第31話 事故の様態

 病院の入り口前まで送ってもらい川崎さんと僕は車を降りた。まだ小雨が降る入口までの短い通路を足早に進み院内へと入ると落ち着かない心とは裏腹に静かで落ち着いた時間が流れていた。


「川崎、こっちだ」


 病院に入ってすぐの場所で僕の前を歩く川崎さんが呼び止められる。声の方へ振り向くと氷室君が待っていた。彼は僕が同伴していることに驚きこそしたが、何も聞かず柳さんのもとへと僕も川崎さんと一緒に案内してくれた。

 僕たちが向かった場所は手術室だった。現在も治療中と赤いランプが灯されている。手術室前に設置された椅子には女性が一人座っていたので少し間を空けて僕たち三人は腰かけた。僕たちよりも早く駆け付け手術が無事に終わることを祈るように手を組み待っている女性が柳さんのお母さんであることにはすぐに気が付いた。会うのは中学生のときに柳さんの家に行ったとき以来だったが、数年経っても変わらぬ横顔で見間違いなどではない。

 柳さんの無事を祈りながら待機しているときに今回の事故の経緯を氷室君が小声で話してくれた。柳さんは男性と一緒に二人乗りでバイクで走っていた時に、濡れた道路にタイヤがスリップしてしまいバランスを崩して落下したとのことだ。

 聞いただけでも恐ろしくより一層強く無事を祈る。座って祈ることしかできず待っているとついに手術中と灯されていたランプが消えた。手術室から一番近いところに座っていた柳さんのお母さんが立ち上がった。ランプが消え少し間が空いてから手術室の扉が開かれ担当医の先生が姿を見せる。柳さんのお母さんは真っ先に医師のもとへと駆け寄り様態を確認した。僕たちも会話の様子を眺め、最悪の事態ではないことを医師の表情から察する。

 手術の成功を確認した柳さんのお母さんは医師に何度も頭を下げてからこの場を去っていった。一刻も早く家族や知人に報告したかったのだろう。


「お父さん様態は」


 話を終え手術室に戻ろうとした医師を氷室君が呼び止めた。医師のことをお父さんと呼んだことには驚いたが、いまはそんなことよりも詳しい様態の方が知りたいと駆け寄る氷室君の後を追った。

 手術を担当した氷室君のお父さんからは命こそ取り留めたが意識はいまだ戻っていないこと、そして面会は家族以外出来ないことが告げられた。話を聞き終えると川崎さんはゆっくりと崩れ落ちるように床に座り込んでしまう。感情の起伏のない声で淡々と告げられた様態はほとんど最悪に等しく僕も足に力を入れないと立っていられそうになかった。

 話を終えた医師はすぐに手術室へと姿を消し、薄暗い廊下に三人取り残されたまま動けずにいた。氷室君に声をかけられ放心状態の川崎さんは立ち上がり、僕たちは病院を出た。

 雨は止み何もなかったかのように普段の日常が流れる駅までの道のりを僕たちは一言も発することなく歩く。駅で二人と別れ一人歩いて帰る道中、のどの渇きもあり何か飲んで落ち着こうとコンビニへと立ち寄った。

 意味もなく店内を一周してからペットボトルを手に取りレジへ向かう。お会計を済ませペットボトルが一本入っているだけの袋を受け取り店の出口へと向かうと一人の女性が入店してきた。入ってくる女性を優先して道を譲ったのだが派手な金髪をなびかせながら歩いて行った後には強烈な香水の残り香が鼻をつく。思わず顔をゆがめながら扉を押し退店音に見送られた。





 







 

 

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