第23話 決闘代行5

 エリーに連れられ、最初に訪れた場所は市場だった。


「わあ、人がいっぱい」

「ふふん、ここはイクス王国で一番大きな市場だからね、人がいっぱいどころか大陸中からいろんなものが運ばれて来るよ」


 肩車されているシエルと、横を歩くエリーが会話するのを聞きながら、俺は市場に目を向ける。


 確かにエルキ共和国産の果実や、オース皇国産の金細工が雑多な露店に並んでおり、たしかに大陸中からあらゆるものが集まっているように見えた。


「イクス王国の特産は何なんだ?」


 店主に声を掛けられ、飴玉を一袋貰ったエリーに声をかける。


「はい、シエルちゃん。……ん、特産? そうだねー、冬に来てくれたらいろいろあるんだけど、今は時期じゃないからちょっと見つからないかも」


 そう言って、エリーは俺達より少し前に出ると、軽い身のこなしで魔法灯の上に登って周囲を見渡した。


「……あ、あった! 運がいいね! ちょっと待ってて!」


 身のこなしの軽さに驚いていると、彼女は目当ての物を見つけたようで、俺が返事をする前にするすると人ごみを縫って走り出してしまった。イクス王家の姫はどうも行動派らしい。


「とうさま」

「どうした?」


 シエルの声が少しだけ暗かったのを察して、俺は少しだけ柔らかい声音で彼女に返事をした。


「ここにいる人たちみんな、かあさまも居るんだよね?」

「……ああ」


 シエル――母竜の話を切り出されて、一瞬言葉が詰まる。神竜種は、その繁殖方法から母親と直に会えない子供が多い。


「いいなあ……」


 シエルが羨望の視線で彼らを見ているのを察して、俺は何もできなかった。俺が彼女にしてやれることは、あまりにも少ない。


「ねえ、とうさま、かあさまって――」

「おっまたせー! イクス王国名物、蒸留酒だよー!」


 シエルが何かを言いかけた時、丁度エリーがイクス王国の名産品をもって戻ってきた。その手にあるのは瓶に入った透明な液体で、一見して水のようであった。


「これはねーすごいんだよ、雑味が全然ないすっきりしたお酒でね、酒場に戻って飲んでみようよ! ……ってなんか変な空気?」

「大丈夫だ。酒場に行こうか。シエル」

「うん、とうさま」


 寂しげな雰囲気を纏っていたシエルだったが、気を取り直したようにしっかりと頷いた。



「まあまあ一杯……あ、シエルちゃんはお預けね」


 冒険者ギルド支部……の併設酒場に戻ってきた俺たちは、エリーがグラスに瓶の液体を注ぐのを見ていた。


 親指ほどの大きさしかないグラスに二、三センチほど、倭で見たような穀物酒だとすれば、すこし少ないくらいの分量だ。


「これはね、冬厳しいイクス王国の人たちが寒さをしのぐために作ったお酒なの、飲んでみて」


 そう言って、エリーはグラスの酒を一気に飲み干す。硬い音を立てて机にグラスを置くと、彼女は「っかぁー!!」と声を上げた。


 それにつられて、俺もグラスの酒を傾ける。


「っ!? げほっ、がはっ!!」


 口が焼けるような感触と同時に、冷たいものが喉を通り、そして一瞬遅れて喉から胃までが燃え上がるような錯覚を覚える。


 気道すら焼かれたようで、咳き込むほどに喉が染みる。それを見てエリーは大笑いして、シエルは心配そうに体を揺すってきた。


「っ……何だ、この酒」

「ん、蒸留酒だよ、度数は滅茶苦茶高いけどね」


 蒸留酒……? 木の香りも果実のような甘い匂いも何もなかったぞ……


「これが寒い時はよく効くんだよねぇ、ジュースとか紅茶で割る人もいるみたいだけど、そんな軟弱な飲み方はこれに失礼だよ」


 エリーはそのままこの蒸留酒の説明をしてくれた。


 これは気付けのための酒として昔から重宝されていて、アルコールと水分だけを丁寧に抽出したものだという事だった。たしかに、今胃の中が燃え上がっているような感触がある。しばらく経てば指先まで温まりそうな感触があり、確かにこれは気付けとして非常に有能だった。


「ふぅ、たしかに、すごい酒だ」

「でしょー?」


 すごい酒の意味が、俺とエリーの間で何か違うように感じたが、俺は変に突っ込むことはしなかった。


「ところで、さ……ビッキーは元気そうだった?」

「ビッキー?」


 ひとしきり笑った後、エリーはどこか真剣な面持ちで口を開いた。


「あ、ごめん妹、ヴィクトリアのこと、私の事、何か言ってた?」


 ヴィクトリア殿下の事をビッキーって呼ぶのか……まあ姉妹だから当然か、すこし彼女の発言を思い出して、エリーに話すことにした。


「特に何も言っていなかったと思うが……エリーとは対立していると聞いた」


 俺が答えると、エリーは額に手を当ててため息をつく。何かあったのかと聞くと、彼女は沈んだトーンで話し始めた。


「ビッキーとは仲が良かったんだ。だけど、いつからか喧嘩しがちになっちゃって……私は仲良くしたいんだけど」


 どうも、ヴィクトリア殿下側が、エリーを避けているというか、目の敵にしているらしい。母である女王が病に臥せってからは、特にその傾向が強く、遂には家臣の間で分裂が置き始めていた。


「えっと、それで、もしよかったら、ビッキーに伝えてほしいんだ。仲直りは無理なのかなって」


 確かに、エリーとヴィクトリア殿下を比べた時、どちらが人気があるかを考えれば、エリーの方に軍配が上がるだろう。きちっとした性格のヴィクトリア殿下としては、それは面白くないのも確かだろう。


「分かった。伝えておく。だが――」

「うん、仲直りできないのは覚悟しておく」


 言葉を言い終わるより早く、エリーはそう答えた。



――



 わたしには、かあさまが居ない。


 だけど、とうさまが居るから、大丈夫。時々かなしくなるけど、そんな時はいつでも、とうさまが気にかけてくれる。


 それにわたしには、キサラが居る。


 キサラは、時々うっとうしいけど、わたしの事をきらっていないのは、すごくわかる。もしかしたらおねえちゃんって、こういう物なのかもしれない。おととい見て回った市場で、わたしと同じくらいの子が、すこし年上の子にそう呼んでいた。


 かあさまが居ないのはさびしいけど、とうさまとキサラが居てくれるおかげで、わたしはがまんできた。


 このまちに来て、こわい人にも会った。


 わたしをじっと見つめて、とうさまに色々おねがいしたり、体にさわろうとしたりしてくる。とうさまがいつもかばってくれるから、わたしはこわい人からにげられている。


 でも、とうさまに守られてばかりじゃダメって、わたしは知ってる。だから、役に立ちたい。今日のあさ、とうさまがへやを出て行ったのを、わたしはこっそり追いかけることにした。


「どこ行くんですか?」


 とうさまが居なくなった後、追いかけようとしたわたしに、キサラが声をかけてきた。眠そうに目をこすってるから、むりに起きてるひつようは、ぜんぜんないのに……やっかいな人に見つかったなあ。


「とうさまがどこか行っちゃった――」

「お兄さんが? ははぁーん、シエルも子供ですもんねぇ、パパが居ないと寂しくて泣いちゃいますかぁ?」


 行っちゃったから、おてつだいをしに行きたい。そう言うまえに、キサラはわたしにいじわるを言う。すこしむかっとしたので、わたしはキサラをむししてとびらを開く。


「おっと、もう、しょうがないですねえ、いつも出掛けるのはお昼ごろなのに、今日だけ異様に早いのは気になりますし、ワタシもついて行ってあげましょう」

「べつにいい」

「そう言わずに、ワタシに任せておけばいいんですよ」


 じゃまだけど、わたしをしんぱいしてくれてるのは、なんとなく分かった。おねえちゃんってやっぱり、こういうものかもしれない。

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