第25話 決闘代行7

「決闘はどちらかが参ったと言うか、ペアの両方が死亡した瞬間に勝敗を決める」

「問題ない」


 立会人の提案に俺は短く答えて、バンデージの留め金を弾く。ばさりと覆っていたものが落ちて、微かな燐光を放つ両手剣をあらわにさせる。


「!」

「兄貴、あれ……」


 対するのは、リュクスともう一人、後輩か配下か、彼と同じような外套を羽織った傭兵だった。そちらは立ち振る舞いから見て、リュクスよりも一段低い実力のようだ。ダマスカス加工の刀身を見て、何かひそひそと話している。


「……ちょっと待ってくれ立会人。俺たちはこの二人でいいが、相手はあいつ一人だけか?」

「いや、もう一人はいる。すこし遅れているがな」

「遅れてる? トイレか?」

「そんなところだ。勿論このまま始めて構わない。その間は俺一人で戦う」


 これはブラフだ。増援などありえないが、それを悟られては不利になるだけだ。最低限相手の思考に増援の可能性を残したい。


「立会人もそれで構わないか?」


 俺が確認すると、立会人は無言でうなずく。あとはリュクスたちも了解してくれれば良い。


「俺達も大丈夫だ。そいつがトイレに行ってる間に終わらせてやりますよ」


 リュクスが両拳を突き合わせて籠手を鳴らす。どうやら自分の拳で戦うクラスのようだ。


「では、私がこの杖を倒します。地面に倒れた瞬間が開始の合図です」


 立会人が杖を手に持ち、地面に立ててゆっくりと離す。静かに杖が傾き、その速度を上げていく。


「っ!!」


 地面に杖が触れた瞬間全員が地面を蹴っていた。


 俺の目的は早い段階で一人を戦闘不能にすること、相手は増援が来る前に俺を戦闘不能にすること、相手の方に焦りがある分、俺の方が有利だろうか。


 剣を最小限の動きで振りかぶり、間合いに入ると同時に最高速で振り抜く。武器の間合いはこちらの方が圧倒的に長い。それを利用しない手は無いだろう。


「くっ!」


 リュクスはその剣を避けることはせず、腕で防御するような姿勢をとった。コートの下に鋼板でも仕込んでいるのか。だとしても、俺の一撃はそんなものでは防げない。


「っ!?」


 斬撃の手応えに違和感があった。竜鱗を加工したような硬質さもなく、ましてや装甲ごと肉を切り裂くような物でもない。刃が止まったとしか形容できない奇妙な感触で、俺の剣は止められていた。


 攻撃を止められた瞬間、俺はもう一人が拳を繰り出してくるのを察し、跳んで避ける。距離を取ってリュクスの姿を見ると、外套すらも切れていなかった。


「怖ええ……商売敵にこんなの居るとかマジかよ」


 リュクスは自分の子分に愚痴るように話しかける。その言葉の割には、あまり驚いていないように見える。


「牙折兎(ファングブレイカー)の毛皮か」


 毛皮の外套をみたときに、最初に考えておくべきだった。


――牙折兎。

 イクス王国の固有種である兎で、この兎の毛皮は特殊な加工を施すと、強い刺激に対して硬質化する特性を持っている。


 加工は難しく、時間もかかるが、神竜種の鱗がもつ単純な硬度以上に、素材が柔軟性を持ち、衝撃を吸収する性質を持っている。牙折兎の毛皮は厄介極まりないものだった。


「おっ、流石は白金等級、俺らの装備にも詳しい」


 挑発しているのか、リュクスは軽快にステップを踏みながらそんな事を言う。牙折兎の毛皮は、あまり一般的ではないものの、高位の冒険者であれば多くの人間が知っている事だ。知っていることを褒めるという事は、相手がその等級に居るように見えない。という皮肉である側面もある。


「……ふっ!」


 軽く息を吐き、地面を蹴る。牙折兎の毛皮相手でも、やりようはある。俺は再び剣を振りかぶる。



――



 私とシエルは、町はずれの人気のないところにまで歩いていた。


 それは冷静な自分が、シエルが暴走した時、周囲の被害を最小限に抑えようと考えていたからで、こんな時でもそんな事を考える自分に、少し嫌悪を抱いた。


「……キサラ」


 シエルが弱々しく私の名前を呼ぶ。それに応えるように、私は彼女を抱きしめる。竜種特有のひんやりとした体温が、てのひら越しに伝わってくる。


「どうすればいいか、分からない……とうさまは大好きだし、かあさまが殺されたのは悲しくて……」

「……」


 その言葉には深く悲しみが満ちていた。


 私自身に、何か言えることがあるのだろうか? きっと、何を言っても響く事は無いと思う。私達は、この子の母親を殺してしまった。それはやむを得ない事情だったけど、仕方なかったなんて言えるほど、私は無神経じゃない。


 階段を見つけて、私はシエルをそこに座らせる。隣に並ぶようにして自分も座ると、何も言わずにただ寄り添った。


 日は高く上っていて、遠くに入道雲が見える。今日も気温が高くて蒸し暑いけど、ここは日陰で風通しもいいから、そこまで不快じゃない。


 闘技場ではお兄さんが決闘の準備を始めていて、もうすぐ試合が始まる頃だろうか。私はすぐにでも追いかけたい気持ちを抑えて、じっとシエルにくっついていた。


「キサラは」


 どのくらい一緒にいただろうか、私はシエルの呼びかけではっとした。


「こういう時、どうするの?」

「ん、ワタシですか?」


 すこしおどけて見せるけど、シエルは顔を俯かせたままだった。この姿を見ると、本当は人間よりも遥かに強い魔物であることを忘れそうになる。


「ワタシは両親ともいないですからねぇ……それでも、もしそうだとしたら――」


 少し考える。私を追い出した元パーティメンバーを助けた時。何を考えていたか、それを当てはめるようにして、私は答えを作る。


「いつでも仇を取れるなら、自分が納得できる瞬間まで保留しても良いんじゃないですか?」


 殺したいほど憎くても、殺したあとに少しでも後悔するのなら、殺さないほうが良い。だって殺した後で「やっぱナシ」はできないのだから。


 私は、あの人達の事を「死んじゃえばいい」と思っていた。だけどあいつらを見殺しにした後も、お兄さんと一緒に冒険できるかって考えたら、それは出来なかった。


 殺したら後悔するのが分かってるなら、殺さないほうが良い。それが私の答えだった。


「そっか」


 私の答えに満足したのか、シエルは気合を入れて立ち上がり、大きく伸びをした。


「ありがと、お姉ちゃん」

「へ?」

「っ!? な、なんでもないっ!」


 予想外の呼ばれ方に、思わず聞き返してしまった。そっか、シエルって私の事そんな風に見てるんだ。頬が自然と緩むのを感じた。


「じゃあ、お姉ちゃんと闘技場いきましょうねぇ、お兄さんの戦いぶりも見ておきたいですし」

「ち、違う! お姉ちゃんじゃない! キサラ! 話聞いて!」


 なーんだ、可愛げのないガキかと思ったら、こういう所あるんじゃない。


「はいはい、手をつなぎましょうか」

「だーかーらー!」


 つないだ手を振りまわすけど、それは見た目通りの力で、シエルが本気で嫌がっていないのが伝わってくる。私はその感触が楽しくて、べたべたとシエルに引っ付いて遊びながら向かう事にした。



――



「っ……おい、冒険者」


 先程とは真逆の表情で、リュクスは吠える。


「何なんだよ、お前……っ」


 その身体には無数の切り傷があり、それらは全て俺が与えた傷だ。


「牙折兎の外套に頼り過ぎだ」


 通常、この毛皮は鎧の裏地や急所を守るために使うものだ。元々牙折兎が小さいのもあるが、それ以上に外套に加工してしまったのが相手の選択ミスだった。


 身体に沿わせて作らない鎧が無いように、強力な防具は簡単にズレないようしっかりと固定しておくべきだ。加えて牙折兎の毛皮は、軽く、柔軟性に富んでいる。という事ならば剣圧で振り払ってしまえばいい。毛皮が防ぐのは、打撃や斬撃などの物理攻撃のみだ。


「……」


 とはいえ、こちらも致命傷を与えられないでいる。いうなれば膠着状態、体力を考えればこちらが不利か。


「っ……兄貴、早めに決着を付けねぇと」


 来るはずの無い増援を警戒し、相手も焦れているようだ。俺の作戦としては、焦りから一か八かの攻めに出た二人を、冷静に対処して倒す方法だ。この作戦は、二人が焦れば焦るほど成功しやすく、俺の体力が残っているほど有利に働く。


「しょうがねえ……行くぞ!」


 来た! 二人は俺に向かって駆け出し、拳を構える。俺は一歩引いて両手剣を構えなおすと、呼吸を整えた。来るなら来い。


 二人は俺を挟むように位置取り、同時に殴り掛かってくる。俺は身体を捩ってリュクスへ剣を突き出すが、それは毛皮に遮られてしまう。


「っ!?」


 その瞬間、想定外のことが起きた。突き出した剣がそのまま押し返されたのだ。


 反動があるのは想定していた。しかし、押し込まれるのは想像していなかった。体勢を崩されそうになるが、足を踏ん張って耐える。


 ――それが相手の作戦だと気づいたのは、背中に打撃を受けてからだった。


「っ――、がっ……!」


 想定外の攻撃に、体勢を崩す。そして俺の視線の先には、両手剣の剣先を弾いたリュクスの拳が迫っていた。防げるか? いや、防御態勢を取るには重心がずれすぎている。


 拳が迫る中、俺の視界は鮮やかな倭服の柄に遮られ、金属が弾ける音が耳を打った。


「ちっ……増援かよ」

「兄貴、このガキの腕は――」

「とうさま、大丈夫?」


 揺れる銀髪。そして背中越しに見える白銀の鋭利な爪。ほんの少しだけ大きくなったような背中は、俺にとって見知った姿だった。


 なぜ彼女がここに? それを考える前に俺は体勢を立て直し、シエルと共に距離を取る。


「まだ……納得は出来ないけど、わたしはこれ以上知ってる人に死んでほしくないから」


 何かを聞く前に、彼女はそれだけ呟いた。その姿は少し大人びて見えて、母竜の姿とは違うもののように感じた。


「わかった。守ってくれ」


 相手もシエルを警戒して距離を取ったのを見て、俺は更に距離を取るよう足を運び、彼女の数メートル後ろで剣を構える。

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