第22話 決闘代行4

――決闘代行。

 現在シュバルツブルグでは第一王女派である「青派」と、第二王女派である「赤派」の対立が続いている。貴殿ともう一人は五日後、闘技場にて行われる御前闘技に「赤派代行」として出場してもらいたい。

 青派の出場者は傭兵ギルド白金等級のリュクスと、彼の仕事仲間一人とのこと。

 なおこの戦いに必要であれば、王立魔法研究所は可能な限り支援を行う事とする。

 報酬:武器への最新鋭ダマスカス加工の工賃割引。


 酒場の二階に部屋を取り、俺は依頼書の確認をしていた。


 現在の預金は白金貨二五枚。ギルドから借金をすれば仕事を断っても良かったのだが、どうせ借金をするのなら、最新鋭の加工を体験してみたい。そういう訳で、俺は依頼を受ける事にした。


 とりあえずは、五日後までにどれくらいの準備をできるかだが、相手は対人戦に特化した傭兵ギルドの最高等級だ。金等級のキサラでは荷が勝ちすぎている。


 ということは、俺一人で二人を相手にする必要があるわけで、生半可な準備では死ぬ可能性があった。


 幸い、三日程度でダマスカス加工自体は終わるらしい。装備には問題無さそうだ。あとは、誰を相方にするかだが……


「とうさま? どうしたの?」


 シエルはベッドに腰掛けたまま、小首をかしげる。彼女は無理だろう。神竜特有の強固な鱗があるものの、戦いはまだ向かない。死ぬ事は無いだろうが、出来れば彼女は戦わせたくなかった。


「んんっ、あーなんかワタシ五日後くらいに体動かしたいなぁ」


 そうなると、冒険者ギルドに俺と同等級の助っ人を頼まなければならないのだが、五日以内にここまで来れる白金等級は、確認する限り居ないらしい。


「……仕方ないな」

「えぇー? お兄さん他に頼む人いないからってワタシに頼むんですかぁ? まあお兄さんが土下座するなら――」

「一人で戦うか」


 肩の屈伸をしていたキサラががっくりと頭を落とす。


「どうした?」

「いえ、薄々そうじゃないかなあと思ってましたよ、ワタシは……」

「白金等級の傭兵相手じゃまともに戦えないだろ」


 白金等級は、等級分類の最上位だけあって、どれだけ強くなろうと「白金等級」なのだ。昇格したてならまだしも、知らない相手で白金等級ならば、基本的に金等級以下は戦わないほうが良い。


「まあ、確かにそうですけどぉ」

「無理はしないから安心しろ」

「ホントですか? 死んだり再起不能になったりしないで――あ」


 キサラが言葉を切って、俺から視線を逸らす。


「い、いや、別にお兄さんがどうなろうと関係はないんですけどー……優しいキサラちゃん的には? お兄さんがそういう目に遭っちゃうのはかわいそうかなあって」

「そうか」

「そうですよ、別に心配してる訳じゃないですからね?」


 そういう事にしておいた。



――



 新開発のダマスカス加工は、手法が部外秘なため、俺達は見ることができない。つまり、加工が終わるまでは無理に魔法研究所まで足を運ぶ必要はない。


「シエルちゃーん。僕と遊ぼうよぉー」

「ぅー……」


 俺はシエルに盾にされた状態で、動けずにいた。


 連日ヴァレリィから、何かと理由を付けて魔法研究所へ呼び出されている訳だが、その要件は早々に済まされ、このような状況が毎回続いていた。なおキサラはこの呼び出しがめんどくさくなったらしく、もう別行動をとるようになっていた。


「ヴァレリィ――」

「お父さん!!」


 シエルも怯えているし、止めておけ。そう言おうとしたところで、彼は俺に顔を寄せてきた。


「娘さんを僕にください! 工賃はタダにしますし何ならお金も払いますから!」


 ……こいつは一体、何を言っているんだろうか。


 見た目は幼い少女だが、それはあくまで擬態であり、銀鱗を持つ竜が彼女の本性だ。性愛を向ける相手ではない。


「とうさま、このひとこわい」

「……だそうだけど」


 シエルは更に引っ込んで、強く裾を握ってきた。俺を中心としたこの攻防は、ここに来るたび展開されていた。


 神竜種の素材は良質な武具になると同時に、最高級の魔法触媒となる。そちらの意味で「ください」と言っているのなら、許可するわけにいかないのだが、どうもそういう訳ではないらしい。


「でも、この提案は貴方にも有益でしょう! 何故断るんです!?」

「俺が責任を取るって決めたからな」


 そう言って、俺はシエルの頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細めると、シエルは腰に手をまわしてぎゅっとしがみついた。


「責任!? 正気ですか? 神竜種を育てることの意味を理解しているんでしょう?」

「当然だ」


 ヴァレリィが信じられないというように、両手を広げる。神竜種を育てる事の意味は、白金等級の冒険者として仕事をするなら誰もが知っていることだ。


「いつか本当に後悔しますよ? 後でにっちもさっちもいかなくなった時、泣きついて来ても知りませんからね?」


 彼は呆れたような、怒ったような表情で顔を背ける。毎床のやり取りで終わるのだが、次の日には元に戻っているので俺は少し辟易していた。


「用件は済んだな? 帰るぞ」

「はいはい、分かりましたよ。全く、折角こっちが譲歩してるっていうのに……」


 まだ何かぶつぶつ言っているようだったが、俺は気にすることなく酒場へと戻る事にした。


 できれば、簡単な依頼を二、三こなしておきたかった。ヴィクトリア王妃側が援助してくれるとは言え、加工賃はかなりのものだ。ギルドからの借金は少ないほうが良い。


「とうさま、これからどこに行くの?」

「そうだな……一応ギルドに戻って依頼があるかどうか確かめて、それでも無かったら観光をするか」


 なんだかんだ、俺は初めて訪れる街だし、シエルにとってもガドの居た町よりも大規模なここは、興味をそそられるものだろう。これから先の借金を考えれば、これは褒められたものではないのだが、彼女に社会勉強をさせるのも必要だろう。



 やはりというか、収入のいい仕事は大体が日数がかかる仕事で、数少ない短期間で済ませられるものも、他の金等級以上の冒険者が軒並み受注していた。


「あ、とうさまー、どうだった?」


 待合の椅子に座っていたシエルがこちらに走り寄ってくる。その動きは拙く、人間をはるかに凌駕する神竜の姿には到底見えなかった。


「依頼は無かったな、観光にしよう」


 俺が首を振ってそう言うと、シエルの表情はパッと明るくなった。


「やったー! とうさま、どこ行く?」


 そうだな、エリーが居れば案内してもらえたんだろうが、彼女は俺がいる陣営とは真逆、案内はまず無理だろうし、地位を考えれば接触することすら――


「あ! やっと見つけた!」


 と、思った途端に聞き覚えのある声がギルド支部内に響いた。


「ごめんね、あの後お城から抜け出すのが難しくなっちゃってさ」


 目立つツーサイドアップに、透かした髪から見える青、そして青色の髪飾りを付けた少女がこちらに手を振っていた。


「エリザベス殿下、数日ぶり――」

「あ、私の事はエリーって呼んでよ、変に距離取られるのは嫌いだからね」

「……分かった。エリー」


 その辺に居る町娘とそう変わらない仕草で、彼女は訂正する。まあ、俺としてもそちらの方がやりやすい。彼女はなんとなく、愛称で呼ぶ方が似合っている気がしていた。


 彼女は俺の答えに満足すると、にっこりと笑って言葉を続ける。


「どう? こないだ変なタイミングで町の案内終わっちゃったし、これから予定がないなら、その埋め合わせに観光案内とかしちゃおうかなって思うんだけど」

「ああ、それは……」


 ちらりとシエルを見る。彼女は丁度俺を見上げており、その機嫌を伺うような表情からは「行きたいな」という意思がありありと感じられた。


 俺は表情を緩めて、軽く頷くと、エリーに向き合って返事をする。


「そうだな、この間は施設を回るだけだったから、今回は観光案内を聞こうか」

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