両親の秘密
森下 巻々
(全)
「これ、良さそうだね……」
わたしがテレビ・ショッピング番組を見ながら言うと、父が、
「だーめ、だめだめだめ。なあ? あんなの色落ちするよなあ?」
彼の妻に向かって大声を出す。
聞こえた母は、
「わたし、昔、こういうシャンプーだかリンスだかのタイプの白髪染め使ったことがあったけれど、雨に当たったら、色がね……、服の襟の辺りが茶色くなってねえ……」
「そうなの? わたしが中学生くらいの頃かなあ?」
「それくらいの時だったかも知れないね。それもさあ、白い服着てたのよねえ」
「だから、昔のことでしょう? 最近の商品は大丈夫なんじゃないの?」
すると、冷蔵庫の辺りでコーラ飲料をグラスに注いでいた弟が出てきて、
「そうだよ。母さんも父さんも、いつの時代のこと言ってるんだよ。そんな、色落ちする商品、今どき売ることできないでしょ?」
母が、
「そうそう。あの時、家に帰ってきてから、お義母さんがわたしを見てね、『ごめんなさいね、息子が苦労かけて……』ッて言ったのよ」
「どういうことだよ?」
「いや、だから、わたしの服見て、シミのあるものを仕方なく着ていると思ったみたい。新しい服も買わせてもらえていないって」
わたしは、
「へえー」
「おれは、おばあちゃんのことは、全然知らないもんなあ」
母が、
「ねー? おとうさん? お金くれようとしたんだものね」
父はソファに寝っ転がりながら新聞を見つつ、
「そうだよ! おふくろも心配性だったというか……」
「それでね。話を後で聞いたお父さんがね……」
「おい! 言うなよッ」
「お父さんがね、洋服買ってくれて、美容院にも行けって……」
「おいおい」
「そしてね、旅行にも連れて行ってくれたのよ。高級ホテルや旅館を回ってね」
「あッ、初めて聞いた! だいたい家族で遠くに行くこと自体、あんまりないじゃん。おれの生まれる前だろ? 姉ちゃん、ズルいなあ」
わたしは、その頃を思い出し、
「あの旅行のきっかけッて、そういうことだったの? ッてゆうか、わたし、おばあちゃんとお留守番してたし……」
「お父さんがね、『きれいだよ』なんて……」
「おい。さすがに……」
わたしは、父の様子に気づかされるものがあって、変な感じを覚えた。案外、家族の秘密について気づいていないことは多いものだと思った。
いつの間にか弟は、わたしたちとの会話に飽きて、熱心にスマートフォンに再生される動画に見入っている。
(おわり)
両親の秘密 森下 巻々 @kankan740
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
六〇〇字のあとさき/森下 巻々
★32 エッセイ・ノンフィクション 連載中 75話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます