第4話 炎竜討伐3
炎竜を殺した段階で、周囲の温度上昇は収まっており、風が吹く度に気温が下がっていくのを感じる。
防護魔法の効果が切れ、蒸すような暑さを感じていた俺には、ありがたい風だった。しばらく経てば、炎竜によって発生していた熱気と上昇気流により、まとまった雨が降り始めるはずだ。
「出て来て良いぞ」
両手剣のバンデージを巻き終わったところで、盗賊女を放り投げた辺りに声をかける。
「あ、あれぇー、ワタシが倒れてる間に終わっちゃいましたかね? 炎竜も結構弱――」
おずおずと出てきた盗賊女は、俺の側にある頭を割られた炎竜を見て言葉を失う。こんな上位種の死体は、そうそうお目にかかる事は無いだろう。
「一撃目で翼を使えなくしたのが大きかったな」
通常、炎竜の表皮は生半可な武器で刃が通らない。だが、俺の打ち込みの早さと、両手剣の強度によって、それらを無理やりねじ伏せたわけだ。
討伐証明の逆鱗を採取する為、頭部を改める。ひびを入れた一撃目と同じ場所に打ち込んだため、大きく真っ二つに割れた頭は、その切り口から赤い脳漿を散らしていた。
「うげー……きもちわるー」
「ギルドの回収部隊が来る前なら素材をとってもいいぞ」
金等級以上の魔物素材は、かなりの高値で取引される。ギルドはそれらを買い上げて売却することで利益を出しているのだが、討伐者の特権として、めぼしい素材は先に採取していい決まりになっている。
「ワタシ的には素材よりお金が欲しいかも」
「奇遇だな」
盗賊女が肩をすくめたのを見て、俺は魔導文をギルドあてに送る。事前準備とコストがそれなりに掛かるが、一瞬で本部に連絡を送れるのは便利だ。
これでしばらく待てばギルドの回収部隊が来るわけだが、しばらくはハイエナ――討伐した魔物の素材を横取りする人間や魔物から守るため、身動きができない。
こういう時はソロの不便さを感じるな、大規模パーティであれば、持ち回りで待機当番を決められたりするんだが。
「ねー、お兄さん。やっぱりパーティ組みましょうよ」
同じことを考えていたのか、盗賊女がそんな事を提案してきた。
「回収部隊が来るまでこのまんまとか、普通に面倒じゃないですかぁ、せめて雑用係とか――」
俺は立ち上がり、バンデージを巻いたまま両手剣を持つ。
「何が目的だ」
「あ、いや、そのー……ほ、ほんのちょっと出来心というかー」
彼女は急にしどろもどろになり、視線を逸らす。
「出てこい」
俺が彼女に構わずそう言うと、茂みの奥から感じていた気配が動いた。がさがさと音を立てて隠れていた人間が姿を現す。
「どうした、今朝のリベンジか?」
姿を現したのは、町を出る前に軽く相手をしてやった若い剣士だった。片手剣を手に、こちらを睨みつけてきている。
剣士は首を横にふり、剣を鞘にしまう。どうやら戦いに来たわけではないらしい。
「仲間はどうした?」
「抜けた。あいつらとはもう会わねえ」
「ははーん、分かりましたよぉ、お仲間に入れてほしいんですねぇ? じゃあまずは魔物の死骸を見張るところから始めていただきましょうか」
盗賊女は放っておいて、剣士を見る。今までは特に気にしていなかったが金色の髪が目を引く、まだ若い少年だった。
「仲間なんてなるつもりはねえし、さっきの戦いを見る限り今の実力じゃ、リベンジなんて無理だ」
意外にも、少年は彼我の実力を見誤るようなことは無かった。思わず息を漏らすと、少年は挑戦するように俺を指差す。
「俺は、いつかあんたを超える。俺の力でだ」
「なるほど、それは楽しみだ」
俺はそれだけ応えて、炎竜の死体を見る。頭部の損傷と、片翼が根元から折れているのに加え、両手剣による傷がそこかしこにある。
俺は傷口近くから鱗を引きちぎる。斬撃によりずたずたに裂かれた組織から摘み取るのは、そう難しい作業ではない。竜鱗は部位によるが、大きいものなら手のひらほどの大きさがある。それを一枚、少年に手渡してやる。
「自分でこれと同じものを取れるようになったら教えてくれ、その時もう一度相手をしよう」
銀等級――いや、六人以上のパーティから抜けたから振り出しからか、五人以下のパーティでは各々の実力のほかにパーティ全体の等級評価が存在するが、六人以上に増えるとパーティ全体の評価のみになる。
数に物を言わせたパーティの極致である白金鶏旅団を例に挙げると、よく分かる。あれは五〇人ほどのパーティだが、各々は在籍だけしている等級なしの冒険者である。
等級を分ける基準は勿論実力はそうなのだが、それ以上にギルドからの信頼がどれだけあるかによって付けられる。よって「白金鶏旅団は信用できるが、そこから抜けたお前は信用できない」という判断が下されることになる。
「ああ、首を洗って待っとけよ」
今まで銀等級、しかも大人数での依頼に慣れていたこいつにとって、ゼロからの出発はなかなか難しいだろう。
だが、町での一騎打ちで素質は見えた。這い上がれるかどうかは、後は運だろう。
「ああ……一応名前を聞いておこうか」
「カインだ」
「そうか、また会おう」
遠くに回収部隊の馬車が見えたことに気付いて、俺は両手剣を背中に差した。
——
ギルドマスターに土をつければ、白金等級になれる。
簡単なルールだったが、それを実際に行うとなると、それは不可能だと思えるような難易度だった。
「ぐっ……がっ——!」
肺が押しつぶされたように苦しい。
視界が白くぼやける。
手足には痛烈な痺れが残り、剣を握っているのか取り落としたのかすらわからない。
「ここまでだな」
「ま、だ……やれ、るっ!」
俺は何とか声を絞り出して、戦う意思を彼に見せるが、そんな俺を見てギルドマスターはため息をつくだけだった。
「……そのハングリーさは認めるが、彼我の戦闘力も見分けられずに挑むのはただの馬鹿だ。それじゃあ白金等級をやれるわけがない」
ギルドマスターの言葉に、俺は歯ぎしりする。
強くなったはずだった。
誰にも負けない強さを手に入れたはずだった。
それでも、届かない高みというものが存在する。
俺にとって、それは受け入れがたいことで、認められないことだった。認めてしまえば、また俺は——
「……っあああっ!!」
そこまで考えて、俺は最後の力を振り絞り、両手剣を杖に立ち上がる。その視線の先には悠々と立つギルドマスターと、黒髪の少女がいた。
「ちっ、まだ立ちやがるか、じゃあ一発キツイやつを——」
「もうやめてください! また次回挑めばいいじゃないですか!」
少女が泣き叫ぶようにそう訴える。いつからか、俺に付きまとっている彼女だが、俺は彼女をうっとうしく思っていた。だが——
「……」
不思議と、彼女の真摯な言葉に足が萎えていくのを感じる。彼女がそう言うのなら、と心の中で認めてしまっていた。
「ふん、小僧……昇級試験、条件付きで合格にしてやってもいい」
言われて、俺は再びギルドマスターを見る。ぼやける視界の中、彼が降格を釣り上げているのが分かった。
「その条件は、ブレーキを掛けられるやつとバディを組むことだ。つまり——」
――
夕刻になって町に戻り、討伐証明を窓口に提出して俺の依頼は終わった。耐火装備といつもの装備を倉庫で入れ替えて、俺は併設されている酒場のカウンターで夕食をとる。
「結構先輩らしいことしたんじゃないですかぁ?」
「何がだ」
報酬が銀行へ振り込まれたことを確認しつつ、俺は盗賊女に応える。ちなみに報酬は彼女と折半されていたが、夕飯は俺の奢りだ。
「いやいや、後輩の成長を願って餞別を与える姿、さすが白金等級! って感じでしたよぉ、陰キャで友達一人もいないお兄さんにもそういう所あるんですねぇ」
なんか妙に媚びたことを言ってくるな。なにが目的だ……?
不審に思いつつも、とりあえずは無害なのでそのままにしておく。夕食のステーキは歯切れも良く、赤ワインによく合った。
町に着いたとき、あの少年が元居たパーティから彼を見なかったか聞かれた。素直に教えたが、彼は引き戻されるだろうか、あるいは、一人の冒険者としてやっていくだろうか。どんな結果になったとしても、彼は何とかするだろう。なんとなく、そんな気がする。
「で……えっとぉ……」
「どうした?」
「や、今日ワタシ全然戦わなかったですけど、見捨てたりしませんよね?」
何か含みはあるとは思ったが、そんな事だとは。
俺は呆れつつ、彼女の額を弾く。とてもいい音が鳴った。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!! 何なんですか!? 人が真面目に凹んでる時に!!!」
「いや、いつになくしおらしいなと」
「その感想と動作全く関係ありませんよね!?」
いつもの調子に戻ったな。とは言わないでおいた。
「そんな事を今更気にしていない。というか、お前の名前も知らないし」
「名前知らない!? 結構前に自己紹介したじゃないですか! ワタシの名前は――」
ギャーギャー騒ぐ盗賊女を肴に、俺はまたワインに口を付ける。さっきよりもずっとおいしく感じた。
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