの『構う』って、デコピンすることなんですか!?!???!!?」


 いや、普通にそれ以外もあるが。とは言わないでおいた。

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