第35話 不死系討伐2

「そうかそうか、二人とも元気か!」


 ガドは酒で真っ赤になった顔をくしゃくしゃにして大きく笑った。


 俺達はガドの強引な誘いによって、豪勢……と言っても高い酒を呷るだけだが、そんな夕飯をとっている。


「ええ、父は忙しそうですが、祖母は母と一緒にシュバルツブルグで暮らしています」


 ヴァレリィはガドの質問に答えるようにそう言うと、眼鏡の位置を直す。


 俺はそんな二人の姿を見ながら、ガドが隠し持っていた高級な蒸留酒を少し口に含んだ。鍛冶の仕事で大金を貰っているだけあって、なかなか上等な酒だ。


 ガドは以前、出て行った家族の事を気にしても仕方ないと笑っていた。だが、今の姿を見るとそうでもないらしい。


「いやあ、ガドじいさんがこんなに楽しそうなのは、ボク初めて見たなぁ」


 そう言って、さっき家の前で会った女性は俺と同じ酒を飲む。俺たちと会った時は、まさに帰るところだったと思うのだが、何とも要領のいい性格をしている。


 彼女の名前はティルシア。巡回修道女だ。彼女たちは教皇庁所属で大陸全土を歩き回り、人々を癒したり不死系の魔物を倒す事で実績を積んでいる。


 今回ガドの家まで来たのは、聖水を納品する為だそうだ。


 剣を打つ際、急冷させる水は基本的にただの真水で構わないのだが、聖水を使用することで不死系魔物へのダメージが増える。どうやら騎士団と冒険者ギルドが、今度は不死魔物の討伐を実施しようとしているらしい。


「それに、白金等級のパーティが合流してくれたのがありがたい。仕事は楽なほうがいいですからなぁ」

「何の仕事もせずにこの町を離れるのも、どうかと思っていたところだ。こちらとしても渡りに船といったところだな」


 嬉しそうなガドと、どうすればいいか分からなくなっているヴァレリィを肴に、俺とティルシアは酒を飲む。


「とうさまー……」


 声に振り向くと、シエルが眠そうに目を擦っていた。そこまで話していたようには思えなかったが、どうやら夜も遅くなってきたようだ。


「シエルちゃんはもうおねむなんですねぇ、こんな酒臭いところじゃなくて離れに行きましょうか」

「ああ、二人とも寝るか、俺も行く」


 ヴァレリィにも声を掛けようかと思ったが、ガドの嬉しそうな顔を見ると引き離すのは憚られた。


「くふふ、じゃあ白閃さん。明日のギルドでお会いしましょう」


 去り際、ティルシアが手を振って見送ってきたので。俺は手を上げて挨拶を返した。


「ああ、また明日」



――



――不死系討伐

 以前盗賊団が根城としていた洞窟でアンデッドが発生している。現状、対応に急を要する事態にはなっていないが、教皇庁の巡回者がこの町を訪れているため、事態が深刻になる前に討伐を行う事となった。なお、今回の討伐はギルド支部長の信任を得た者に限定する。

 報酬:金貨一〇〇〇枚。


 職員から手渡された依頼書には、そんな事が書いてあった。


「まさか白閃様がまたタイミングよく訪れてくれるとは、助かります」


 手渡した職員が深々と頭を下げたので、俺も軽く頭を下げて、仲間たちのいるテーブルへ向かう。


「あー、やっぱり不死系発生しちゃいましたねぇ」


 キサラが依頼書を覗き込みながらそんな事を言う。


 不死系は、多数の生物が死んだ場所で発生する魔物の総称だ。その意味では、盗賊団殲滅で多くの血が流れたあの場所で、不死系魔物が発生するのは当然ともいえるだろう。発生の原理は、無念の死を遂げた人間が云々のような事がまことしやかに話されているが、実際の所はよく分かっていない。


 ヴァレリィに聞けば、長い蘊蓄と共に色々と聞けそうだが、彼はガドの家に置いて来ていた。アンデッド程度では、広範囲魔法の世話になるとは思えなかったし、なるべくガドと一緒に居て欲しかった。


 彼自身はどう接していいか分からない様子だったが、ガドはあからさまに嬉しそうだったので、ヴァレリィには悪いとは思いつつ、半強制的に孫の役割をしてもらう事にしている。


「大丈夫ですかぁ? お兄さん、お化けが怖くて戦えないとかやめてくださいよぉ?」

「ああ」


 キサラの物言いは適当に流して、教皇庁からの巡礼者――ティルシアの姿を探す。ギルド支部で会う。という約束を昨日したので、恐らくここに居るはずなのだが。


「おや、君達の方が先に付いているとはね、待たせちゃったかな?」


 声がした方を向くと、すぐ近くにティルシアが立っていた。どうやらついさっき到着したところらしい。


「ああ、今依頼書を受け取ったところだ。待ってはいないから安心してくれ」

「それは良かった……ところで、昨日と比べて一人少ないけど」


 彼女は椅子に腰かけ、キサラをシエルを一瞥した後、ヴァレリィがいないことに気付く。


「ああ、あいつはガドと一緒にいる」

「なるほどね、そうなると二人でやらなきゃいけないのかぁ」

「ちょっとちょっと、ワタシこう見えても金等級なんですけど?」


 侮られたことを察して、キサラが頬を膨らませる。シエルは話の内容をいまいち理解できていないようだったが、キサラの言葉で意図を察し、彼女に続いて不機嫌そうに唸った。


「えぇ……嘘でしょ?」

「いや、本当だ。キサラは金等級だし、シエルは登録をしていないが、肉体の強度で言えば、俺よりもずっと強靭だ」


 疑いの目を向けるティルシアに、俺はそう言ってキサラたちのフォローをする。シエルに関しては、流石に部外者へ正体を明かすのは、リスクがあるので詳しくは話せないが。


「うーん、白金等級の君が言うならそうなんだろうけど、自分の身くらいは自分で守ってよね」


 彼女は信用しきれないという雰囲気だったが、一枚の地図を取り出す。それをテーブルに広げると、彼女は白墨で丸をいくつか打った。


「ま、作戦会議はじめよっか、それで、今丸を打った場所が入り口だね」


 地図を見ると、確かに盗賊団が根城にしていた場所が正確に地図に起こされていた。どうやら殲滅任務が終わった後、腐肉漁りを調査するために冒険者ギルドが地図を作成していたらしい。


 内部構造まで書かれた精密な地図をもとに、経路の説明をするティルシアの話を、俺達は真剣に聞いていく。



――



「じゃあ、決行は明日の午前中。日中ならアンデッドの活動も弱いからね」


 作戦会議はティルシアのそんな言葉で幕を下ろした。


 キサラはガドの家へ向かい、アンデッドへの特攻を持つナイフを作ってもらえないかの交渉をするらしい。


「とうさま、何処に行くの?」

「騎士団詰所までな」


 シエルの問いかけに、俺は答える。


「ここまでアンデッドが押し寄せてくることは、普通は無いと思いますけど、村の防備は考えておく必要あるんですよね」


 ティルシアが俺の言葉を引き継いで続ける。彼女も騎士団へ聖水の納品があるため、同行していた。


 武器にアンデッド特攻を付与するには、三つの方法がある。ガドが今しているが、武器を作る際に聖水を使用する方法がまず一つ、聖職者専用の支援魔法が二つ目、そして武器に聖水を掛ける方法が三つ目となる。


 それぞれにメリットとデメリットがあるが、聖水を掛ける方法は、既存の武器を使える代わりに、効果時間が少なく、聖水のコストもかさむという特徴がある。なので、平常時にはアンデッドの相手をしない集団が、アンデッドと戦わなくてはならない時に使用している。


「何用だ」

「明日、盗賊団の根城跡に発生したアンデッドの討伐に向かう。町の周囲に影響が出るかもしれないから、その報告と聖水の納品だ」


 不愛想な衛兵に淡々と事実を告げて、俺達は詰所の中に入る。内部は以前来た時よりも幾分か整理されており、簡素ながら受付用のカウンターまで作られていた。


 カウンターで手続きを終えると、聖水の受け渡しが行われ、処理は順調に終わった。実質的に、万が一に備えてくれと伝えただけの申請だったので、まあこのくらいの軽さで終わってくれた方が、こちらとしてもやりやすい。


「さて、じゃあボクは――」

「白閃!」


 今日は何か料理を買って帰ろうかと思った時、騎士の一人が声を掛けてきた。


「アレンか」

「あ……ひさし、ぶりです」


 シエルは俺の陰に隠れるが、軽く背中を押してやると、様子を窺うように身を傾けた。そう言えば、アレンに対する印象は最初に決闘した時の印象しか無いはずだったな。


「こっちに来ていたのか、知らせてくれれば会いに行ったのに」

「無理に付き合う必要はないぞ、仕事も忙しいだろう」

「ああ、いや、今日くらいなら早めに帰れる。ガドの家に泊まっているんだろ? 今晩飲まないか?」

「……遅くならないならな」


 アレンは、最初にあった時とは全く違った様子で、人懐っこい笑みを浮かべて俺の手を握った後、鍛錬に戻っていった。どうやら、俺が居なくなった後も努力し続けているらしい。


「とうさま……」

「アレンとはもう仲良くなったんだ。安心していい」


 シエルにそう言って、頭を撫でる。彼女は安心したように目を細めると、くすりと笑った。


 俺はそのまま詰め所を後にする。夕飯はどうしようか、流石にガドの家にある保存食中心の食事は、昨日だけで十分だった。


 自然と足が市場に向かい始めた時、ティルシアが付いてきていることに気付いた。どうやら今日も夕飯を共にするつもりらしい。


「しかし、君は顔が広いね、さすが白金等級」

「仕事上の交友はどうしても増えるからな」


 市場で食料を物色していると、ティルシアが誉めているのか事実の指摘なのか分からない事を言った。それは事実であり、謙遜するような事でもないので、俺は否定しなかった。


 白金等級にまでなると、依頼で関わる人間は少なくない。少し前までソロをメインに活動していたとはいえ、完全な一人で行う依頼はかなり少なかった。それこそ、単純な討伐依頼でも武具屋だとか、自警団や騎士団と筋を通したり交渉する機会は多い。


「へぇ、じゃあ人間じゃないこの子を連れてるのもそういう関係?」


 ティルシアの表情は変わらず、半分閉じた気だるげな視線がじっとこちらを見つめている。だが、その眼の奥には確かな知性の光があった。


「ああ、そうなるな」


 さりげなく、シエルを俺の陰に押し込んで、店から新鮮な食糧を買う。収穫期に差し掛かっているだけあって、様々な食材が安価で売られている。


「ああ、警戒しないでほしいな、ボクは見た目通り、そこまで熱心な聖職者じゃないからさ」


 イクス王国、エルキ共和国、アバル帝国、オース皇国、人類の暮らしている四大国家すべてに、多数の信者を擁する教会。その役割は人類の発展と保護を目指すもので、その目的上、魔物に対して敵対する立場をとっている。


 熱心な聖職者じゃない。というのは、魔物がいようと気にしないという意味だろう。


「何が目的だ?」


 必要であれば、ガドの家まで走りそのまま町を後にしてもいい。教会に敵対することになろうと、俺はシエルを守り抜くつもりだ。最悪でも冒険者ギルドの庇護さえあれば、教会権力が大っぴらに彼女を襲う事もないはずだ。


「……くふ」


 シエルが剣呑な雰囲気を察して俺の裾を掴んだところで、ティルシアは薄い唇から息を漏らした。


「別に何をするつもりもないよ。ボクはただ、君達が一緒にいる理由が気になっただけさ」


 彼女は肩をすくめておどけて見せる。しかし、その動きがどこまで本心か分からなかった。


「それに、君は腕が立つ。面と向かって敵対するような事を言うと思うかい? 考え過ぎだよ。ボクの狙いは君たちの夕飯にご相伴するにはどうすればいいか、それだけさ」


 俺の警戒をよそに、ティルシアは「あ、できれば辛いものは止めてね」と付け足して鼻歌を歌い始めた。


「とうさま?」


 彼女は信用できるのか、信用に足る人物なのか、判断材料は少ないが警戒しなければならない。果物を物色しているティルシアから目を離さず、俺はシエルの肩に手を置いて、彼女を安心させた。

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