第12話 廃屋調査4

 研磨のスクロールを破り捨てる。これは武器の耐久度を著しく下げる代わりに、切れ味を上げる効果を持った魔法が記されていた。


 神銀製の武具は、魔力伝導効率が高く、魔法の効果をより高める仕組みになっている。勿論デメリット効果も受けるわけだが、ダマスカス加工を施しているだけあって、耐久度が減ったところで、普通の武器よりはずっと丈夫な刀身になっている。


「っ!!」


 弾き上げた腕が再度俺を襲おうとした瞬間、腕先の関節部――鱗に柔軟性があり、強度の低い箇所へ両手剣を撃ち込む。


「ギャアアアァァッ!! グガァアアァッ!!」


 肉が裂ける手応えが帰ってきて、神竜の悲痛な声が響く、焦げ付いた血液と、迸った自身の血液、そして周囲の炎に照らされて輝く銀鱗により、その体は赤黒く染まっていた。


「止まれっ! 殺すのはダメだ!」


 ギルドの規定により、民間人の保護は何においても優先される。


 このままギルド職員と合流し、顛末を話せば呪術師の名誉も、彼女自身も救われるはずだ。このまま殺戮を繰り返すならば、緊急対応として神竜を相手に命のやり取りをすることになる。


「ガアアァァッ!! ガアアァァァッ!!!」


 しかし、神竜は俺の言葉など意に介さないかのように、憎しみに染まった赤い瞳を光らせると、翼を大きく広げて飛びあがった。そして口腔を開き、内部に青い光を蓄え始める。


「まさか……極大熱弾(ギガフレア)か!?」


――極大熱弾

 神竜種にのみ許された極大広範囲攻撃、体内にある特殊な器官で製造された爆発性の物質を口内で合成し、熱量を魔力によって抑え込んで圧縮、そしてその圧力が臨界点に達した時点で解放することで、周囲を無に帰すほどの爆発を発生させる。


 以前この攻撃が行われた例は三つ、その全てで半径数キロのあらゆる動植物と構造物が失われている。


 俺は筋力増強と持続治癒のスクロールを一つずつ取り出して、破り捨てる。怪鳥など鬱陶しく飛び回る魔物相手や、両手剣での攻防に力負けしないための物だ。


「っ……ああぁっ!!!」


 心臓が大きく脈打ち、全身の筋肉が一回り大きくなったような錯覚を覚える。俺はしゃがみこんで力を溜め、それを一気に解放させて神竜めがけて跳ぶ。


 それの口腔内は青白い光が溢れんばかりに輝いており、網膜を焼かんばかりの光量だ。


「っ!!!!!」

「ガアアアアアアアアァァッ!!!!!!!!!」


 肩口に両手剣を叩き込み、金属音が耳を打つ。刀身は深々と食い込み赤い鮮血を迸らせる。しかし、ダマスカス加工が施されているとはいえ、研磨のスクロールで耐久度の落ちた両手剣では、それが限界だった。両手剣は根元から折れて、剣先が左胸に突き刺さったまま残ってしまう。


 だが、極大熱弾の妨害には成功した。俺は自分の攻撃がどの程度のダメージを与えたかを精査する前に、両腕で顔を覆った。


 それと同時に世界から音が消失する。


 極大熱弾の暴発は、神竜の体内で起きる。そのぶん威力は減衰されるものの、元々の威力が桁違いで、炎竜のブレスを生身で受けるような衝撃が全身を襲った。


「ぐっ……!」


 上下感覚がなくなり、全身に力が入らない。地面に激突し、激しい痛みが身体を襲うが、前もってかけていた持続治癒のおかげで何とか致命傷は避けられた。俺は手探りで高速回復のスクロールを破く。


 何とか歩けるまでに回復した段階で、俺は神竜に向かって歩き出す。周囲の村人たちはキサラが避難させているし、この光景を見て、近づこうとする人もいないだろう。


「……」


 両手剣を突き立てられ、地面に倒れ込む少女――神竜はその姿を取っていた。


 本来、神竜は魔物であり、さっきまで見せていた姿が本来の姿だ。しかし、彼女は人間としての姿を取っている。


「なぜ、止まらなかった」


 止まっていればギルドの法で対処することも出来たし、死ぬ事もなかった。なぜそれを捨ててまで、こんなことをするのかが分からなかった。


「今更、なんだよ……全部」


 全てを諦めたような、憎しみの果てにある感情を込めて、少女は血と共に言葉を吐き捨てた。


「なんで、もっと早く来なかった? 私が冒険者を殺す前に、あの人が殺される前に……あの人が、呪術師と誹りを受ける前に」

「……」


 答えられなかった。何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうし、それは事実言い訳でしかないのだから。


「まあ……いい……」


 そんな俺の考えを、シエルは理解しているようだった。疲れたように全身の力を抜くと、彼女は目を閉じて言葉を続ける。


「私を、森の奥に連れて行ってくれないかい?」

「ああ」

「安心して、場所は……私が伝える」


 何もできなかった無力感から逃れるために、俺は少女を外套で包み、抱え上げる。意外なほど軽く、頼りない感触だった。


 周囲の炎は猛々しく燃えている中、シエルが指示する先は不思議と火の手が回っていなかった。もしかすると、彼女の能力なのかもしれない。


 五分ほど歩いた先、背後には燃え盛る家があるが、その周囲だけは時が止まったように静謐だった。足元には粗末な木の板が突き刺さっており、墓を表す記号が書かれている。


「ここで……寝かせてくれ」

「……ああ」


 説明は必要なかった。ここは呪術師の墓で、両手剣は心臓まで達していた。今際の時間をここで過ごしたい。という事だろう。俺は外套を巻いたまま、彼女をその場に横たえた。


「ねえ、冒険者……」

「後始末は任せろ、今更になって来た俺の、せめてもの責任だ」

「そうか……私はここを離れたくない。頼んだぞ」


 神竜種の亡骸は、俺達冒険者にとって、上質な素材ではあるが、それ以上に魔物たちにとって魅力的な食糧だ。彼女が言っているのは、彼女の亡骸を、ここで眠らせて欲しい。そういうことだった。


 シエルは目を閉じて、眠るように生命活動を停止させる。それと同時に、擬態が解け、彼女は薄汚れた銀鱗を持つ竜の姿になった。



――



「必要事項は以上になります。白閃様、お疲れ様でした」

「ああ」


 数日後、俺はギルドで依頼の報告書をまとめていた。


 書類をぱらぱらとめくって、受付員は確認を終えると口を開いた。


「しかし、神竜種すらも倒しきるとは、流石は白金等級ですね」


 その言葉に、俺は答えなかった。元より仕事を誇るような性分ではなかったが、今回の依頼は特に何一つ誇る気持ちにはなれなかった。


「村人が心配ですか? 村長を含め村人の七割が死亡、集落としての体裁が保てない為、住民は移住を余儀なくされる……そういう結果ですが、むしろ神竜が暴れて生存者がいる方が奇跡的です――そんな事より、今は神竜種を倒したことを誇りましょう」


 受付員は明るい声で言うが、俺は全くそれに同意は出来なかった。


「どうやったんです? 肩口の大きな傷と、腹部の内臓まで達した――」

「次の街へ向かう。神竜種の亡骸はしっかり封印しておけ」


 あの場所には魔物除けの結界を張らせている。加えてギルドの職員を常駐させ、彼女の身体が朽ちるまでは、誰もその場に侵入できないようにしている。


「え、あ、あのっ――」


 俺は受付員の言葉を無視して外套を翻す。向かう先には大きな包みを持ったキサラが待っていた。


「お兄さん、お疲れ様」


 さすがに今回は、彼女にとっても辛かったようだ。俺は詳しくは見ていないが、彼女は家の中でシエルと呪術師の想い出も見ていただろうから、俺よりも何かを感じ取っているのかもしれない。


「しっかり持ったな」


 ギルド支部を出て、街の門をくぐったところで、問いかける。彼女は手に持っていた包みを開き、その中にある物を俺に見せた。


 中身はシエルが着ていた倭服と、白く紡錘形をした大きな卵だった。


「シエルさん、怒りませんかね?」


 ギルド職員があの村に到着するまでの間に、俺は彼女の亡骸から卵を取り出していた。それはあと産むだけの状態で残っており、命を宿していた。


「怒られるとすれば、俺だけだから安心しろ」


 神竜は死ぬと同時に次世代の命を身体の中に宿す。ギルドの検視回収部隊は、腹部にできた大きな傷で、卵ができなかったと判断するだろう。


 実際、彼女との約束は反故にしてしまったような気もする。だが、あの場で子供が生まれれば、ギルドの管理下に置かれるか、最悪処分される事もある。そうなるのは「責任をとる」事になるのか、そう考えた時、俺はそう思えなかった。


「でも……リスクが大きいですよ、お兄さんに管理できるんで――」


 額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。


「ぎゃあああああああああああああっ!! 持ってるものが持ってるものなんですからそういうのやめてっ!!!!」

「いや、落ち込んでそうだったから」

「誰の心配をしてると思ってるんですか!?」


 もし何かあれば、俺が命に代えても解決する。とは口にしないでおいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る