仮面

「ねーねー、戸鹿原君はさ、どうしてこの学校を選んだの?」


 そうして手に引かれる道中。回避ができない距離で、先輩は寄りにもよってそんなことを聞いてきた。明るく、元気なのは非常に良いことではあるのだが、デリカシーなんかも持ち合わせてくれると尚うれしかったかな。


「あー、ほら、ここって有名じゃないですか、例の噂。僕もそれ目当てなんですよBIGになりたくて」


 そんなことを考えながら、僕は適当にそう返した。

 何をどう考えたら、初対面のやつにそんなことを話すと思うのだろうか。


「やっぱりそうなんだ。皆そう言うよね~」


 なんだその言い草は。まるでここに来る全員が別の目的が有る様な……あ、そうだ。

 

 そういぶかしんでいると、突然あることに気付いてしまった。

 そういやこれ、噂を確認する絶好のチャンスなんじゃ?


 そう、確認が取れなかったもう一つの噂。


「先輩、一つ聞きたいんですけど……」

「うん、なんでも聞いてよ!」


「この学校を調べてきた時に出てきたもう一つの噂、入学者より卒業者の方が少ないってのはどういうことなんですかね?」


 これである。

 

 当然、入学者と卒業者の名簿なぞ出回ってないため、外から調べることなど出来る筈が無かったのだが、内側からなら可能性もあるかもしれない。

 果たして答えは……


「え、そんな噂あったの!?」


 は?


 そんな間の抜けた返答に思わず顔が引きつるのを感じる。

 なんだそのくだらないオチは。知らない筈が無いだろ。少なくとも三年前からは間違いなく有ったはずだ。それを知らずに入学するなんてことも間違いなくない。なんせこんな怪しい学校だ。下調べもせずに入る様な事が有れば、それこそ救いようもないバカの……


「なーんてね」


 表情がこれ以上動かないように努めつつ、怒りのままに内心吐き捨てていると、先輩は突然茶目っ気たっぷりにそう言うのだった。


「ごめんね、ちゃんと知ってるよ。でも……教えるとしたら、君がちゃんと私に向き合ってくれてからかなと思って。」

「……」


 そう告げられた言葉に思わず黙る。

 ……なるほど。道理である。

 そりゃ質問すらまともに答えない奴にまともに答えようとはならないよな。

 一方的に情報を得ようとしていたという自分のがめつさに若干の気恥ずかしさを覚えながら、僕は話せるだけ話そうとした……所で放たれたこんな一言。


「よし、着いたよ!」


 草木が作ったトンネルを抜け、先輩が放った第一声に思わず言葉を無くした。

 そこにはどこかの城と言われても違和感のないほど巨大な建築物が有ったのだ。

 建材は全て石レンガ。敵の侵攻を想定されて作られたような昔のソレとは異なり、塀やほりなどは無いようだが、それを踏まえても、何らかの理由が有っても簡単には落ちなさそうな「堅牢さ」という物を感じさせた。

 少なくともそんじょそこらのビルなんかよりはよっぽど頑丈だろう。

 

 その壮大さに圧倒されていると、


 「えへへ、スゴイでしょ。これが千夜ヶ原学園の校舎だよ」


 そういうと、先輩は自慢げに僕の正面で胸を張るのだった。


 いやこれは……実際スゴイと思う。

 いくら理事長が不動産経営とはいえ、どうなんだこの規模の敷地。少なくとも一個人が一つの学園のために用意するものとは到底思えない。やはり……何かあるのだろう。この学園には。

 そう確信しつつ、僕はより近くで見ようと一歩を踏み出した。その時だった。


 ぶわっ


 突然感じた寒気にすべての毛が総毛だつ。


「せんぱッ……!」


 そのあまりにも異様な雰囲気に、取り敢えず後ろに居た先輩にそう声を掛けようとして、思わず口をつぐんだ。

 そこに先輩はいなかったのだ。四方八方、すべての方角を見渡そうが、どこにも先輩はおろか、生き物の気配すらみられない。

 ……これが、この学校の秘密とでもいうのだろうか。


 その雰囲気に身構えつつも、僕はゆっくり学校に向かって近づこうとすると、突然声が聞こえた。


「――――」


 男か、女か。赤ん坊か、老人かの区別すらつかない不快に混ざりあった声。

 その内容も理解は出来ないものの、どうやらその声は笑っているらしかった。

 最初は小さく、段々と大きくなっていくそれは、直にその数をも増やしていく。

 哂って、嗤って、呵って、笑う。

 そうして増えたのは五つの笑い声。

 ふと気が付けば、僕の周りには四つの仮面が浮いていた。


 その仮面はまるでいわゆる道化が身に着けるそれのようで、喜、怒、哀、楽の四つの表情が抽象化されたものが意匠として施されていた。ずいぶん質の良さそうな物だが……


 そんなことを考えながら、目の前の笑顔の仮面に手を伸ばそうとして、ふと気付く。

 いつの間にか、僕の手には五枚目の仮面が握られていたのだ。喜怒哀楽。そのどれとも似ても似つかない、黒一色の仮面が。


 異様だ。それを見て、真っ先に浮かんだ言葉がそれだった。表情がない、と言う点はもちろんとして、この仮面には目のところに空いた穴の他に、何一つとして細工が為されていなかったのだ。

 こんな物とても仮面とは言えないだろう。なんせ仮面とは呼んで時の如く、仮の面なのだ。それが何の面白みも無い黒一色など、つける意味など有るまい。あってせいぜい顔を隠すことぐらいだ。

 と、これが普通の黒い仮面で有ったなら、きっと僕はそう言っていたことだろう。

 だがこれは違ったのだ。これは決してただの黒い仮面ではない。

 この黒に惹かれるのだ。まるで自分が光になったかのように。


 ふと気が付けば、僕の腕はこの仮面をかぶろうと段々顔に近付けている最中だった。こんな不気味な空間で気づけば手にしていた物など絶対に被るべきではない。

 それは分かっているのだ。だがもうこの手は止まらない。この興奮は収まらない。

 そして直に仮面は顔にすっぽりと収まり……


「……?」


 ふと気が付けば、僕は元の校庭へに居た。

 回りを見渡そうが仮面など一枚もないし、後ろを振り返れば不思議そうな顔の先輩がこちらをじっと見つめている。

 一体なんだったとというのだろうか。


「どうかしたの戸鹿原君?」


 そう首を傾げていると、先輩がそう訊ねてきた。


「いや、すいません。校舎があまりにも大きくて少し……」

「そっか。でもだてに大きいだけじゃないんだよ?ほら、案内するから一緒行こ?」


 僕は首を傾げながら、先輩に手を引かれていくのだった。

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