第34話 不死系討伐1
僕の祖父が生きていると聞いたのは、魔法研究所への就職が決まった直後だった。
「まあ、ばあさんは滅茶苦茶嫌ってたけど、お前も大人だ。一人でどうするかくらいは考えられるだろ」
久々に帰ってきた父は、僕に祖父の事を伝えて、そう続けた。
正直なところ、驚きはあるが困惑の方が強かった。元々いないものとして認識していた存在が、今更生きていると言われても、実感がわかないというか、特に何の感動も起こらない。
「ええっと父さん。いきなりそんな事言われても、特に何とも思わないんだけど」
祖母は確かに、祖父の事を良く思っていないのは知っていた。だから祖父に会いたいとか、そういう感情が湧かないのかもしれない。
「そもそも、魔法研究所は結構な激務でしょ。わざわざ初対面の肉親とか気にしてられないと思うけど」
「まあ、そうだろうな、父さんもばあさんの手前もあるし、必要性も感じなかったから会いに行ってない」
父はあっけらかんとそんな事を言う。僕はその言葉に肩透かしを食らうとともに、安心もした。もし「父さんは会いたいけど旅をするには体力が無いから、代わりに会ってきてくれ」なんて言われたら、どんな顔をしていけばいいかわからない。
「ただな、父さんがお前に教えたのは、後悔してほしくないからだ」
「後悔?」
父の口から、意外な言葉が漏れた。
「ああ、うちのじいさんは、仕事一筋で山奥に籠ってるような偏屈家でな、父さんもあんまり好きじゃなかったし、お前もそりが合わんとは思う。ただ人から聞いて好きになれないっていうのと、実際に会って気に入らないって思うのは全然違う」
その言葉を聞いて、僕はフィールドワークの重要性と同じような事だなと思った。
研究資料をいくら見ても、実際の魔物を間近で見なければ、それらを本当に理解したとは言えないだろう。
「……うん、確かに」
肉親という数少ない存在を考えた時、会える時に会っておくと考えるのは、悪くは無い。会った事もない存在に、もう会えないと思いを馳せるよりは、実際に一度会ってしまった方が、いい方向だろうと悪い方向だろうと、すっきりするはずだ。
「というわけでこの話は終わりだ。国立魔法研究所に就職おめでとう。今度就職祝いにレストランにでも行くか」
そう言って父は笑う。僕は溜息をついて「どうせ次帰ってくるのは半年後でしょ」と呟いた。
――
「すまない、思い出すのがもう少し早かったらよかったんだが……本部に向かう前に寄りたい町があるんだ」
ヴァレリィが話したその言葉一つで、俺たちは来た道を引き返していた。
向かったのはガドの居る町。遠くは無いものの、国境近くまで来ていたので少しの徒労感はあった。ため息の代わりに空を見ると、蜻蛉が俺たちを先導するように飛んでいく。枯れた草木もいくつか見える事から、彼らの姿が見れるのも、あと数週間くらいだろう。
「それにしても、あのおじいさんのお孫さんだったんですねえ」
「ああ」
要件を聞いて驚いたのが、ヴァレリィがガドの孫だという事だった。世間は狭いというかなんというか……だが、ヴァレリィの祖母と父親からは、彼が嫌われていると聞いて、口元が緩んだのは確かだ。
「いやぁすいません。ギルド本部に行くのは僕らのためだって言うのに」
ガドの家までの山道を登りつつ、ヴァレリィは話す。昨日は麓の支部で宿をとって昼過ぎまで休息をとったので、体力は十分にありそうだった。
「構わない。急ぐ旅でもないからな」
俺達がギルド本部へ向かっている理由は大きいものが二つある。
まず一つ目は、シエルとヴァレリィの冒険者本登録だ。
簡単な登録は支部で行えるものの、それでは革等級からのスタートとなり、等級を上げるのに時間がかかる。そこで技能テストや面接により銅等級以上の格付けを行えるギルド本部へ向かうのだ。
俺の勝手な見立てでは、二人とも金等級以上の実力を持っている筈なので、支部で登録するよりも本部でそれを行った方が、何かと手間が少なくて楽だ。シエルに関しては特に、神竜が人間社会で活動するのならば、冒険者ギルドの後ろ盾は必須となるため、向かわなくてはならない。
次に二つ目だが、シエルに倭を見せてやりたいのだ。
母竜が夢を見た呪術師の故郷。俺の勝手な干渉と言われればそこまでだが、その国を彼女に見せてやりたかった。
「ええーワタシは早く行って白金等級に――」
彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何でデコピンしたんですか!?」
「いや、昇格できるといいな、と」
「それ言葉で十分じゃないです!!?!???」
シナトベの一件が査定に反映されれば、キサラが白金等級に昇格するのは間違い無いだろう。昇格は基本的に支部でも可能だが、鉄等級から銅等級と、金等級から白金等級の昇格は、本部での手続きが必要となるため、キサラにも一応の理由はあった。
「とうさま、ガドおじいさんと会うの楽しみだね」
「ああ、もうすぐ到着するはずだ」
シエルは俺の手を握って笑みをこぼす。さて、そろそろ家が見えてくるはずだが。
そう思って視線を前に向けると、丁度懐かしい小屋が見えた。扉からは、いつかと同じように人影が出てきた。
「んじゃ、注文の武器お願いしますよー……ん?」
それは女性で、あの時出てきたアレンとは真逆の存在だった。年齢は二十歳前後だろうか、だが猫背で卑屈に笑い、目の下に隈ができている姿を見ると、実年齢より高く見えるのかもしれない。
「おや、あなた方も鍛冶の神にご用事で?」
「こいつが孫でな、国を離れる前に挨拶をしに来た」
そう言って、俺はヴァレリィを指差す。見るからに怪しい風貌だったが、別に隠す事でもないし、ヴァレリィ自身隠したいわけでもないだろう。
「へぇ……」
見るからに不健康そうな女性は、ヴァレリィの姿をじろじろと見た後、首をかしげる。
「あのおじいからこんな美形の孫産まれるんだ。ウケる」
くっくっと笑いを漏らして、女性は今出てきた家の中に向かって声を掛ける。疑いや悪意は感じなかったが、何とも直球な物言いに、俺とヴァレリィは顔を見合わせて苦笑した。
「ガドじいさーん。お孫さんが訪ねてきたよ」
「ああ? こないだも言っただろうが、俺は嫁に逃げられて、天涯孤独だっ……て」
半笑いの女性がガドを呼ぶと、顔中に煤を付けた懐かしい顔が、家の奥――鍛冶場から覗いた。
「おっ! どうした小僧! 武器はちゃんと加工してもらえたか?」
「なんとかな、それと――」
「それにしてもお前が孫とはな、ガハハハッ!」
「いやそういう訳ではなく」
「……白閃」
訂正しようとしたところで、ヴァレリィが耳打ちしてきたので耳を傾ける。
「本当にこいつが僕の祖父……ガドなのか?」
「一応な」
言葉に隠しきれない疑惑の色が混じっているのを感じ、俺はそれに同意しつつ、溜息をついた。
「それで? 今日はどうした? そっちの若造は……」
「ヴァレリィです。祖母の名前はミナで父の名前はギィ、名前に聞き覚えはありませんか?」
その言葉を聞いた途端、ガドはさっきまで浮かべていた笑みを凍り付かせた。
「あ? するってぇと……」
彼は、感情が脳の理解よりもはるか先に行ってしまったように、鈍い反応を返す。しかし、それは数瞬もすれば思考が感情に追いつき、再び表情に現れる。
「僕自身、あまり実感は無いのですが、貴方が祖父のようですね」
その表情を見て、ヴァレリィはいつになく冷静な声でそう言った。
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