1章10話 追憶の手がかり


(漫画で読んだことがあるけど、多分サイコメトリーってものの一種、だよな……? 嘘をついてるように見えねぇし)


 先ほどは、詩音の不安でどうしようもない、それでいてどこか諦めたような、家でも見た瞳の色に思わず何でもないような顔をしてそれっぽい言葉を発したが、正直俺の内心は色々な疑問が渦巻いていた。

 嘘をついているなら、叱るなどだけで良い。

 だが、それが事実であるならば、難儀なものを背負ってしまっていると思う程度には、俺にも想像力というものが備わっていた。


「確かさ、前に犬村のおばさんから聞いて、回覧板も回ってきてたけど、トラさんって元々保護犬なんだよね」


「…………あぁ、そうなのか?」


 そんなことを考えていたから、子ども達三人についていきながら茜が俺に話しかけてくるのに、俺は反応が少し遅れてしまう。


「うん、元々迷子だったみたいなんだけど、二人がふざけて車と危なかったところを助けてくれたみたいだよ。最初は危ないって話だったんだけどトラさんが人に慣れてたのと、ほら、おじさんが保健所に勤めてるじゃない? それでこれは野良犬じゃなくて飼い犬が逃げてきたんじゃないかってなったみたいで」


「なるほどな……だから、帰りたいみたいだった、か。やっぱり嘘じゃねえんだろうな」


 俺も今茜からの話で初めて知ったことだ、今日出会ったばかりの詩音が知っているとは思えない。


「心配してる?」


「そりゃあ、な。そういうお前もだろ?」


 茜の言葉に、頷いてそう返すと、茜もまぁね、と言って並んで歩く。


「でもさ、さっきの楽の一言で詩音くん、凄い喜んでたと思うよ。何ていうかさ、色々大変だったと思うから」


「そうか。……なぁ、ちゃんと出来てたか? 俺」


「うん。私の目にはそう見えたよ」


 希望が見えたからか、随分と明るくなった絵美と絵夢に引っ張られる詩音を見ながら、俺と茜はそんな会話を交わす。

 茜の目からもそう見えてくれていたなら、咄嗟にでも、引いたように見せてはいけないという気持ちは、きちんと行動に出ていてくれたらしかった。


「……どうにも不思議なもんでさ」


「ん?」


 俺がぽつりと呟くのに、茜が促すように声を上げる。


「数年、全く連絡もなければ会ってもない姉貴の子供がやってきて、しかも訳アリで。そりゃとんでもなく面倒だって気持ちも正直あるんだが」


「うん」


「でも、仕方ねぇかって思うのは、血の繋がりってやつなのかね?」


「かもね。後は、楽が優しいからだと思うよ……ほら、血がつながってても、大人でも、揉める時は揉めるし」


「……そうか、そうだな」


 俺の事情も知っている茜がそう言って、俺もそう答えた。

 年末にあった茜の家のごたごたは、茜の口から直接聞いている。


 俺達がそんな会話をしながら後ろから歩いているうちに目的地に着いたようで、前を歩いていた詩音達が立ち止まり、会話が聞こえてきていた。


「ねぇ、詩音くん、何かわかりそう?」


 絵美が、集中しようとしているのだろうか、少ししゃがみ込んでいる詩音にそう尋ねている。


「トラさんこの辺で逃げ出しちゃったんだよね……それまではいい子だったんだけど」


 うーんと考えながら、絵夢がそう言って、同じように詩音を見た。

 

「ちょっとだけ、待ってね。大体の場合、時間が経つと薄くなるみたいで……なんでもないものを触っても何も感じないんだよね」


 詩音の言葉に、絵美と絵夢のみならず、俺もそういうものなのかとへぇと思いながらも見守っていると。


「例えばさ、あたしに触ったら何考えてるかわかるの?」


 と絵美が疑問を口に出した。

 確かにそれは俺も気になっている。どこまで何がわかるのか。わかってしまうのか。


「えっとね、それはわかんない…………でも、その時のその人の感情の強さによってはさ、嬉しいとか、悲しいとか、怖いとかはわかっちゃうかもしれない…………変でごめんね」


 詩音がその質問に少し考えながら言って、申し訳無さそうな顔をした。

 そして、俺がそれに対して言葉を発しようとすると、その前にお互い顔を見合わせた絵美と絵夢が頷いて。


「「えい」」


 ぎゅっと詩音に抱きついた。

 それを見て、俺は喉元まででかかっていた言葉を止める。


「え? え? 二人共?」


 詩音は慌てたように声を上げているが、二人はそれを無視して抱きついている。

 このくらいの年齢だと女の子のほうが成長が早いからか、少しだけ詩音のほうが小柄なので、姉が弟を抱擁しているようにも見えた。


「そういう顔は禁止!」「ごめんねも禁止!」


「……うん」


 詩音が少し俯くようにして、そう言ったのが聞こえて、俺は口元を緩める。


「ふふ、トラさんが逃げちゃったのは良いことじゃないけど、こうしてあの二人と会えたのは良かったかもね」


「あぁ、そうだな。これで後は見つかりゃ万々歳だ」


 茜の言葉に、俺はそう答えた。


「よし、ちょっと頑張る。ねぇ絵美ちゃん、絵夢ちゃん。いつもはこの道は通らないんだよね?」


「うん」「そうだよ、今日はね、あっちの道が通れなかったから」


 詩音の質問に二人がそう答える。そう言えば、先ほど茜の車で行った時も水道工事とかで通行止めになっていたか。


「なら、この道になにか理由があるってわけか」


 俺がそう詩音に問いかけると。


「うん、それで、その理由がなにかわかったら、読み取りやすいかもなって思って」


 そう聞いて、俺も辺りを見渡した。

 この辺りの土地勘はあるし、普段の散歩コースも大体は想像が付く。そのうえでこの通りにしかないものと言えば。


「……もしかして、あれだったりするか?」


 犬は視覚よりも嗅覚が発達しているのは誰でも知っている知識だ。

 そして、犬ほど嗅覚は強くなくても、俺にも感じ取れる香りがある。


『まんぷく亭』


 それは昔ながらの住宅街の中で、魚介のスープを売りにしているラーメン店だった。

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