第26話 決闘代行8

 シエルは戦えるのか。母竜のことをどう折り合いをつけたのか、それらを確認はしなかった。作戦も確認しない。ただ、相手が警戒して攻めあぐねている今の状況を、利用しない手はなかった。


「任せて、とうさま」


 頼もしい答えが返ってきたところで、俺は両手剣を握る手に力を籠める。刀身の根元から青い燐光が増していき、全体をつつんでいく。


「おい、なんだあれ!?」

「ヤバそうっす!」


 背中に受けた打撃の痕がじくじくとした痛みを訴えてくるが、俺はさらに力を籠める。試しに光らせた時程度では、牙折兎の毛皮は突破できない。


 襲い掛かろうとする傭兵二人は、シエルの爪に阻まれてすぐにはこっちに来れない。撹乱するにしても、それをする時間を与えるつもりは無かった。


「くそっ、このガキ、いい加減にどきやがれ!」

「っ!? とうさま!」


 シエルの防御を縫って、弟分がこちらへ駆けてくる。準備の出来ていない段階ならば、警戒するべきだ。だが、既に両手剣の燐光はかなりの光量になっていた。ここまで光を溜めれば十分だろう。


「おおおっ!!」


 俺は迫りくる拳を迎え撃つように剣を振り下ろした。当然ながら、毛皮で防御されるが、俺は構わず肩口へと切り込む。


 最初に感じたのは、切れ味の悪い刃物で粘土を切るような感触だった。それをそのまま振り抜くと、赤黒い飛沫と共に相手が倒れた。


「なっ……に……?」


 毛皮が切り裂かれたことに驚愕している男を一瞥し、俺は油断なく剣を構えなおす。あと一人……


「まいった! 降参だ!」


 激昂し、襲い掛かってくるかと思えば、リュクスは両手を上げて負けを認めた。地面を蹴る脚に力を込めていた俺は、梯子を外されて姿勢を崩した。


「おい! 話が違うぞ!」

「勝てないならせめて死ぬまで戦え!」

「どうなってるんだ! 不正だ!」


 場外からヤジが飛ぶ、それは青派からの声で、太った男や老人など、多くは官僚らしい格好をしていた。


「あーあーうるせー! 俺は金で動く傭兵だぞ! こんな事に命かけられるかってんだ! それより救護班! 早く治療しろよ!」


 リュクスが叫ぶと、ほどなく回復属性の魔法を使える救護班が駆け寄ってきて、俺が倒した男を治療し始める。


「お前の顔、覚えたからな」


 リュクスは俺とすれ違いざま、そう言って弟分の場所まで小走りで向かって行った。



――



「かあさまを殺したのは許せない……だけど、とうさまが死ぬのは嫌」


 戦いを終えて、シエルが言ったことはそれだった。


「わたしはもう、大事な人が死んでほしくない」


 俺は今、決闘者の控室で戦闘後の傷を治療している。背中に受けた打撃は、段々と痛みを増しており、どうやら骨まで折れているようだった。


 回復スクロールを破けばすぐに終わるものの、スクロールもタダではない。闘技場の職員から軽い回復属性の魔法を受けながら、俺はシエルの言葉に耳を傾けていた。


「ああ、ありがとう」


 許してはくれないだろう。だが、俺たち人間の判断を理解する姿勢をみせてくれたのは、素直に嬉しかった。


 シエルの乱入は、俺のブラフが上手く作用して不正にはならなかった。決闘を終えて改めてシエルの姿を見る。


 倭服姿の銀髪は、母竜そっくりだが、どこか優しさを感じる雰囲気を持っている。以前のように笑いかけてはくれないだろうが、それでも母竜のように、最悪の結末を迎えてしまわないよう力を尽くすつもりだった。


 治療を終え、肩を回すと患部の痛みは全く無くなっていた。


「それと、助かった」


 職員が出て行ったのを確認して、俺は頭を下げる。彼女の助けが無ければ勝つことはできなかったし、もしかすると死んでいた可能性もゼロではない。


「別に、わたしは攻撃を防ぐしかできないし」


 彼女は、唇を尖らせて目を背ける。どうやら褒められたのがうれしかったらしい。


「それでも、だ。助かったのは事実だからな」


 攻撃を防ぐしかできない……か、母竜が聞いたら笑い飛ばすだろうか? それでも、母親と違う未来を予感して、俺は頬が緩むのを感じた。


「じゃあ……ん」


 ずい、とシエルは頭をこちらに寄せてきた。どうやら撫でて欲しいらしい。


 要望に応えるように手をかざして、優しく撫でると彼女はくすぐったそうに声を漏らし、そのまま近づいて俺の膝にちょこんと座った。仇と知っても、俺にこんな姿を見せてくれるのか。


「……あのー、お楽しみデス?」


 いつの間にか、キサラが部屋に入ってきていた。


「わっ! わぁっ! キサラ、居たの!?」


 シエルは弾かれたように立ち上がり、顔を真っ赤にして両手を振る。どうやら今の姿を見られたのが恥ずかしいらしい。


「いやあ、シエルちゃんもちょっと大人びたかなあと思ったらまだまだお子様――」


 額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああ!!!! あんなことあった後だから流石にやらないだろうと思ったら普通にやってきたあああっ!!!!」

「いや、お前にもいつものをやっておこうかと」

「ワタシ相手の『いつもの』ってこれなんですか!!!!???」


 違うのか? とは聞かないでおいた。



――



 シエルとキサラを宿へ返して、俺は殿下とヴァレリィの待つ部屋へと向かった。向かう途中で何人かの近衛兵が忙しそうにすれ違っていった。


「仕事は終わらせたぞ」


 扉を開けると同時にそう言って、殿下に確認を取る。彼女はソファに腰掛けて何かの書類を確認していた。


「白閃! ……すまない。僕が余計なことを」

「いや、いい。結局いつかはバレる事だった」


 ヴァレリィは頭を下げるが、正直なところ「どうでもいい」という感情が強かった。彼は俺を心配しての言動だったし、シエルは許すとも違うが、理解する姿勢を見せてくれた。俺にはそれで十分だった。


 むしろ、俺としては気になる事は別の所にあった。


「ヴィクトリア殿下、説明はしてもらえるんだよな?」

「ええ、勿論です」


 今回の奇妙な依頼と、エリーとの確執、気になる事はいくらでもあった。


「まず、今回の依頼については、本当に勝敗はどうでもよかった。という答えになるでしょうか」


 殿下は静かに手に持った資料を机に並べた。それにはいくつもの人名とその役職、そして不正の証拠が書かれていた。


「国を二分するような大立ち回りをして、決闘で雌雄を決する。そういう派手な展開でこそ、国賊は尻尾を出しやすい……という事です」


 つまり、赤派と青派で互いに代理を立て、決闘を行うという大きなイベントの裏で、敵対する勢力をあぶりだして処罰していたという事か。来る途中にすれ違った近衛兵は、つまりはそういう事なのだろう。


「実の姉を慕う貴族たちを処罰するとは、苛烈な事をするな」


 俺がそう返すと、彼女は首を横にふった。


「まさか、そんな理由でこのリストを作っていません。ここに載っているのは、姉さんに群がる獣たちです」


 殿下の言葉は穏やかで、敵対する相手への言葉には聞こえなかった。つまり――


「ビッキー!!」


 そこまで考えたタイミングで、部屋の扉が勢いよく開かれる。開いた主は、エリーだった。


「姉さん!?」

「もういいでしょ!? 貴方が勝ったんだし変な意地張ってないで仲直りしようよ!」


 エリーは真剣な顔でそう訴える。一方でヴィクトリア殿下は頭を抱えてため息をついた。


「ええ、そうね……」

「やったぁ! これからも一緒に頑張ろうね! ビッキー!」


 二人の様子を見て、ヴァレリィの方へ視線を向けると、彼はやれやれと言った具合に首を振った。つまり、そういう事らしい。


 姉妹の不仲はただの演出で、情勢が乱れることによって台頭する不穏分子をあぶりだす作戦だったのだ。


 二人の性格と周囲の評価を見るに、人としての評判はエリー、政治手腕としてはヴィクトリア殿下に軍配が上がるのだろう。


 ということはつまり、不正をする貴族たちにとって、殿下には失脚してもらった方が都合がよく、エリーが女王となれば動きやすくなる。という事だろう。それを見越して、ヴィクトリア殿下は罠を張ったという訳だ。


「こうやって話すのも久しぶりだね! 今日は晩餐会をひらこっか!」

「ちょ、姉さん……くるし……」


 顔色がどんどん悪くなっていく殿下を見て、俺とヴァレリィは慌てて二人を引き離すのだった。



――



「ふーん、じゃあただの茶番に付き合わされたって事ですか?」


 次の街へ向かう道中、シュバルツブルグの門から出て一時間ほど歩いたあたりで、キサラに事の顛末を話すと、そんな答えが返ってきた。


 表情は随分不機嫌そうだったが、頭を小突くと仕方ないといった感じに表情を緩める。当事者である俺が満足しているのだから、そんなに怒る必要も無いだろう。


「まあ、実際そうなんだが、加工賃の割引額を考えれば実入りのいい仕事だった」


 なんせ報酬は驚異の八割引きだ。足が出た分はギルドから借金をしたが、本来するべきだった金額を考えれば安いものだった。


「それに、シエルも成長できたようだしな」


 キサラの後ろに隠れているシエルも、今回の事で少し大人びたような感じがする。ある程度の人格までは、神竜種の成長は早い。それは時間よりも、起こった出来事に対して成長していくからだ。


「……とうさま」


 シエルが警戒心をむき出しにしてこちらを睨む。まだ俺を許してくれていないのだろうか。


「なんでこいつがいるの?」

「こいつとは酷いなぁシエルちゃん!」


 シエルの言葉に応えるように、俺の反対側で声が上がった。


「僕にはヴァレリィって名前があるんだよ? 親しみを込めてヴァっくんって呼んでほしいなぁ!」


 髪を掻き上げて、芝居がかった調子でヴァレリィは話す。彼はこのままついていきたいと言い出したので、仕方なく連れてきたのだった。


「まあまあ、荷物持ちか肉壁にはなるかもしれないですし」

「わたしちゃんと荷物持つし攻撃防ぐもん!」

「そんな! 僕は魔法研の元職員だよ? 回復属性は使えないけど、基本六属性はちょっとしたものさ!」


 キサラがなだめようとするが、シエルが反発し、ヴァレリィが芝居がかった様子で反論する。なんか……随分騒がしくなったな。


「悪いなシエル。置いて行こうと思ったんだが、勝手にでもついて来ると言い出して、連れて来ざるを得なかった」


 やろうと思えば、夜明け前に発って置き去りにすることもできたが、その場合こいつが大陸中を探し回ってのたれ死ぬ可能性があった。なんだかんだ俺たちに配慮していろいろしてくれた相手に、その仕打ちは酷いような気がして、俺はこいつと一緒に旅をすることに決めたのだ。


「……まあ、とうさまが言うなら我慢しますけど」

「ああーっ、シエルちゃんのすねたお顔可愛いっ! もっと僕に良く見せて! お父さんの言う事だから仕方なく、本当は嫌だけどしたがっちゃうときの顔かわいいよぉ!」

「でもわたしこいつ嫌い!!」


 媚びるように、舐めまわすようにシエルを観察するヴァレリィに、俺は頭を小突いてやめさせる。


「いやあ、ありがとうございますお義父さん! これでもっと彼女を見ていられる!」

「そうか」


 お前のおとうさんになった覚えはない。と言いそうになったが、言っても効かないだろうなと思いなおしたので、適当に流した。


 ……しかし、どうやらこいつの神竜種好きは演技ではないらしい。


「それにしても、最初はワタシとお兄さんだけだったのに随分にぎやかになりましたねぇ」


 キサラが唐突にそう言って俺の方を見る。


「陰キャのお兄さんにはちょっとキツいんじゃないですかぁ? 大丈夫です? 一言も発しない日が――」


 額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!! 口で勝てないからって手を出さないでくださいよ!!!!」

「いや、やってほしいのかなと」

「デコピンされたがる美少女なんています!!!????」


 実際、俺自身は楽しいけどな。とは言わないでおいた。

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