学校案内
「さぁ~、ようこそ千夜ヶ原学園へ~」
そう言って、キラキラ―とでも言う様に手首をパタパタさせる先輩。その先には、シャンデリアに燭台と言った、外見通りの古風ながらも華麗な内装が有った。
どうやら古風なのは外見だけでは無かったらしい。
そんな感想を抱きつつ、とりあえず中を見ようとして……ふと思った。
「あれ?先輩、これ靴とかどこで脱ぐんですかね?」
そう、僕が通ってきた入り口らしき門をくぐってから、下駄箱らしき場所がどこにも見当たらなかったのだ。
そう言うと、先輩は思い出す様な目をして、
「そうだよね~、気持ちはよく分かるけど、ここでは靴を脱がなくていいの。ほら、ハリーポッターとか見たことあるなら分かるでしょ?」
「あぁ」
その言葉で納得する。そういや外国で靴は脱がなくてもいいんだったか……いや、ここは外国じゃなくて日本なんだが。日本の中でもクソが付くほどのド田舎なんだが。
……まぁ、郷に入っては郷に従えという言葉もあるくらいだ。
幸いそこまで抵抗があるわけでも無いし、ここは大人しく従うとしよう。
そんなことを考えながら、僕は「キラキラ」を止め、歩き始めた先輩について行った。
それから僕はいろんな所へ連れ回された。
例えば、図書館。すさまじい高さの本棚が有り、その本を取るために相当な高さのハシゴを使っている生徒を見たときは思わず舌を巻いたものだ。
こんなに高くて落ちた生徒はいないのか~とか、地震が有った時は本棚が倒れたりしないのか~とか尋ねてみたのだが、先輩は意味ありげに微笑んでいるだけだった。
その笑顔はどっちなんだ……
続いて食堂。ここは流石に図書館のようなことも無く、規模を馬鹿デカくしたただの食堂と言った感じだ。まぁ、その割には光源が案の定シャンデリアなので「ただの」とは言いにくいのだが、それはさておき。
外見より肝心な食事なんだが……なんとここでの食事は毎食バイキングらしい。栄養バランスクソ喰らえと言った感じに教育機関にあるまじき方式だとは思うが、小学生の時分にかなり給食が嫌になってしまった自分からすればうれしいことこの上ない。
口に入れた瞬間に吐き出す様な物をどうやって食えというのだ。
とまぁ、そんな怨嗟のこもった愚痴もそこそこに。僕がこの案内で何より驚いたのは……保健室だった。
「……先輩。ここって保健室なんですよね」
「うーん、やっぱりそう言うリアクションになるよねぇ」
そう言いながら僕らが目を向けるのは、なにやらハイテクそうな機械の数々。
使い道の分からない様な椅子らしきものから、未来にコールドスリープできそうなポッドまで。
ドアを開けた先には、そんなやけに近未来的な景色が広がっていたのだ。
床も他とは違ってリノリウムだし……明らかにこの部屋だけ何かおかしいよな。
そう考えたりもしたものの、入り口からちょっと見ただけで、先輩が「次に行こうか~」なんて言って先に行ってしまったので、僕はそれを追いかけるのしかなかったのだった。
……というか、保健室ってケガを治療する所だよな。それがあんなに発達してるってことは……ホントに何なんだ、この学校は。
「さぁ、着いたよ!」
そうして先輩に連れられてやってきたどこかの廊下。先輩がする「キラキラ」の先には、つやつやとした立派な黒樫のドアが有った。
もしかしなくてもここが……
「そう!理事長室だよ!」
なるほど。流石に威厳というか、思わず目を見張るような立派さは有る。……とはいえ、あまり長居はしたくないな。
そう言った空気は僕が最も苦手とするものの一つだ。つい委縮してしまうというかなんというか……
その旨を先輩に伝えた所、先輩はきょとんとした顔で、
「?ここが今回の案内のゴールだよ」
そんなことを言うのだった。
何を言って……そうだ。最初から先輩は言ってたじゃないか。
『実はね。理事長に君を迎えに行ってあげてって言われたんだよ。』と。
……じゃあもしかしてこのドアの先には、
「うん、今も理事長が戸鹿原君を待ってると思うよ」
「……マジで?」
「うんうん、大マジ」
あまりのショックに思わず敬語すら忘れながら、僕は思わずそう言った。
……いや、別に先輩の言葉を忘れていたわけでは無かったのだが、もう少し後のことだと思っていたのだ。せめて、案内が終わり、少しの休憩の後に理事長とか。
そんな風に考えていたのだが……そんなに甘く無かったかぁ。
「すー、はぁー……」
そう思いながら、僕は深呼吸を繰り返す。
……ここまで来たら行くしかないだろう。まさかあのバケモノと再び顔を突き合わせることになろうとは……あの得も知れぬ感覚を感じるのは面接だけだと思ってあの時はなんとか頑張ったのに。
「……行きます。」
そんなことを考えつつも、覚悟を決めた僕はそうつぶやいた。
「うん、頑張ってね」
そんな僕に合わせ、背後から小さくそんな声が聞こえる。
そんな声ですら今はありがたい。返事の代わりに小さくうなずきながら僕は、僕はコンコンとドアを叩き一言声を掛けた。
「新入生の戸鹿原です」
「えぇ、お入りなさいな」
「はい、失礼します」
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