第33話 要衝防衛3

 痛む身体に鞭を打って起き上がる。昨日の防衛戦では無理をした挙句救護班の世話になってしまい、恥ずかしい思いをした。


 部屋を出て階段を降りる。既に一階のギルド併設酒場では、昨日の防衛戦成功を祝って他の冒険者たちが酒盛りをしていた。昼だというのに暢気な事だ。


「ぐっ……痛ぅ……」


 昨日は戦闘後の興奮で、痛みを感じていなかったが、今思えばこの体でよく楽々と階段を上がれたものだ。階段を一段降りるだけで全身に激痛が走り、手すりに寄りかかっていなければ、姿勢を崩して転げ落ちていただろう。


「おっ、昨日の英雄様が起きてきたぞ!」


 髭面の、調子のよさそうな戦士が声を上げると、全員がこちらを向いた。


「お前、銀等級だって? すぐにでも昇格出来そうなのにもったいねえな、よし、回復魔法をサービス――」

「要らない」


 それだけ言って、俺は手近な椅子に座る。このうるさい中で食事はしたくないが、物を腹に入れておかないと、自力で回復するための体力も確保できない。


 俺が回復を断ったのは、馴れ合いが嫌いなのもあるが、回復魔法はダメージの回復を行う為、超回復が為されないからという理由が大きかった。


 強くなりたければこの痛みに耐えて、機能回復をしなければならない。俺は運ばれてきた硬いパンと薄いスープを食べ始める。


「あの」


 話しかけてくる同業者を遠ざけるように受け答えをし続けて、声をかけてくる人も居なくなったころ、一人の少女が話しかけてきた。


「なんだよ……」

「えと、昨日のこと、謝っておこうと思って」


 そう言った少女は、黒髪に琥珀色の目をしており、ビキニトップにホットパンツという服装からして、盗賊だという事が分かった。


「何かあったか?」


 しかし、謝るとは何だろうか? 何か俺に迷惑をかけたような素振りだが、俺にはそんな心当たりが何もなかった。


「その、私がもう少し豚鬼の群れを引き付けておけば、お兄さんも無理しなくて済んだのにって」


 ……一体何を言ってるんだこいつは。俺は素直にそう思った。


 騎士職でもない人間が捌くことができる魔物の数なんて、せいぜい数体であり、あの状況では数体減ったところで誤差も良いところだ。こいつの話は、常識的ではない。


「気にしてない」

「で、でも、こんなボロボロになってるじゃないですか」

「これは俺が弱いのが悪いだろ。一人でどうにかできるなんて自惚れるな」


 そう言って、俺はパンにかぶりつく。口の中を怪我しなかったのは不幸中の幸いだったな。


「え……でも、私……」

「とにかく気にするな。勝手に自分のせいだって思い込んで謝ってくるな。鬱陶しい」


 そう言って俺は席を立ち、二階へ戻る事にする。食事を終えたなら、もう自分の部屋で寝ていたかった。


「あ、あのっ! 私、キサラって言います! また一緒に冒険してくれますか?」


 背中にかけられた言葉に、俺は手を上げてため息交じりに答える。


「……勝手にしろ」



――



 陽の光が顔に掛かるのを感じて起き上がる。昨日の防衛戦は、特に危なげなく成功していた。


 部屋の中にある残り三つのベッドには、既に誰も寝ていなかった。どうやら俺が一番最後らしく、少し気恥しい。


「んっ……」


 眠気覚ましに伸びをすると、肩がバキバキと鳴り、頭が急速にすっきりとする。どうやら存外疲れていたらしい。俺は昨日の寝る前の事を思い出す。


 清算の時にはギルドの職員を含め、同業者から白金等級が参加してくれたおかげで、安定して防衛戦を行えたと、何度も頭を下げられた。


 しかし、正直なところ俺一人だったら危なかっただろう。だからこそ、俺たちは清算金の分配率を下げて受け取ったのだった。


「あ、お兄さん。おはようございまーす」


 階段を降りると、先に降りていたキサラが、手を上げて俺を呼んだ。


 ギルド併設の酒場、その二階は冒険者向けの宿になっている。一階が真夜中過ぎまでうるさいので、人気はないが一部の仕事熱心だったり金の無い冒険者が利用している。


「とうさま、おはよう」

「ああ」


 シエルの頭に軽く手を添わせてから、俺は四人掛けのテーブルに着く。既に座っていた三人の顔を見回すと、ヴァレリィだけが俯いた姿勢で固まっていた。どうやら一度起きて降りてきたはいいが、また眠ってしまったらしい。


「起こさないで」


 彼の身体を揺すろうとしたところで、シエルに止められる。


「起きてるとうるさいから」

「とはいってもな……」


 まあ、うるさいのは確かだ。だが、これから飯を食べるというのに、寝かせたままなのはかわいそうだろう。


「わたしが無視し続けて、ようやく寝たの。ヴァレリィは――」

「呼んだかい!?」


 シエルの言葉に反応して、ヴァレリィは跳び起きた。起こした張本人は苦虫を噛み潰したような顔をしていて、それが妙に滑稽だった。


「呼んでない!」

「えぇー、本当かなぁ? 確かに僕の名前を呼んだ気がするんだけど」


 目やにを付けたまま、ヴァレリィはシエルの顔を覗き込もうと体を動かしている。止めようかと思ったが、まあなんだかんだ言って、シエルが本気で拒否するなら擬態を解いて攻撃するだろうし、ヴァレリィもシエルに嫌われたくは無いはずなので、二人特有のコミュニケーションなのだろうと思う事にした。


 二人のじゃれ合いを眺めながら、次の町までどのルートを通ろうかと考えていると、朝食が運ばれて来る。サンドイッチにベーコンエッグ、そしてスープが人数分運ばれて来ると、俺たちは思い思いに食事を始める。


「で、お兄さん。ギルド本部にはどう行くか決めました?」


 サンドイッチを片手に、キサラが口を開く。


「ああ、エルキ共和国とオース皇国の首都を経由しようと思う」

「えー滅茶苦茶遠回りじゃないですかぁ、いつもみたいに最短距離――」


 彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何で今やったんですか!?」

「いや、シエルにいろんな場所を見せてやろうと思ってな」

「この動きにシエルちゃん関係――話そのまま進めないでもらえます!!!?!????!?」


 シエルは今、イクス王国の風土しか知らない。これから生きていくにあたって、いろいろな国を見せてやりたかった。


「それに、ヴァレリィはまだ俺たちのやり方に耐えられないだろう」

「確かにそうですけど……」


 釈然としないながらも、キサラは理解してくれたらしい。


 金等級以上の冒険者は、地理的なものをすべて無視して、直線距離で目的地へ向かう事が少なくなかった。冒険者という名前がついているからには、新規の通行路を策定するのも仕事のうちであり、それを専門に行うクラスもあるくらいだ。


 ちなみにイクス王国からギルド本部までは、直線で向かうなら国境を二つ通過するだけで済むが、今言ったルートを使う場合、三つ通過する必要が出てくる上に、かなりの遠回りとなる。


 そのかわり、道はかなり平坦で、上手く行けばエルキ共和国の移動中は毎日宿に泊まりながら向かえる可能性すらあった。


「ま、しょうがないですねぇ、そのかわり、宿はそれなりに高級なところを――」


 彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああ!!!! 何するんですか!?」

「いや、まさか二連続でやられるとは思わないだろうなって」

「確かに思わなかったですけど!!!」


 少しは観光を楽しみながら行けるといいな。とは言わなかった。

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