第2話 炎竜討伐1

 翌朝、依頼掲示板を眺めていると、丁度よさそうな依頼を見つけた。


「炎竜討伐ですかぁ? お兄さんにそんなことできるんですかねぇ」


 隣で挑発するような物言いを続ける女を無視して、俺は掲示板から依頼書をはがす。


 依頼書は本来、はがすことは禁じられている。依頼書番号を受付に申請して、受注確認を取る形式なので、大量の納品依頼や、複数体の討伐依頼は貼り付けておかないと依頼側も受注側も困る事になるのだ。


 だが、その中でもはがすことが認められている依頼がある。魔物単体の討伐で、なおかつ高難度で、受注者が絶対に達成できると宣言する場合だ。


 これはつまり同業への「俺の獲物に手を出すな」という宣言であり、依頼者に「この依頼はすぐに達成されるから安心しろ」という意思表示だった。


「頼む」


 受付に依頼書とギルド所属票を提示する。銀と金色で装飾されたそれは、最上級の等級を示していた。


「畏まりました白閃様。炎竜討伐ですね」


 何の感情を動かすことなく、受付職員は依頼書と所属票を預かり、判を押す。受注はそれだけで終わりだった。


「同行者は――」

「あっ、ワタシでーす」


 居ない。と答える前に盗賊女が声を上げる。まあいつものことだ。もう訂正するのも面倒なので、職員が彼女の名前を記入するのを黙って見ていた。


「良かったですねぇ、凄腕でやさしーいワタシが一緒に受けてくれて」

「足は引っ張るなよ」

「とーぜん。お兄さんもワタシの実力分かってるでしょ?」


 ……とりあえず、こいつは簡単に死にはしないという事は分かっている。


 さて、こいつはいいとして、防火系の装備を整えてからだな。たしか、荷物の中にあった古いものは、捨ててしまったはずだった。俺は何度か通ったことのある武具屋にあたりを付けてギルドを出る。


「あ、白閃さん!」


 出たところで、昨日のパーティリーダーと出くわした。どうも朝早くからトレーニングをしていたようで、薄手のシャツとズボンを着て、手拭いを首にかけていた。


「昨日はありがとうございました!」

「別にいい。お前らも水を差されて気分が悪かっただろう」


 後輩に頭を下げられるのも居心地が悪い。早いところこの場を離れてしまおう。


 そう考えて、俺は若い騎士の横をすり抜けて先へ進む。


「後輩にいいとこみせられて御満悦ですねぇ」

「そうでもない」


 後ろから追いかけてきた女を適当にあしらいながら、道を歩く。


 路地を曲がって、少し奥まったところにその武具屋はあった。少々薄暗い店内だが、腕は確かで、ギルドからの紹介だけあって、対人用装備よりも対魔物用装備が多いのが良い。


「店長さんこんにちはぁ」


 不愛想な店長の脇を通り抜けて、防火装備の棚を物色する。火傷用の軟膏と、回復スクロールは数本持っていたほうがいいな。あとは耐火マントと手袋、髪の毛が燃えないようにするジェルは必須か。


 必要そうなものを次々に手に取っていく途中、ふと女もののロングコートが目に入った。耐火、耐溶解、耐寒……一通りの耐性を持っている中々に上等な防具だった。


「炎竜ってぇ……とりあえず耐火ジェルだけあれば大丈夫ですよね?」


 危機感の無い女に頭の痛くなる思いだった。仕方なく俺はそのコートも手に取る。安物ではなかったので、値段は張るが、仕方ない。目の前で丸焦げになられても困る。


 会計を済ませて、収納袋に回復スクロールと軟膏を丁寧に詰めて、防火用の装備に手を通す。


「うわぁ、お兄さんってば買いすぎ。そんなに自信ないなら依頼書はがさなければ――わぷっ!?」

「着ろ」


 コートの値札をナイフで切って投げつける。毎回こいつは見通しが甘すぎて肝が冷えるな。


「え、これって……」

「防火用コートだ。ジェルを薄く塗った程度じゃ、五秒も持たないで丸焦げだぞ」


 それを聞いて、女は変な顔をした。嬉しいようながっかりしたような、そんな顔だ。


「あ、あははー、そうですよねぇ、お兄さんがそんな気の利いたことできませんもんねぇ」


 台詞の元気がないが、俺は気付かない振りをしつつ話を続ける。


「それと、手袋が無いならナイフは握れないと思え、金属製アクセサリーもだ」


 炎竜は凄まじい熱量を周囲に放っているため、金属はすぐに火傷してもおかしくない温度まで熱されてしまう。素手でナイフなんて握ろうものなら、その形に皮膚が爛れてしまうだろう。



――



 女がコートを羽織り、俺がマントを身につけたところで、俺たちは一度冒険者ギルドへ戻った。


「白金二五八番倉庫にこれを頼む」

「承知いたしました」


 冒険者ギルドは依頼の受注のみをしている訳ではない。併設された酒場の運営もだが、セーフハウス、宿屋、各種商店の紹介、冒険者向けの銀行等、様々だ。


 その中でも独自性の強い業務として、貸倉庫がある。技術的にはどうやっているのか想像もできないが、各支部で預けたものは、別の支部でも引き出せるようになっている。


 俺は今までの旅装を預けて、討伐用の装備に身を包む。新品特有の硬さは残るものの悪くはない。


「あ、あのぉ、お兄さん」


 準備を終えたので、向かおうかというときになって、盗賊女がおずおずと話しかけてきた。


「これ、私に買ってくれたのって、何でですか?」


 二、三歩彼女に歩み寄り、額を指で弾く。


「痛ったああ!!!!!! いきなり何ですか!? 何なんですか!?」

「いや、元気がなかったから」

「衝撃で明るくなる明るくなる魔法灯じゃないんですから!!」


 実際明るくなったけどな、とは言わなかった。


「……同行してきた奴が黒焦げになるのは見たくないだろ」


 ズレた衣服を涙目で元に戻している彼女に、淡々と告げる。


「炎竜を舐めるなよ、白金等級の魔物を甘く見た結果、死ぬ奴なんて金等級冒険者にはよくあることだ」

「え、えっと――つまり、お兄さん的には私が死ぬと嫌だって感じですか?」

「敵でもない知ってる奴が死んで喜ぶ奴は、そういないだろ」


 淡々と答える。こいつが期待していることはよく分からん。


「ふ、ふーん、そうですかぁ、そうなんですかぁ……」


 よくわからないものの、どうやら期待していた反応を返せたらしく、満更でもないような反応だった。


「じゃあ、行きましょ――」

「白閃!!」


 出発しようとした時、俺を呼ぶ怒声が聞こえた。何事かと思ってそちらを向くと、昨日の威勢のいい剣士が自分の得物――鞘に入ったままの片刃剣を構えていた。


「昨日のは納得がいかねえ! 俺と勝負しろ!」

「おい、落ち着け。あの時は流石に、俺たちが周りを見てなかったのが悪い」

「それに昨日奢ってもらったじゃない。忘れたの?」


 周囲のメンバーは制止しているものの、剣士が引き下がる雰囲気は無かった。そういう跳ねっかえりが強い奴は嫌いじゃない。


「構わない――相手をするから表に出ろ」


 しかし、随分と威勢のいい物言いだ。ギルド内での立ち回りは周囲の迷惑になるので、冒険者ギルド前の広場で相手をすることにした。


「あの……白閃さん、すみません。あいつ、昨日のことがまだ納得できないみたいで」

「構わないと言っている、丁度肩慣らしをしておきたかったところだ」


 申し訳なさそうにするリーダーの騎士に声を掛けつつ、広場に出ると、俺も背負っていた両手剣を構える。


「どちらかが武器を落とすか、参ったと言った時点で勝敗を決める――それでいいか?」

「ああ、それで大丈夫だ。いくぞっ!!」


 間髪を入れず、剣士は自分の武器を構えて突貫してくる。確かに勢いはある。そして鍛錬も怠っていないのだろう。だが、経験がまだまだ少ない。


 大上段からの振り下ろしを半身になって避ける。その振り下ろした位置から、切り上げるようにして逆袈裟に切り込んできたのを剣で弾き、前蹴りを入れてお互いに距離を取る。


「我流か」


 突貫の勢いと、攻撃に対する執念は確かに目を見張るが、相手を見て行動することと、体裁きがまるでなっていない。


「それがどうした!! ああああああああっ!!」


 再び芸の無い突貫で突っ込んでくる。俺は無造作に彼の喉元に剣先を差し出した。


「っ!?」


 全くの想定外だったのだろう。彼はすんでのところで急所を外したものの、首に大きな擦過傷を作って倒れ込んだ。


「おいっ! 大丈――」

「近づくな、まだ武器を落としていない」


 駆け寄ろうとしたパーティメンバーを言葉で制す。そうだ、こいつは武器を落としていないし戦意も喪失していない。


「っ……はぁっ、くっそぉ……」


 立ち上がり、闘争本能のままに剣を再び構えなおす。諦めの悪い性格も相まって、いい師匠に出逢えれば、こいつはもっと強くなるだろう。


「うおおおっ!!」


 また代わり映えの無い正面からの突貫、底は見えたな。


 俺は彼の軌道を見切り、両手剣を軽く振って彼の剣を弾き飛ばした。


 そしてそれの返す動きで相手の肩に切っ先を軽く当てる。それ以上は必要なかった。


「ぐあああっ!!」


 自らの勢いで肩に剣を食い込ませた彼は痛みにもんどりうって倒れる。直接刃が刺さったわけではないので血は出ないが、それでも肩を脱臼してもおかしく無い衝撃だったはずだ。


「武器の間合いを考えろ、考えなしの突進だけじゃいつかは負けるぞ……戦いは終わりだ。治療してやれ」


 肩を抑えてうずくまる彼と仲間たちにそれだけ言って、俺は炎竜討伐へ向かう。


「お兄さんやっぱ強いですねぇ、もしかして陰キャでぼっちだから、そのぶん修行いっぱいできたんですかぁ?」


 走り寄ってきた盗賊女の声を無視して、俺は歩き続けた。

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