第28話 告白は突然に

 想定していた時間よりも早く勉強の時間は終わってしまった。せっかくの二人きりでいられるチャンスなのだからと次の案を考えるもこの辺りの土地感がなくすぐに思い浮かばない。万が一を想定せずなにも事前準備していなかった僕の完全なる落ち度だ。


「まだ時間大丈夫?よかったら行きたいところがあるの」


 帰りたくないという強い意志のもとポケットにあるスマホを頼ろうとしたときに、ありがたい誘いが持ち掛けられ調べる手間が省けてしまった。時間ならいくらでもあるとすぐについて行くと返事する。また女性専門の服屋さんとか入りずらい場所だったとしても今度は一緒に店へ入るぞと川崎さんの隣りを歩きながら意思を固めた。しかし川崎さんが立ち寄ったお店はなんでも激安で揃っている愉快な音楽が流れる雑貨屋だった。雑貨屋も中継地点に過ぎず、なにやら買い込んだ川崎さんが袋の中身を見せてくれないまま僕たちは河川敷へと到着した。

 斜面を下り河原まで移動すると川崎さんはずっと手に抱えていた袋を地面に置き、嬉々として中身を取り出した。大きな筒に入ったシャボン液、バトミントンセットと隠されていたアイテムが紹介される。詰め込んでいたものを吐き出した袋は萎れてゆきそろそろ最後かなと商品紹介を眺めていると、急にセルフドラムロールが口づさまれ今日一番の高まった声と共に目玉商品が登場した。


「負けた方にはこれを飲んでもらいます」


 盛大な前置きと共に川崎さんが取り出したのは片手に収まるサイズの地味な小袋だった。謎に包まれた小袋の正体を見極めるべく凝視すると、パッケージに記載された世界一苦いという文言が目についた。これはいわゆる罰ゲームというやつだ。すべてを理解した僕は川崎さんの挑戦を受けて立つことにした。

 川崎さんはずっと余裕そうな口ぶりで、自分が罰ゲームを受けることなど想定していない様子だった。目に物見せてやると意気込んで臨んだのだが結果は手も足も出ず惨敗に終わる。

 試合終わりにナイスゲームと声をかけられ、実は小学生までクラブチームに所属していたというカミングアウトをされた。これは一杯食わされたとブーイングを口にするとハンデ有での再戦が提案される。

 若干感づいていたことではあったが、ハンデを貰っても試合が拮抗することはなく二度目の敗北を味わう。彼女には苦杯をなめさせられてばかりだ。これ以上の手加減を求めるのは野暮というもので、素直に罰ゲームを受け入れた。

 苦い粉が入った小袋を片手に持ち、もう片方の手には水が入ったペットボトルを持つ。深呼吸をして一気にいくぞと決意を固めている間も川崎さんからは好奇心に満ちた目で見つめられている。この借りは必ずどこかで返すと川崎さんの顔を今一度見てから、世界一苦い粉を口へと流し込んだ。

 口に含んだ粉をすぐさま水で流すと一瞬で口の中から消え去った。苦みもなにも感じない。ただの見掛け倒しかと平然とした風貌で川崎さんへと向き直ると、想定していたであろう苦しむ表情が見れず真顔で固まっている。

 残念でしたと呆気にとられる姿を眺めていると、口の中にしぶとくこべり付いていた小さな粉末が効力を発揮し始めた。世界一に恥じない渋みが体中を駆け巡り、表情をしかめ舌を出す。川崎さんはこれを待っていたと言わんばかりに手を叩いて笑いだした。

 愉快に笑っている彼女にかまっている余裕もなくなくペットボトルの水を飲み干す。満足したのかすぐに川崎さんは背を向け買い出し袋の中を漁り始めた。体を張ったのだからもう少し気遣ってくれてもいいのに。袋から次のアイテムを取り出した彼女だったが、次の遊びにいく前に水が入った未開封のペットボトルを手渡された。

 左手に液体がなみなみと入った試験管、右手には細いステッキを装備した川崎さんは少し離れた場所に立つと右手を大きく振った。ステッキから大きなシャボン玉が生成され思わず拍手が出る。はたから見れば高校生にもなってと思われるだろうか。

 口に広がっていた苦みも忘れ、踊り子のようにシャボン玉を飛ばす彼女に夢中になっていた。


「深田君もやってみない」


 舞台に上がり軽やかな舞を披露する姿を眺めていると、立ち止まってステッキを振る川崎さんに誘われる。彼女が立つ舞台へとかけより半分ほど液体が減った試験管とステッキを受け取った。

 シャボン液にステッキを浸し引き抜くと、大きく弧を描くように手を回した。自分の顔の大きさと変わらない球体が形作られ空へと昇る。シャボン玉はすぐに心地よい音とともに弾け再び感嘆する声を上げた。高校生にもなってまさか自分がシャボン玉で大はしゃぎする日がこようとは思ってもみなかった。

 残りわずかとなったシャボン液を川崎さんに返すと、これで最後と派手に舞いながらシャボン玉を飛ばした。軽やかなステップを踏む川崎さんだったが最後の最後で足を取られてしまい態勢を崩してしまう。特等席から眺めていた僕の体は脳からの伝令を受けるよりも早く動いた。

 地面に倒れそうな彼女に手を差し伸べるも間に合わず、前傾姿勢だったため川崎さんに覆いかぶさる形で二人倒れこんでしまった。両手を地面につきなんとか自分の体を支え川崎さんにのしかかってしまう事態だけは避けることに成功する。

 手のひらには柔らかい土の感触があり、倒れた場所が硬い土や砂利の上でなくて本当によかったと安堵した。川崎さんに危害が及ばなかったことに一安心すると、現状が非常によろしくない態勢であると警鐘が脳内に響き渡る。

 川崎さんと体を重ね合わせる事態こそ回避したが、この現場を誰かに見られてしまったら大変よろしくない。体を支える両手の間には彼女の小さな顔がおさまっており、今すぐに体をどかさなくてはいけないというのに僕は目と鼻の先の彼女を見つめたまま動けずにいた。胡桃色の髪は扇状に乱雑に広がり、大きな瞳は吸い込まれそうなほど美しい。それに夕日に照らされているせいか頬はかなり赤く染まっており色っぽい。こんな状況だというのに僕は細かな表情まで目に焼き付けていた。

 抵抗されることもなく二人倒れこんだまま時間が流れてゆく。こんなにも近い初めての距離感に心拍は大いに荒れ狂う。


「川崎さんのことがスキだ」


 予想だにしていなかった言葉を僕は口にしていた。川崎さんは突然の告白に目を見開いたが、僕は彼女以上に目を開き頬を染め狼狽えてしまう。なんの心構えもしておらず、雰囲気に呑まれてでた言葉だったとしても後戻りはもうできない。

 逃げるように彼女の上から急いで身を引いた。覆いかぶさる存在がいなくなると川崎さんはゆっくりと上体を起こし、髪の毛を手で優しくはらった。髪に付着していた草が宙を舞い風に吹かれ遠くへ運ばれる。落としてしまったシャボン玉セットを手に取り立ち上がると、川崎さんは何事もなかったかのように後片付けを始めた。 

 

「そろそろ帰ろっか」


 黙々と片づけを終わらせた川崎さんがようやく僕の方を向いてくれたかと思うと、帰宅を促す言葉だけを残しまたすぐに顔を逸らしてしまった。彼女の頬はいまだ赤く染まっていた。動悸はいまだ激しく思考もまとまらないまま自分の荷物を拾い、歩き始めてしまった彼女の後を追う。横並びではなく縦並びとなり謎の距離感を開けつつ僕たちは一列で駅の方へと向かった。


「それじゃあまた今度。バイバイ」


 駅に着くなり別れの挨拶が告げられた。ここで自ら先ほどの予定になかった告白の返事を聞き返す度胸もなく僕も別れの言葉を口にする。一人電車に揺られている間も、家に帰ってからも川崎さんの返事が気になり釈然としないまま何も手につかなかった。

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