第14話 盗賊団壊滅2

 キサラが風呂に入っている間、俺はガドと話をする。話の内容は、今まで討伐してきた魔物の話で、金剛亀を両断したエピソードを、ガドは嬉しそうに聞いていた。


「がっはっは! 俺の剣はそんな相手でも通用したか!」

「それで……その両手剣がこんな状態なんだが」


 そう言いながら、俺は刀身が根元から折れた両手剣を取り出す。


「うおっ!? なんだ、折れてるじゃねえか。さっきの話はフカシか?」

「いや、別の相手に研磨の魔法を掛けて使った」


 ガドは「ふうん……」と唸って、断面と刀身をじっくり観察しはじめる。片目に拡大鏡を装着していくつかの箇所を観察すると、彼は俺にむき直って口ひげを揺らした。


「なんかすげえ硬いもんを二回切ったな? ダマスカス加工をした鎧かなんかか?」


 俺は静かに首を振る。確かにダマスカス加工を施せば、鎧の硬度は飛躍的に上がり、傷一つつかなくなる。だがこの両手剣は、それ程度の相手でも研磨のスクロールを使えば、傷をつけることができるようになる。


「神竜種相手に使った」

「ぶっふぉっ!?」


 ガドは勢いよく吹き出した。俺は唾が掛からないようにさっと身をかわして、言葉を続ける。


「前腕の比較的柔らかい部分と、肩口を袈裟斬りに、とはいえ、途中で止まって折れたわけだが、すまないな」

「ちょ、ちょっと詳しく聞かせろ! それ!」


 ガドは興奮した様子で俺の両肩を掴む。唾を飛ばしながらしゃべるので俺は顔をしかめつつ、話してやることにする。


 俺は時間を掛けて、シエルとの出会いと顛末をガドに話してやる。勿論、ギルドへの報告ではなく、実際に俺が体験したことをだ。


「そうか……するってぇと、あの嬢ちゃんが持っていた包みは――」

「ああ」


 ガドは興奮気味に聞いていたが、結末を聞いたところで冷静さを取り戻していた。俺が頷くと、禿げ頭をさすってため息をついた


「面倒なもん持ってきやがって」

「悪いな」

「まあ、土産話と合わせてチャラだな」


 なんだかんだ言って、ガドは面倒見がいい。まあ偏屈であることは否定できないが、交友関係が少ないという事は、その分信用できるという事だ。


「で、両手剣の修理だが」


 バキバキと肩の関節を鳴らして準備を始めたガドに、どのくらいで修理が終わるのか問いかける。しかし、帰ってきたのは意外な答えだった。


「まあ、無理だな」

「何?」


 俺が聞き返すと、ガドは炉に火を入れて温度を上げ始める。


「ダマスカス加工を舐めるんじゃねえよ、溶かすのもやっとだ」


 ダマスカス加工とは、魔力を利用した金属強化法で、流し込んだ魔力量が多ければ多いほど複雑で緻密な波紋状の酸化被膜が発生し、強度も上昇する。


「そもそも魔力を込められる人間が今居ねえ、新しい奴を打ちなおしてやるから、首都――シュバルツブルグにでも行くんだな」


 シュバルツブルグは、近隣諸国の中でも最も学問の発展した都市で、魔物に対抗する魔法技術や冶金技術も、かなり先進的な内容を研究しているという話を聞いていた。


「現状じゃそれしかないか……」


 ないものをねだったところで仕方ない。ガドに打ってもらえるだけマシと考えよう。ダマスカス加工自体は、シュバルツブルグの方が精度は高そうだしな。


 そういう流れで同意し、ガドに紹介状を書いてもらえるように頼むと、俺は彼が折れた剣を溶鉱炉に放り込むのを見ていた。


 溶けるのを待つ間、ガドが淹れてくれた渋みの強い紅茶に、砂糖をこれでもかと入れて口にする。疲れた時にこの甘さがよく効くのだ。ガドがいつもやっている飲み方を真似しているのだが、彼がどこでこんな飲み方を教わったのかは知らない。


「お兄さん! 大変っ! 大変ですっ!」


 甘ったるい紅茶を楽しんでいると、キサラが神竜の卵を片手に飛び込んできた。


「おう、お嬢ちゃん。風呂あがったか」

「あ、どうも、頂きました……ってそうじゃなくて! なんか卵が動いてるんですけど!」


 動いていると聞いて、俺はキサラから卵を受け取る。確かに内側からノックするような感覚が手に伝わってくる。


「どど、どうしましょう!?」

「何もしなくていい」


 想像よりも早かったが、シュバルツブルグで生まれるよりは随分いい。俺は卵をしっかりと持って、中にいる新しい命が殻を破れるように見守る。


 しばらく待っていると、乾いた音が卵から響いて、小さな亀裂が入る。その亀裂は徐々に大きくなり、内部から銀色の鱗が覗く。


「あっ」


 キサラが声を漏らすと、銀色の痩せた幼竜が姿を現した。


「クェ……?」


 その頭部は、なんとなく母竜――シエルの姿に似ている。それは俺の目を見て首をかしげると、身を震わせて口を大きく開いた。


「っ……」


 俺は軽い眩暈を感じ、周囲では火の勢いが一瞬弱まる。上位の竜種は魔力を主食とすることが多く、この幼竜は周囲の魔力を「食べて」腹を満たしたようだ。


 そして、それは光に包まれ、形を変えていく。


「ん……」


 光は徐々に一つの形に収束していき、俺の手の中で形を変えていく。


「あれ……? お兄さん、それ――」


 光が収まると、銀髪と紅瞳がまず目を引いた。肌の色は薄く、色素が少しも無いように見える。そして、手に伝わる感触は、頼りなさを感じるほどに柔らかだ。それは目を細めて微笑むと、愛らしい声で言葉を話した


「とうさま、おはよう」


 シエルの面影を残す少女が、頭に殻を載せたまま放った言葉は、その愛嬌からは想像できない衝撃を、俺を含めた三人にもたらした。



――



――刷り込み(インプリンティング)


 例えば生まれたばかりの雛が、最初に見たものを親と認識するような性質のことで、それは魔物であろうと、どんな高等生物でも本能として刻み込まれているメカニズムだ。


「……つまり、それが原因でパパになっちゃったわけですか」

「まあ、そういう事になるな」


 妙に機嫌の悪いキサラと幼竜を連れて、俺は工房から少し離れたところにある薪割り場まで移動した。そっちには寝室や風呂がある小屋がもう一つあり、キサラは先程までそこで風呂に入っていた。


 魔力を糧とする存在が居ては、火加減の微調整が難しくなるという事で、ガドには鍜治場から追い出されていた。ああなると、どうせ真夜中まで帰ってこないだろうから俺も風呂や洗濯、できれば掃除くらいは済ませてやろうか。


「ねえ、とうさま、とうさまはとうさまじゃないの?」


 扉を開けて、埃っぽい室内に顔をしかめつつ箒を探していると、しっかりと身体にしがみついている幼竜が、上目遣いに聞いてくる。庇護欲に訴えかけてくるタイプの攻撃に眩暈を覚えるが、意志を強く持たねばならない。


「ああ、お前の父親と母親はもういない。だから、俺が責任をもって育てる」


 彼女には、シエルと呪術師の形見である倭服を着せてある。その姿は、余計に彼女と重なった。俺は不用品を移動させて箒を動かしながら、これからどう育てればいいか、ぼんやりと考えていた。


「あーあ、あんな安請け合いしちゃってよかったんですかねぇ、神竜の子供を育てるなんて、人づきあい苦手なお兄さんにできるんですかぁ?」


 キサラの言葉はもっともだ。出来る保障は一つもない。だが、シエルを殺さなければならなかった俺には、彼女を育てる責任がある。


 俺が答えに窮していると、身体にしがみついていた幼竜が、キサラの方を向いて口を開く。


「キサラ、うるさい」


 端的かつ想像以上に棘のある言い方に、思わず面食らってしまうが、それはキサラも同じ、というかキサラの方がショックは大きかったらしい。


「はぁー? 何言ってるんですかこのちびっこは? そもそもあなた名前もないじゃないですかぁ、トカゲから取ってゲーちゃんとか呼んであげましょうかぁ?」

「おい、キサラ――」


 赤ん坊相手にみっともないぞ。と言おうとしたが、それは幼竜の声に遮られてしまう。


「わたしは、シエル」


 その名前を聞いた瞬間、俺とキサラは身構える。なぜその名前を知っていて、なおかつ彼女自身の名前として名乗るのか。訳が分からなかった。


「神竜は、かあさまとおなじ名前なの」

「あ、ああ……そうなのか」


 それを聞いて、俺は納得するしかなかった。


 神竜種の研究はあまり進んでおらず、どのような倫理観をもち、どのように一生を過ごすのか、かなりの部分が謎に包まれている。どうやって母親の名前を知ったのかなどは、俺には理解の範疇を超える要素だ。


「ということで、よろしくね、とうさま」


 ぎゅっと強くしがみつく彼女に、俺はどう反応すればいいか分からず、キサラの方を向く。


「いや、ワタシを見てもどうにもなりませんよ、お兄さんが何とかしてくださーい」


 子供のお守が二人分に増えたような感覚だった。

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