メガバンク独身寮・う○こ浮いてる事件簿

じこったねこばす

メガバンク独身寮・う○こ浮いてる事件簿

昔、私が独身寮の寮長をやっていた時、寮を揺るがす世界で一番しょうもないテロが起きた。なんと、寮のフロの浴槽にウ●コが浮いていたのだ。当時は就職したいランキングで上位を占めていたメガバンク。石を投げればエリートにあたる会社の独身寮で文字通り「クソ」しょうもない戦いの日々が始まった。


最初の通報は私の寮長任期2期目の寮幹事会議の場だった。共に寮運営をやっている後輩から「じこさん、先日風呂に『大』が浮いてたって知ってます?」と言われたことだった。私の脳は瞬間的に話を理解することを拒絶し、思わず「え?なんて?」と後輩に聞き返してしまった。正直、信じたくなかった。


独身寮は独身の行員であれば30歳の誕生月月末まで住める。その時代は20代中盤の行員が100名単位で生活していた。皆、若手として日々ストレスの多い銀行業務をこなしているのだ。多少、心身の不調や体調の悪化などを理由に、一度くらい粗相をしてしまうことだってあるかもしれない。

そう思いたかった。


しかし、こちらの淡い期待とは裏腹に浴槽にブツが浮くという事件が一度目と間が空かない時期に再発した。そして、私は月に一度寮生全員が集まる全体会議の場で本件を報告・注意喚起することとした。当然、会場のあちらこちらから「まじかよ」「きたねぇ」といったショックと阿鼻叫喚の声が上がる。


次の瞬間、皆は口々に「お前だろ?」「ちがうわっ!」と犯人のなすりつけ合いを始めた。その場の99%の人間にとって、風呂は身体を洗うための場にもかかわらず、たった1%の人間が寮の風呂をガンジス川と勘違いして誤用している。

私は寮の風紀を守ることと、もうひとつの理由で犯人を何としても突き止めたいとの思いにかられた。


これは私の寮長としての責任だけではなく、名誉にかかわる問題でもある。なぜかうちの寮のメンバーは血気盛んなやつが多く、日頃から問題も多い。あるとき飲み会で出会った外部の女の子に、

「え?やっば。じこさんてあの寮に住んでるの?レイパー集団なんでしょ?」とあらぬ嫌疑をかけられたこともある。


断じてうちの寮は昔の帝●大学ラグビー部のような集団ではない。しかし、その場の空気から危うく私がスーフリ和田さんみたいになってしまいそうだったので「実は私、そこの寮長です」とは終ぞ名乗れなかった。静かなるドンの気持ちが少しわかった。もうこれ以上いらん汚名を被るわけにはいかないのだ。


我々幹事団は徹底した情宣活動を行なった。寮内での注意喚起に留まらず、会社のメールなどあらゆる媒体を使って情報を周知した。寮生へ注意を促すことで、寮生同士で牽制を行うことを狙ってのものだった。誰かが目を光らせていると思えば、安易に犯人が浴槽内で行為に及ぶことはないと企図したのだ。


また寮幹事団による風呂パトロールも実施した。各曜日・時間帯持ち回りで幹事団のメンバーが風呂をチェックする。お年頃男子なのに、女の子と遊べもせず、何が悲しくてわざわざ会社帰りの平日夜に男の裸体を拝まなきゃいけないんだ。と内心思わないこともなかった。また、寮の管理人とも連携をした。


管理人さんは銀行員ではない。主に寮のファシリティを管理してくれていたのは、自衛隊を勇退したあと夫婦住み込みで我々の面倒を見てくれている管理人さんご夫妻だった。管理人さんも折りを見て風呂場を警戒してくれることになり、ウ●コマンに対する体制はかなり強化されたものと安心しはじめた。


そんな折りだった。金曜の夜、私が遅くまで飲んで帰ったあくる日の早朝。「じこばすくん、起きてくれ!」件の管理人さんに叩き起こされ、足はフラフラで2日酔いもあるひどい体調の中、管理人さんに手を引かれ風呂場に連れて行かれた。

「寮長、これ見て!」管理人のじいさんの声が風呂に響き渡る。


管理人さんの指差す方向に目をやると、我々を嘲笑うかのように「ヤツ」が浮かんでおり、私は思わず脳内で「脱糞だ(だっふんだ)」と呟いた。

何と思いやりのない管理人さんだこと。

私の人生において「最悪の目覚め部門」のギネス記録は未だこの出来事が連続防衛中だ。ようし。ならば徹底抗戦してやる。


注意喚起をしても、警備警戒を強化しても、我々の対処の網の目を掻い潜ってくるのであれば、これはもう犯人が喧嘩を売ってきているのと同義だ。こちらも手段を選んでいる場合ではない。ここで手を緩めれば私の寮長としての威厳はマントルに落ち、「う●こ寮長」の汚名が待ち受けている。

それだけは避けねばならぬ。徹底抗戦だ。


ここで、これからの戦いを進めていく上で気になることがあった。犯人の動機は一体何なのか?ということだ。可能性としてあげられるのは、①自己顕示欲の充足、②幹事団に対する抗議、③ストレスからくる異常行動、④性癖・快楽のどれかではないかとの分析をし、我々は対策を打つこととした。


そんな権限は寮規則のどこにも書いていないのだが(こんなケースを誰が想定できるというのか)、我々は幹事団ジャッジでまず風呂の湯を抜いた。ただでさえ、このダッフンダ事件のおかげで湯船に浸かる人が激減している。なんなら湯船に入っているだけで犯人扱いされるというノリも寮内に流行し始めた。


仮に犯人の動機が①自己顕示欲の充足、②幹事団への抗議、③ストレスからくる異常行動であれば、湯を抜くことで次に違った方法で問題が顕現するだろうし、④の湯船の中でヤっちゃう快楽が動機であればこの問題はここで芽を摘むことができる。

幸いまだ暖かい時期だということもあり即断即決で湯を抜いた。


おそらく、日本で最初に池の水を抜いたらおもしろうそう。という事実に気づいたのはテレビ東京ではなくて、我々幹事団だった。・・・わけがない。憲法で皆に平等に保障された「湯に浸かる権利」を制限してしまうことに多少なりとも申し訳なさもあったが、一方で寮の風呂をガンジス化させられなかった。


次に我々が着手したのが④快楽犯だった場合に、その犯人が(1)もともとそういう性癖を持っていたのか、(2)突如として最近目覚めたのかという疑問だ。そこで(1)もともとそういう癖をもっていたのではないか?という点に重点を置いて最近入寮してきた人リストを作成した。


該当する先輩は5人いた。いきなりその人たちに幹事を全面に押し出してコンタクトしても怪しまれてしまうため、その人たちが配属されている部や支店にいる同期・後輩に連絡をし「じこばすが飲みたがっている」という可愛い後輩の体を装って連絡をした。結論、5人とそれぞれ飲めることになった。


飲みに行ってみると、その人たちは5人が5人ともめっちゃくちゃ良い人であり、どれだけ酒を飲ませようと一挙手一投足に不審な点は全くない。この中に犯人がいたのであれば私は人間不信になってしまう。よくもまあ金田一やコナンは私より年下なのにあんなに堂々と人を殺人犯指名できるのであろうか。


寮に帰って幹事団の同期・後輩に報告する。

後「じこさん、どうでした?」

じ「え?一人残らずみんないい人だったよ」

後「は?じゃあ収穫なしってこと?」

じ「うん」

後「えー!!期待したのに手ぶらじゃん!」


私はそっと両手を両胸にあてた。 手ブラだ。


次に我々が着手したのは、「誰とも関係性の薄そうな人」「顔がよくわからない人」との関係性構築だった。これには本当に骨が折れた。そりゃそうだ、だって向こうにはこちらと仲良くするメリットが全くない。これは偏見なのではなく、皆と仲の良い奴がテロに及んでいるのであればサイコパスだからだ。


そこまで寮生を信じないということはしたくない。そこから私たち幹事団は寮生との関係作りに腐心した。特に苦労したのは事務部門の人だった。なんたって、寮での関わりもなければ仕事での関係性や接点もない。私は最寄駅でその人を待ち伏せし、その人がたまたま入った居酒屋に一緒に入って話しかけることまでして仲良くなりに行った。


最初の事件発生から4ヶ月程度経過した頃であろうか、その間ずっとお湯を入れてはいないが、我々幹事団も対応を継続していた。季節は秋に差し掛かっており、寮生から「そろそろ湯に入りたい」との要望もあがりはじめてきた頃、私は「湯張り」するという一大決心をした。


その頃に幹事団は、殆どの寮生と会えば簡単に会話できるくらいには関係性を築け始めていた。100人単位いる寮で皆とそのような関係になれる幹事団なんてそうそういない。そこで、意を決し「お湯入れ再開」を決めた。もう起きてくれるなよ、との一心だった。再発してしまえば、お湯だけに水の泡だ。


お湯入れを再開してからの毎日はドキドキだった。管理人さんとも連携し、幹事団の毎日の報告・連絡・相談を確行した。1日が経ち、2日が経ち、犯行は起きない。それから3日経ち、そして5日が経てども何も起きない。いや、もちろん何も起きない方が良いのだが、警戒していた金曜夜も無事に乗り切った。


その後、3週間・1ヶ月を無事に乗り切った。よかった!犯行が起きない!この時の我々幹事団の達成感といったら何とも言い表せない、やりきった感があった。我々のお風呂浄化作戦は「成功した」と言っても良いだろう。我々は「ひょっこり」の現れない風呂をついに奪還したのだ。


この時、コミュニティを一定の水準以上に保つに際しては、人と人とのコミュニケーションが最適解なのだと悟った。だがしかし、私にはまだやれていないこと、分かりきっていないことがある。「浴槽の中でするってどんな気持ち?」ということだ。幹事皆で何回もこれについて議論した。想像してみたのだ。


だけども誰も実行に移す勇気は持ち合わせていないし機会もない。当たり前だ。事件がひと段落し、幹事団みなでゆっくりと風呂に浸かりながら、お互いの目を見合ってみな何かを思ったあと爆笑した。取り戻した綺麗なお風呂に響いた私たちの笑い声がいまも耳の奥でこだましている。


お食事中の方がいらしたら、なんだかすみません。


おしまい

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