第11話 廃屋調査3

「倭には冒険者の本部がある。銅等級を越えている冒険者なら、一度は行ったことがあるはずだ」

「へえ、それで、どんなところなんだい?」


 神竜が俺を残したがったのは、どうやら人質の価値があるかどうかではないような気がしてきた。


 彼女は、呪術師と呼ばれていた男の故郷、つまり倭についての話を聞きたがった。距離としてはほぼ人類圏を横断する形になるため、この辺りでは馴染みが薄い。男の住居が倭の建築様式を踏襲していたのも、もしかするとこの悲劇の原因かもしれない。


「建築様式から分かるように、湿潤な気候で植生も特徴的だ。マツという針葉樹だとか、薄いピンク色の花を咲かせるサクラという植物があり、海に面しているため、漁業も盛んだ」


 俺は頭の中に入っている倭の情報を話していくと、シエルは嬉しそうに目を細める。その姿は先程殺し合いをしていた存在には見えなかった。


「あの人が言ってたのと同じだね、もっと話しておくれよ」

「あ、じゃあワタシからも話しましょうか、どうせお兄さん、倭で人づきあいしたこと無いでしょ」

「いや、酒について話したかったんだが……」

「神竜種相手にお酒は無意味でしょ」


 キサラが話に割り込んできたので、俺は黙る事にした。確かに、竜種以上の魔物は、通常の食事をとらない種も多い。


 特に今確認されている神竜種は、全て魔力を糧に生きており、アルコールや毒物に対する耐性も高かった。


「まあ、いいじゃないか、小娘の話を聞いた後に酒の話は聞こう」


 それにしても、シエルは上機嫌だ。


 「呪術師」の男とは親しい関係だったのだろう。彼との記憶は語ってはくれないが、それは彼女の倭服と、機嫌の良さから想像するまでも無いように思える。


 外はすっかり日が落ち、澄み切った空気と空に浮かぶ蒼い月が、窓越しに見える。室内には蠟燭の明かりがともり、魔法灯とは違った風情を出していた。


 俺はキサラの声を聞きながら、青褪めた景色の広がる外を眺める。遠くは無い距離に村の灯りがあるはずだが、木立に阻まれているのか、その光は俺たちの方まで届かない。


「――という感じでですね、向こうでは芸術家じみた職人が沢山いまして、その倭服もそういう人たちの作った物なんですよ」

「ほうほう、なるほど、この服にそのような価値が……あの人は一言も教えてくれなかった」

「なんだ、知らなかったのか」


 死んだ後に見つけて着たのではなく、送られたならば、てっきり男から説明をされていると思っていた。だから、俺は思わず彼女たちの会話に入っていた。


「倭服、しかもそれのように色鮮やかなものは、婚約の申し込みに使うものだ。渡されたとき何か言われなかったか?」

「えっ――」


 シエルの表情が固まる。思い当たる節があったらしい。


「え、あっ……あの人は、一緒に暮らそうって……」

「ああ、婚約の申し込みは受けていたのか」


 一緒に暮らそう。それは、倭では一般的な婚約の申し込みだ。


 俺は彼女にもわかりやすいよう、掻い摘んで説明してやる。


「いや、だが――」


 シエルが何かを言いかけたが、窓の外を見て突然言葉を切った。不思議に思い、彼女の紅い瞳を見ると、瞳の中に鮮烈な光の線が浮かび上がる。


「っ!?」


 慌てて振り返る。視線の先には、いつの間にかたくさんの松明が横一直線に並んでいた。さっきまでは見えなかったはず……いや、木立に隠れて距離を詰めてきていたのか。


――『ふん、お前たちでも無理なら、火を放って周囲の森ごと燃やしてしまおうか』


 この家に来る前、村長が話していた言葉が思い出される。まさか、俺が帰ってこないことを失敗だと判断したのか!?


「ふふ……あちらから手を出さなければ、捨ておいたものを、余程死にたいと見えるっ!!!」

「シエルっ!!」


 シエルが倭服を脱ぎ捨てて窓から飛び立ち、銀鱗を持つ本来の姿に戻るのと、松明が弧を描いて次々と投げられるのは、ほぼ同時だった。



――



 全てが手遅れだった。


「うわああああ!!!」

「ば、化け物……!」

「痛い、痛い痛いっ!!!」


 私の力は壊すことは出来ても、守ることはできないのだから。

 既に燃え広がった炎は、消し止めるにはすべてを焼き尽くすしかない。

 死んでしまったあの人に言葉を伝える方法はない。


 目の前にいる村人たちを殺したところで、私の気持ちが晴れることはない。


 それでも、私は殺し続けるしかない。瞋恚の炎を弱められるのは、炎よりも赤い血によってのみだからだ。


「ガアアアアアアアァァァァァッ!!!」


 雄叫びを上げて、心に溜まった感情を爆発させる。両手にべったりとついた血が、体温で沸騰してむせ返るような悪臭を放つ。足元には、村長と呼ばれていた老人の死体が、二つに裂かれて転がっている。


「も、もうだめだ……逃げろ、逃げるんだ!」


 一人の人間が叫ぶと、他の人間たちにも恐慌が伝わり、全員が散り散りになっていく。逃がすものか。


「ガッ!?」


 逃げ出す村人に、爪を振り下ろした瞬間。硬いものにそれが弾かれる。


「シエル! 止めろっ!」


 目の前に現れたのは黒髪の剣士、波紋状の酸化被膜が施された両手剣を構え、私の前に立ちはだかる。


「ガアアアアアアッ!!!!!!! ガアアアアァァッ!!」


 止めるな、止まるわけにはいかない。


 私は彼を吹き飛ばすべく爪で薙ぎ払うが、その一撃は切っ先を逸らされ、空を切る。


 だが、私はその攻撃では終わらない。すぐに第二撃を放つべく、腕に力を籠める。


 その瞬間、剣士は羊皮紙を持っていた。複雑な呪文が書かれたそれは、破り捨てるだけで効果を発揮する使い捨ての呪物――スクロールだった。

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