第3話 炎竜討伐2

「ふふん、どうですかぁ? ワタシの腕前」

 盗賊女が下級竜種(レッサードラゴン)の喉にナイフを突きさして、自慢げに俺の方を向く。近くに上級の竜種が居るからか、下級の魔物も活発になっているらしい。

「炎竜もこの調子でちゃっちゃと私だけで倒しちゃったりしてぇ」


――炎竜(ファフニール)


 竜種、と呼ばれて真っ先に浮かぶであろう存在、それが炎竜だ。


 爬虫類じみた赤黒い皮膚に、鋭い爪と角、その全ての表面温度は数百度に達しており、羽ばたきによって巻き起こる風は、砂漠の熱風よりも熱い。


 体内を流れる血液は絶えず泡立ち、火打石のような牙は、噛み合わせることで可燃性の唾液に着火して、火炎の塊を吐き出すこともできる。


「しかし、熱いですねぇ……休憩しませんか?」

「休めば体力を持っていかれるだけだぞ」


 五〇度に届こうかという熱気の中、俺と盗賊女は熱源へと歩いていた。この熱気は太陽からのものではなく、炎竜が発するものだ。現に周りに生えている木々は、温暖な気候のもので、高温地帯のものではない。今は形を保っているものの、一週間もたてばこの辺りは枯れ果ててしまうだろう。


 炎竜は本来、火山地帯が住処であり、人里近くまで降りてくることは少ない。食性も火炎蜥蜴(サラマンダー)や溶岩巨人(ラヴァゴーレム)が中心で、人里まで降りてくることはそう多くない。


 だが、例外はある。竜種は老齢にさしかかるあたりで巣を作り始めるが、それまでの間は住処を探しに各地を転々としている。彼らは食性にあった地域を中心に移動し、住処を探すが、ときおり縄張り争いに負けた弱い個体が、人間の文化圏にまで追い出されることがある。それを狩るのが今回の依頼だ。


「はぁー……風すら熱いってどういう事って感じ……」

「あまりしゃべると喉が焼けるぞ」


 収納袋から回復スクロールのうち一つを取り出す。これらには種類があり、体力回復から状態回復、各種防護など、使い捨てながら便利な魔法が収録されていた。


 スクロールを破くと、青白い光が俺と彼女をつつんで、防護魔法が発動する。


「あ、あれ?」

「耐暑の防護だ。これで少しは楽になるだろう」


 身体の周囲を涼しい空気が取り囲んだように感じる。熱気からしばらくの間身体を守る魔法だった。


 効果時間自体はそこまで長くないものの、短期決戦で済ませるつもりなら十分な性能だ。


「……あっ」

「あ?」

「ふ、ふふーん、熱さが我慢できないなら早く使えばいいのに、ワタシの前だからって我慢しなくて――」


 体かジェルの塗ってある額を指ではじく。とてもいい音がした。


「ぎゃああああああああああ!!!!!!!!! 何なんですかさっきから!」

「いや、ちょっとイラっと来たから」

「何ですかその理由! 子供でももうちょっとまともな言い訳しますよ!!!!」


 今この状況で子供はそんなことしないだろ。とは言わなかった。


 彼女が衣服を元に戻すのを待って、それから俺は口を開く。


「スクロールを使ったのは理由がある」

「何ですか? 熱さが耐えられなくなったんじゃ――」


 盗賊女の非難するような言葉は、上空から吹き付けるすさまじい風に遮られた。


 その風は防護越しでもわかるほど熱気を孕んでおり、それ無しでは肌を焼かれていただろう。俺は背負った両手剣を構えて、バンデージの留め具を外した。


 勢いよく金具が跳ねて、ベルトのようなバンデージが地面に落ちる。手に残ったのは直線だけで構成された無骨な両手剣だ。神銀(ミスリル)を惜しげもなく使い、強度を高めるために波紋状の酸化被膜――ダマスカス加工を施したそれは、強度と切れ味、継戦能力すべてにおいて最高峰の武器だった。


「こういうことだ」


 見上げた先には、赤黒い身体に、怒気のような燐光を備えた巨大な竜がこちらを睨みつけているのが見えた。


 それが竜種の中でも最上級の危険度を誇る竜王――炎竜だった。


「えっ、あ……」


 女が炎竜を認識し、行動するよりも早く、炎竜は口腔から火炎弾を放つ。


「っ!!」

「ぎゃんっ!?」


 俺は呆けている彼女のコートを掴んで引き下げると火炎弾をマントで受ける。燃えているとはいえ、結局は分泌液だ、防火素材であればそこまで警戒するものではない。


「ガァアアアアッ!!!!!」


 爆発音のような咆哮が聞こえた後、炎竜が急降下する姿勢のまま飛び込んでくる。音速を超えた大質量ゆえに、その衝撃波は凄まじい威力だ。


 盗賊女を近くの茂みに投げ飛ばし、両手剣を構える。早い段階で翼を折れなければ、こちらの勝ち目は薄い。


「おおおっ!!!」


 声を上げて、身体が引きちぎられるような衝撃を受けながら翼の根元に剣先を突き込ませる。金属同士が爆ぜるような音を響かせて、両手剣は翼の腱を切断した。


「グガァアアアアッ!!!!」

「っちぃ……!!」


 勢いを殺せないまま地面に激突し、遥か後方で態勢を崩す炎竜を尻目に、俺は急速回復のスクロールを破る。


 衝撃波でボロボロになった肉体を鮮緑色の光が包み、時間が巻き戻るように回復していく。回復薬や軟膏ではこの速度で肉体を再生させるのは難しい。


「グルルルゥ……」


 片翼を力無く垂れ下げている炎竜を見据えて、俺は再び両手剣を構える。


 幾つもある炎竜の攻撃方法、それらは全て致命傷になりうる攻撃だ。炎竜は上空から火炎弾を吐き出したり、上空からの急降下による爪撃や嚙みつきなど、機動力を発揮するタイプの戦い方をする。その上表皮は金属質な竜鱗で覆われているため、弓の攻撃など届くはずもない。魔法で飛行能力を奪おうにも、元々の体力と耐性が高いため、雷属性の魔法が多少効く程度だ。通常のパーティでは飛行能力を奪うのにも多大な犠牲が必要になるだろう。だからこそ、初撃でリスクを承知の上、翼を捥いでおく必要があった。


 身体が回復したことを確認すると、俺は強く踏み込んで炎竜との距離を縮める。


「ガァッ!!」


 火炎弾が口から発射されるのを、最低限のステップと上半身の動きでかわして、炎竜に肉薄する。


「っ!!」


 口から息を僅かに漏らして、両手剣に遠心力を乗せて顔面に叩き込む。竜鱗は顔面が最も厚く、強度もあるが、その分傷付けられれば大きなダメージとなる。


「ガァアアアアアアアアッ!!! ガァッ、ガァアアアアッ!!!!!」


 悲痛な金属音と共に、顔面に深いひび割れが入った。痛みにのたうつ炎竜に向かって、さらに両手剣を打ち込んでいく。


「ガッ!! グガッ! ガァアアアアッ!!」


 動きを封じるように腱や筋を狙って両手剣を叩きつけるたび、爆裂音のような鳴き声と、鉄火が舞うような金属音が響く。


 金等級以上の竜種は、生半可な武器では傷すらつけられない。身体の組成は人間とさほど変わらないというのに、表皮は金属と同等か、それ以上の高度を持っているのだ。先ほどから攻撃を加えるたびに響く金属音はそういうわけで、ダマスカス加工が施されていなければ、もう既に武器がボロボロに崩れていただろう。


「ガッ!!」

「っ!?」


 とどめを刺すために頭部へと両手剣を振り下ろした時だった。金属音が響いて両手剣が止められる。顎門でがっちりと刀身を受け止められて、片方の眼と視線が交錯する。


――捕まえたぞ。


 獰猛な瞳がそう語っているような気がした。俺はとっさの判断で、炎竜の頭に足をかけて両手剣をひき抜こうとする。


 その瞬間、牙と両手剣のあいだで火花が散る。


「しまっ――」


 耳をつんざくような爆音に、上下の感覚が消失する。


 咄嗟に目を瞑ったので完全には眼球を焼かれなかったが、防護魔法を貫通されたので、全身が高熱で焼かれた感触がある。陰圧に抵抗して炎竜から遠ざかるように転がって、なんとか噛みつきやそれ以上の追撃は避けられたものの、それでもかなりのダメージは避けられなかった。


「ガアアアアアアッ!!!」


 炎竜は威嚇のように咆哮を上げる。俺はぼやける視界を頼りに、高熱にひりつく手を動かして、スクロールを二枚、一度に破り捨てる。


 急速回復と防護魔法を再展開し、ふらつきつつも両手剣を構えなおす。急な反撃だったが、武器を落とさなかったのは不幸中の幸いだった。


「っ、あああっ!!」

「ガアアアアッ!! グガァアアアアッ!!」


 俺は再び両手剣を振り上げて懐めがけて走り込み、炎竜は咆哮と共に突進を行う。


 炎竜の口から火炎弾が吐き出される。俺はその攻撃を避けることはしなかった。耐火マントを頼りにそのまま走り、勢いを殺すことなく炎竜に肉薄する。


「おおおおおおおっ!!!」


 両手剣を振り上げ、全力で炎竜の頭に振り下ろす。教会の鐘が半分に割れたような音が響き、それと同時に俺の手に確かな手ごたえが帰ってくる。


「ガ……ァァ……」


 力なく、炎竜は自らの身体をしぼめていく、それは魂が抜けていく瞬間とも言えた。

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