第10話 廃屋調査2
村外れの民家、確かにそう形容するしかないが、そこは周囲の雰囲気から完全に浮いていた。
村から離れた位置にある家は、屋根はたわんでおらず、壁面もしっかりと形を保っていた。建築様式も異なっており、倭とよばれる、ここからはるか東にある土地の建築様式に見えた。
「あ、すごいですね、まさかこんなところで倭の建物が見れるなんて」
ギルド本部は倭に存在する。銅等級以上の冒険者は本登録のために赴く必要があるため、冒険者は大体の人間が知っているはずだった。
この情報が依頼書に無かったのは、持ち帰る人がいなかったというのもあるが、それ以上に「依頼に差支えが無いから」ということだろう。
俺は無造作に一歩踏み出して、その家に向かう。
近づいてみると、想像以上に整然としていた。一年前後も居住者のいない家屋は、家事妖精でも居ない限りは埃や劣化が酷くなりそうなものだが、周囲から見る限り、人が暮らしているようにすら見えた。
「魔物が居るようには見えませんけど……」
キサラが窓から部屋を覗き込む、それに続いて俺も部屋の内部と庭へ視線を向けるが、静けさのみがあり、吹き抜ける冷涼とした風が、背丈ほどもある枯れ草を揺らしていた。
ふと、揺らめく枯草の隙間に枯草ではない色が混じったことに気付く。
「昼間だから魔物も静――ぎゃんっ!?」
咄嗟に俺は身を屈め、キサラのコートを掴んで引き下げる。次いで、俺達の頭上を何かが掠めていくのを感じた。
両手剣をバンデージを巻いたまま手に構え、意識を枯草の向こうに見えた何かへ向ける。
「いたた……何なんです? お兄さん」
「一発で仕留められなかったのは、あんたたちが初めてだね」
枯草のあいだをすり抜けるように、倭服に身を包んだ銀髪紅眼の少女が現れる。その表情は怜悧に研ぎ澄まされており、年相応には見えなかった。
「……え、子供?」
「キサラ、油断するなよ」
俺は少女の右手が人間の物から燐光を放つ鱗に覆われたものになるのを見て、キサラに忠告した。
「さて、私の姿を見たところで、何も変わらない。死んでもらいましょう」
その言葉と同時に凍り付くような殺気が俺たちを襲う。俺はそれと同時にキサラを後方へ投げ飛ばし、両手剣を地面に突き刺して盾にする。
銀色に輝く爪が両手剣と交錯し、バンデージが千切れ飛ぶ鈍い音と共に、両手剣へ衝撃が伝わる。俺は弾き飛ばされないよう強く握って立ち上がる。
「キサラ、家探しは頼んだ」
「え? あっ……はいっ!」
言葉はそれだけで十分だった。目の前にいる少女を俺が食い止めている間に、キサラが家の中を探る。現状取りうる最良の選択肢がそれだ。
彼女が戦線を離脱して家に入るのを、気配のみで確認すると、俺は目の前にいる「魔物」に向き合った。
「神竜種……こんな所で出くわすとは」
自分の不運を呪うと同時に、俺は銀等級以下で神竜種の相手をさせられた前任者たちを憐れんだ。
――
――神竜種
白金等級の中でも最上位に位置する分類で、確認されているのは全六個体。各々が高い知能を持ち、人語を解し、人間への擬態も可能だ。そして、人語を解するからこそ、共存不可能な他の魔物と違い、一定の距離を置いて共存関係を持つことが可能な種族だった。
「しっ!」
「ふふ、よくやる……でも、私たちの家に触れることは許さない」
左右から迫りくる爪撃を紙一重でいなしつつ、相手を見つめる。
怜悧で無感情な笑みを張り付けた倭服の少女。ただし、彼女の両腕は禍々しいほどに攻撃的な竜種の物に変化――いや、元に戻っていた。
大きく右手が振りかぶられ、俺に迫る。その爪に合わせて、両手剣を切り上げる。
凄まじい金属音と共に空を切った右手の死角を利用し、距離を詰める。この距離では防戦一方で徐々に不利へと傾いてしまう。
「っ! 冒険者風情がっ!!」
肉薄した段階で、両手剣を振りかぶるが、神竜は後ろへ飛び退いて距離を取ることで攻撃を躱す。俺はそれに追いすがるように地面を蹴って両手剣を振り下ろす。
再度金属音が響き、両手剣と爪の間で火花が散る。
「……」
戦いつつ、俺は違和感を覚えていた。
神竜種の表皮は硬質な鱗に覆われ、それは炎竜の比ではない。それは幾度もこの両手剣と打ち合った爪が、一切傷ついていないことからも分かる。
だが、彼女は攻撃を受けることを避けた。なにか理由があるのか。
それに加えて違和感があるのは、戦闘状態だというのに完全な竜化も、体温の上昇も感じられない事だ。
通常であれば、敵対関係にある神竜種は、人の姿を取らない。圧倒的存在である自らの姿を曝して、戦意を喪失させるとともに、圧倒的戦力で蹂躙をする。それに加えて、神竜種は自らの身体を動かすために、炎竜を凌ぐ熱を体内に生成する。それらが無いのだ。
「っ!」
両手剣で爪撃を振り払い。彼女の重心を崩して地面に倒す。倒れ込んだところで、俺は手を止めて両手剣を構えなおす。突きつけたところで、神竜種は炎竜さえもしのぐ竜鱗を持っている。脅しにもならないだろう。
「……よくも私に土を」
「神竜種とは言え、戦う意思の薄い相手後れを取るような鍛え方をしていない」
理由は分からない。だが、彼女は確実に本気ではない。少なくとも周囲が焦土になっていない以上、手加減をしているのは確かだ。
「何があったのか、教えてくれないか。神竜種は意志疎通ができるはずだ」
「信用できぬ」
少女は銀髪を揺らし、俺に紅の瞳を向けたまま立ち上がる。
「あの人を殺した村人の尖兵など、信用する訳が無いでしょう」
そこまで言われて、俺の中で一つの仮説が像を結んだ。
「……その倭服が戦えない理由か」
「っ!?」
神竜種の表情が変化する。どうやら図星らしい。
恐らく、この集落に居た「呪術師」が倭出身の人間なのだろう。着ている倭服は奪った物か、送られた物か分からないが、大事に扱っていることから、後者なのだろう。
彼女が爪のみで戦っているのも、恐らくこの家を壊したくないからだ。そこまでわかって、俺は構えを解いた。この神竜とは戦えない。
「……何のつもりだ? 人間」
「話をしたい」
「お兄さん! ストップ、その子と戦っちゃ――ってあれ?」
俺がそう言った時、丁度キサラも家探しを終えて同じ結論に至ったようだ。彼女は家の窓から顔を出して、こちらに気付くと言葉を切った。
「はっ、そうは言っても私はお前たちと話すつもりは無い。貴様らごときに負ける私じゃない」
「そうだ。だが、お前の大切にしたいものが分かった今、俺はそれを壊す選択ができる」
「っ……」
「お互い、悪くない取引だろう。会話するくらいは許してくれないか」
長い沈黙が訪れ、緊張が続いた後、彼女は諦めたように両手を降ろした。
――
「……そうか」
家に入って粗方の話を終えると、俺は状況を整理する。
倭から農耕技術の伝達に来た男が、収穫量が増える新しい耕法を伝えるが、その方法は土地への負担が大きく、連作に不向きな耕法で、転作が必須だった。しかし、村人が単価の高い小麦のみを育てようと、無理矢理連作を開始。当然収穫量が落ちていき、首が回らなくなっていく。
男は「忠告に従わないとどんどん悪くなるぞ」と言ったが、それは村人たちに「俺に従わないともっと収穫量を減らすぞ」と取られてしまい、反感を買ってしまう。その結果が私刑である。
正直なところ、それはよくある話だった。
知識を地方にまで浸透させるのが難しい理由がこれである。これと似た事件で、滅んでいった村は記憶の中にいくつもある。
「あの村人ども、はらわたが煮えくり返るほどだけど、あの人は彼らを恨まなかった。だから、報復はしない」
神竜種――名前はシエルというらしい。彼女は歯ぎしりをして自分の憎しみを抑える。
よくある話ではあったのだが、その彼がシエルと仲良くなっていたのがイレギュラーだった。
調査であれば、ギルドに状況を報告し、対応を考えるのが通常だが、神竜がいるのであれば、それだけでは終わらない。支部へ魔導文を送り、専門の対応者が来るまで警戒していなければならない。
「復讐をしないのは凄いですね……話を聞いただけでもワタシ、絶対許せそうにないですもん」
「人間ならそうだろうね、でも、私はそんな下等生物じゃない。あの人がそれを望んでいなかったのはわかる」
シエルはキサラの問いかけに、表情を変えることなくそう語る。
「一体そいつとどんなことを――」
「あの人との記憶は私だけのものよ」
話を聞こうとしたところで、シエルは敵意を剥き出しにして俺を睨んだ。
「お兄さんデリカシーなさすぎ、そんなんだからパーティ組んでくれる人がいないんじゃないのぉ?」
にやにやと笑いながらキサラが肩をすくめる。少し癇に障ったが、たしかに無遠慮な質問だったので、頭を下げた。
何にしても、対応を聞くためにギルドへ魔導文を送る必要がある。既にかなり日が傾いているが、ギルドの業務は休みなく動いている。早ければ翌朝にでも返事が届くだろう。
俺は魔導文の紙を一枚取り出して、状況を書いた後に発動させる。鳥が飛び立つように魔導文は飛んでいき、最寄りのギルド支部へと飛んでいく。
「なんにせよ、ギルドからの回答待ちか、村長の家に向かうぞ」
「少し待って、あんたたちを信用したわけじゃない。討伐隊が組まれる可能性もゼロじゃないしね……」
そう言われて、俺は納得する。つまり、人質として俺たちをここに縛るつもりだろう。
「分かったキサラを置いて行こう」
「ええっ!? ちょ、お兄さん!?」
「別にいいだろう? 人質なら死ぬ事もない」
「死なないですけど、ふつうこんなに可愛い美少女を一人にしま――」
額を指で弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃあああああああああああ!!!! 今そんなことやってる状況じゃないでしょ!? 誤魔化さないで下さいよ!!」
「いや、できそうだったから」
「もし出来そうだったら起爆岩も小突くんですか!?」
出来そうだったらやるが、とは言わなかった。
「はは、なんにしても私としちゃ、この小娘よりもあんたを人質にしたいね」
キャーギャー喚いているキサラを宥めていると、シエルが口を開いた。
「ほらやっぱり! か弱い女の子を――」
「多分、あんたの方が小娘より数段強いだろう? 人質にする価値があるのはあんただ」
「えっ……」
神竜の賛同を得たキサラは調子づいてそれに乗ろうとするが、人質として価値がないと言われて複雑そうな顔をした。
「なるほどな、二人で残ろう」
この状況では、キサラを解放しても当人は納得しないだろう。ならば、二人で残るという選択肢が一番無難だ。
「そそ、そうですね! そうしましょう!」
気を取り直したように、キサラは威勢よく同調した。
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