第13話 盗賊団壊滅1

「……ったく」


 どうかしている。俺は俺自身に悪態をついた。


 川のせせらぎと虫の声が支配する夜の闇、その先に見える集落の灯りを窓枠越しに睨みつけて、何度目かもわからない舌打ちをする。


 苛立ちの原因は、現在俺のベッドを占領して、寝息を立てている。安らかな寝顔が腹立たしく、それを見て息をつく自分にも腹が立った。


 こいつを助けたところで、息子の代わりにはならない。妻が帰ってくるわけではない。だが、こいつは俺と同じだと直感的に分かった。


 大事な人に見捨てられて、独りになった人間がする目だ。


「はぁー……」


 大きくため息をついて炉に火を入れる。こいつが持っていた剣の修理くらいはやってやろう。なんにせよ、俺にはこれしか出来ることはない。


 だから、妻にも息子にも逃げられた。既に俺は若くないし、息子もいい年だろう。それでも会いに来ないという事は、思い入れも家族の絆とやらも、既に存在しないということに違いない。


 赤熱した剣を取り出して、金槌を当てていく。どんなボロボロに朽ちて曲がった剣も、芯に存在するのは上等な鋼だ。叩くごとに火花を散らし、それが徐々に表れるのが、たまらなく好きだ。このために俺は鍛冶屋をしているのかもしれない。


 ボロボロに朽ち、何もなくなったように見えても、その中には一つの芯がある。人間も、そういうものであってほしい。


 何度も叩き、形を整え、焼き入れをして、最後に水で急冷する。先程までの曲がり、欠けた剣には到底同じには見えなかった。


 鍛冶は魂を削り、それを鉄に練り込む作業。鍛冶師の間で信じられている概念だ。俺はそれが本当のことのように思えて仕方ない。


 心地よい疲労感と共に、椅子に腰かけていると、ベッドで寝ていた小僧が身を起こした。きょろきょろと周囲を見回し、不思議そうにしている。


「ようやくお目覚めか」


 俺のベッドを占領して眠りこけていたことを皮肉交じりに言ってやると、小僧は驚いてこちらに顔を向けた。


「……何が目的だ」

「おいおい、お礼の前にそんな言葉かよ」


 警戒心をあらわに睨みつける小僧に、俺は呆れた。


「っ、あ、助かった……ありがとう」


 そう言われた瞬間、俺は笑いそうになるのを必死で堪えた。まさか素直にお礼を言うとは。


「へっ、ただの気まぐれだよ、少しでも恩があると思うなら、明日から仕事の手伝いでもやってもらうか」


 こいつは嫌いになれそうにねえな、俺みたいに捨てられた奴だが、まだ人を信じる心が残ってやがる。死ぬまでの手慰みに、こいつと家族ごっこをしてもいいかもしれねえ。


「ま、なんにせよお前、何て名前なんだ? 小僧って呼ばれたいわけじゃないだろ?」

「あ……ああ、俺の名前は――」



――



 あの村から少し距離はあったものの、国境をまたがなかったのが幸いし、想像よりも短い旅程で移動を終えられた。


 春先の生暖かく、生命の息吹を感じさせる風を身体に受けて、薄青の空に映える赤い屋根の大通りを見渡すと、いくつか懐かしい顔もちらほらと見えた。


「ここが目的地ですかぁ……?」

「ああ、俺の武器を修理できるのはあいつしかいない」


 神竜との戦いで、俺の両手剣は折れてしまった。材料費からしてかなり高価なので、今も折れた状態で持っているのだが、ダマスカス加工はおそらく掛け直しになるだろうし、溶かして一から作る羽目になりそうだった。


「ここからまた少し歩くぞ、町外れの小屋が奴の家だ」


 そう言って俺は歩き始めるが、背後にいるはずのキサラの気配が消えていた。


「……キサラ?」

「むり……」


 彼女はうずくまってそう呟くと、そのまま動かなくなってしまった。


「どうした?」

「もう無理! つかれた! お風呂入ってベッドで寝たい! 宿とって明日行きましょうよぉ!」


 駄々をこね始めた。


「このくらい、いつもより少し長い程度だろ?」

「宿なしで徒歩のみ、夜間警戒付きはやったことなかった!」


 それはそうなのだが、それには深い理由がある。


 まず第一に、神竜の卵を持っているため、人目を避ける必要があった。収納袋に入れればバレないだろうが、入れている間に孵ったら笑えない事態になる。


 第二に、俺が全力で戦えない為、必然的に危機察知は早い段階で行わなくてはならなくなる。という事は、魔物の活動が活発になる夜間は特に警戒をする必要があり、交代で睡眠を取りながら旧街道を経由してきていた。


 そして最大の理由としては、人と会うのを極力避けて旧街道を使ったため、宿が無かったという事がある。


 旧街道、と言っても現在使われている道から少し外れるように通っている場合がほとんどで、それらは新街道と交わりながら網の目のように張り巡らされている。


 ということは、最短距離を選択した場合、偶然にも通り道に宿が一切存在しない。なんて事態が時折発生するのだ。


「分かった。早くいくぞ」

「無理でーす! ワタシもう一歩も動けませーん! 宿取るまで――」


 額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああああああ!! なんですか!? そんなことされても動きませんからね!?」

「いや、叫ぶ元気は残ってるのかなと」

「さっきから騒いでましたよねワタシ!?」


 騒いでる自覚はあったんだな、とは言わないでおいた。


「なんにしても、行けば分かる。歩くぞ」


 そう言って俺はキサラを小脇に抱えて歩き始める。


「えっ、ちょっ――ちょっと恥ずかしいんですケドこれ!?」

「だったら歩くか?」

「歩く! 歩きますんで!」


 暴れはじめたキサラを降ろしてやり、俺たちは目的の家へ向かう事にした。



――



「次こそは武器を作ってもらうからな!」


 山道を登り、ようやく小屋が見え始めたところで、俺は小屋から出てくる人影を見た。


 上等な鎧に金色の髪、いかにもという見た目の騎士だった。装備が使い込んでいるように見えない事から、所属は恐らく領主や国家権力が持つ騎士団だろう。


 彼の取り乱した様子を観察していると、彼の方もこちらに気付いたようで、憤慨した様子のまま近づいてきた。


「お前もあの偏屈ジジイに武器を作ってもらう気か?」

「……ああ」


 偏屈ジジイ、そう言われて吹き出しそうになるが、何とか堪えた。確かにあいつはそう言うしかない。とはいえ、鍛冶の神(ヴァルカン)とまで呼ばれる人間を、偏屈ジジイと呼べる度胸には感服した。


「やめておけ、無駄だよ、あいつは自分のためにしか物を作らない……町を守る騎士である僕に、武器を作らないとは……」


 何かぶつぶつと言いながら、男は山道を降りていく。この道は馬が通るには険しすぎるので、必然的に徒歩になる。


「うへえ……あの人かわいそー、鎧着てこの道を往復とかワタシ絶対やりたくないですもん」

「奇遇だな、俺もだ」


 死にそうになっているキサラに、俺は同意する。


 基本的に流れ者の冒険者と違い、集落という決まった範囲を守る騎士団は、野戦を想定していない為、重厚な鎧に身を包んでいることが多い。


 一方、冒険者は基本的に軽装で、騎士職のみが板金鎧を装備している。キサラほどの極端な軽装をするのは盗賊くらいだが、剣士である自分も、急所をカバーする革鎧程度しか防具は存在しない。


「何度来ても同じだぞ」


 足を進めて扉をノックすると、ぶっきらぼうなしゃがれ声が、扉の向こうから聞こえてくる。懐かしい、聞き馴染んだ声だ。


「そういうなよガド。久々に帰ってきた俺に言う事か?」


 そう答えた瞬間、扉の向こうで何か重く硬いものが落ちる音がした。俺はその音が、金槌を落とした音だと知っている。


「小僧! 帰ってきおったか!!」


 灰色の髭に禿げ頭、大きな赤鼻の小柄な老人が勢いよくドアを開く。その姿は、俺が旅立ってから少しも変わっていなかった。


「ああ、ちょっと用事があってな……とりあえず、風呂とベッドを頼んでいいか? こいつがそろそろ死にそうだ」


 そう言って俺はキサラを指差す。町に帰ってきたというゴールを取り上げられたからか、必要以上に疲れているようだった。

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