第35話 奇麗な寝顔

 手紙を開封し家に帰ると自室へと戻り手紙を机の引き出しに仕舞った。一つ肩の荷が降りたこと、それから夜も更けていたことも相まって睡魔に見舞われすぐに眠りに落ちた。

 翌朝の空は晴れ渡っておりカーテンを開けると眩しすぎる閃光が目をさした。顔を洗い朝食を軽く済ませるとスマホを取り出し柳さんが入院している病院のホームページを開いた。面会時間を確認し時間までゆったり過ごすことに。手紙を読んだことにより気持ちは落ち着いており余計なことを考えずにいれた。穏やかな午前中の時間を過ごし太陽が天高く登ったころ準備を始め余裕を持って家を出る。

 病院の駐輪場に自転車を止めたところでふと見舞いの品を何も持ってきていないことに気が付いたが、面会時間には限りがあり今回は諦めることにした。病院の入り口を通り抜け、受付へと向かう。柳さんのお母さんは話を通してくれると言ってくれていたが確認を取るときは不安だった。


「柳結衣さんのお見舞いに来たのですが」


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 自分の名前を告げると受付の女性から院内では首から下げておいてくださいと面会証を受け取った。柳さんは一般患者とは別の病棟で療養中とのことだ。看護師さんに案内を受け後をついて歩き彼女の名前が書かれた名札が設置された部屋へと辿り着いた。扉の前で看護師さんは足を止め案内を終えると速やかに去り僕は頭を下げ見送る。廊下の曲がり角で看護師さんが姿を消すと僕はもう一度ネームプレートへと向き直り一呼吸入れてから扉をノックした。

 コンコンと無機質な甲高い音を鳴らし少し待っているとスライド式の扉がゆっくりと横へと流れていき開いた。薄暗い廊下とは違い窓から日光が差し込み自然光に照らされる明るい病室とともに柳さんのお母さんが姿を見せる。


「来てくれてありがとう」


 僕の姿を視認したおばさんは喜びの笑みを浮かべた。快い歓迎に頭を下げ失礼しますと病室へと足を踏み入れる。数歩進むと後ろで扉が閉まる音が響き、また数歩進むとベットの上で目を閉じ眠る柳さんが目に飛び込んできた。頭に包帯こそ巻かれているが、顔には傷が一切なく綺麗な寝顔だった。目立った外傷がなくてよかったと安堵するも、ベットの周りには医療器具が複数設置され布団に隠された柳さんの体に繋がれており事故の悲惨さを物語っている。安堵したのも束の間、すぐに痛々しさに胸が締め付けられた。


「ずっと立ってるとしんどいでしょ。ここに座ってちょうだい」


 ベッドの上の柳さんを見つめたまま立ち尽くしているとおばさんが椅子をベットの側に用意してくれた。ベットの手前で足を止めた僕は窓側に置かれた丸椅子に腰を下ろし、より近くで柳さんの横顔を見つめる。近くで見れば見るほど整った顔は際立ち安らかに眠っているようにしか見えない。普段なら気恥ずかしさや目が合ったらどうしようとなかなか人の顔をジッと見つめることなどできないのだが、今だけは悲しいかなそんな心配はいらない。


「結衣、深田くんが来てくれたわよ」


 僕とは反対側のベットサイドに椅子を用意し腰掛けたおばさんは柳さんの頬を優しく撫でながら声をかけた。昏睡状態の柳さんが目覚めるわけもなく呟きだけが部屋に響き掻き消える。おばさんに倣うように僕も頬を撫でてみるなんてわけにもいかず座ったまま親子二人を見守っていた。端からわかりきっていたことではあったが僕にしてあげられることなど何一つないのだ。


「よかったら深田君も声をかけてあげて。結衣もきっと喜ぶから」


 娘を愛で終えたおばさんは立ち上がりずっと黙り込んでいた僕に微笑みを向け促した。さらに気を利かしてなのか少し用事があると部屋を退室し僕は一人取り残される。素直に来たよと口にするのも気恥ずかしく、だからといって意識の無い柳さんに懺悔の言葉を告げるわけにもいかず上手く言葉が出てこなかった。


「柳さん、もうすぐ花火大会だよ」


 なんと声を掛けたらいいものかと悩んだ末に口から出たのは週末に迫った催しの事だった。昨晩、花火大会会場を歩いたことが想起させたのだろう。そこからは思い出を一人語った。もちろん相槌は一切なく独り言のように部屋に虚しく響いては消えていく。それでも数年ぶりの面と向かっての会話は素直に喜ばしいものだった。窓から差し込む温かな光を背に思い出の地を訪れたことを語っていると部屋の扉が開きおばさんが帰って来た。


「なに話してたの」


「思い出話を少しだけ」


「そう、なんだか結衣の表情も明るくなってる気がするわ」


 少し照れ隠しをしながら答えるとおばさんは柳さんの顔を見て表情の変化を口にした。僕から見ればなにも変わってないがそれはよかったですと同意するような返事と共に表情を緩ませる。面会時間には限りがあり顔も見ることができ話しかけもしたのでそろそろ御暇しようと立ち上がった。


「柳さんまた話聞いてくれないかな」


 最後に柳さんの顔をもう一度見つめてからお願いを口にする。その後おばさんに面会を通してくれたことへの感謝を伝えると、いつでも来てくれていいからと返してもらった。最大限の誠意を込めて頭を下げ、また来ますとはっきりと強く言い残し僕は病室を後にする。次は花を持っていこうそれから楽しい話題も。なにを話そうかと考えながら家へと帰宅した。

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