第27話 できる男の策略
川崎さんのことも氷室君のことも大西君のことも僕は好きだ。けれど二人が家に来てくれたあの日から川崎さんを異性として意識する感情が芽生え始めている。思い返せばなにかと川崎さんとは縁があった。彼女に関わっていくたびに僕は知らず知らずのうちに募らせていたのだろう。その感情を自覚した日から僕はおかしくなった。川崎さんに誘われ三人で再び集まる機会があったのだが彼女の顔すら見ることができなかった。
川崎さんが席を立ったときに明らかに様子が変だと氷室君から声をかけられた。普段通りを装っていたつもりではあったのだが全然出来ていなかったらしい。他人には人一倍目を向ける彼女の事だからきっと氷室君と同じように気づいているのだろう。
どう答えようかと考えたが、二人にはもう隠し事はしたくないと本音を吐露した。もちろん川崎さんに関わることなのでくれぐれも本人には内密にしてほしいと前置きを入れて。
嬉々として食いつくわけでもなく変わらない落ち着いた声で「そっか」と氷室君はつぶやいた。話している間もこっちは心臓がバクバクだったのだと小言を言いたい気分だ。
「これってやっぱり好きってことだよね」
確認するように尋ねると頑張れと素直な励ましが返ってくるだけだった。川崎さんとは付き合いが長い氷室君になにかアドバイスを期待したのだが、先に川崎さんが戻ってきてしまい襟を正す。
「私がいない間に何話してたのかな」
川崎さんは席に着くなり両手を顎にそえ頬杖をついて対面に座る僕たちに聞いてきた。先ほどまで彼女の話題をしていたためか余計に意識してしまっているし、なによりこちらを見つめる彼女の姿勢がずるい。真実を口にすると誓ったとはいえ本人にはさすがに打ち明けることは出来ず嘘バレバレの抗弁でごまかした。
結局一日中意識し続け、しないようにと言い聞かせれば聞かせるほど沼にはまっていった。せっかく誘ってもらった場だったのに心ここにあらずといった様子だったことに申し訳なさを抱きつつ解散した後も、胸の高鳴りが治まることはなかった。
氷室君に打ち明けてからというものますます川崎さんへの思いを強く抱くようになっていた。嬉しいはずの夏休みは川崎さんに会えない時間を生み出し、学校生活での日常が毎日会えていたあの教室が恋しい。まだ休みは半分も終わっていないというのに早く学校が始まらないかなと課題も終わらせていない僕は思った。その時、天から降って来たかのように妙案が浮かんだ。
早速川崎さんに連絡を取ろうとスマホを手にするが、そこからが長かった。自分から誘いを持ち掛けるなど久しぶりすぎてなんとメッセージを送ろうか悩みに悩む。昼食時となりいったん考えることをやめた。
テーブルの上に用意されていた素麵をすすり終えるとそのままソファーへと腰掛けた。開け放たれた窓から入る爽やかな風を浴びながらくつろぎ文面を考えたが思いつかない。いったん川崎さんにメッセージを送ることを諦め、氷室君の課題の進捗はどうかと何気ない文を気軽に送った。川崎さんにもこれくらい簡単に送れたらなとスマホをソファーの上に投げ捨てテレビのリモコンを手に取る。
テレビを眺めながらだらだらと時間を浪費しているとスマホが鳴った。返信が来たと退屈だったテレビ画面からすぐさま目を離し手を伸ばす。確認するとまだ半分以上も休みが残っているのにほとんど片付いているという進捗報告が記されていた。氷室君なら当然かと驚くこともせず返信を考えていると続けさまに新しいメッセージが表示される。
どうかしたのかと物珍しそうに尋ねる短い一文にハテナマークを浮かべる可愛い動物のスタンプが添えられていた。一緒に課題が出来たらきっと手付かずだった課題も捗るだろうと誘いの言葉を送り返す。何気なく送ったつもりだったのだが話はあれよあれよと進み、最後に大西と川崎も誘っておくと送られてきてしまった。できる男は一味違うといったん置いたスマホに向かって土下座をする。思わぬ形で川崎さんと会える機会が出来てしまった。
夏休みに入ってからまだ一度も会っていない大西君は部活で忙しいらしく今回も来れないとの連絡を事前に貰っていた。夏休みに入りすっかりお馴染みのメンバーとなった二人を一番早く到着した僕は待っている。今回の集合場所はいつもの駅の広場ではなく、僕が電車に乗って二人の住む町へと向かうこととなったため早く家を出たのが一番乗りの要因だろう。
ほとんど待ち時間もなく川崎さんがやって来て二人で氷室君を待っている間も、以前のように挙動不審になることはなく川崎さんと自然に話せていた。これは調子がいいぞと会話しながら待っているとポケットのスマホが鳴る。メッセージではなく電話だと主張する鳴りやまないスマホを取り出すと氷室君の名が表示されていた。画面上のコールボタンをタップし電話に出る。
突然の電話は事故など大事に至る知らせではなく、今日行けなくなったという連絡だった。それはそれで結構一大事なのだが。電話に出たときは何かあったのかと心配したが、最後に二人きりだなと言い残されてしまいこれは一杯食わされた。以前思いを打ち明けたこともあり、気を使ってくれたのかなとありがたくもあったが今後は事前に言っておいてほしいと心の中で嘆いた。
氷室君が来れなくなったことを川崎さんへ伝えると軽い返事が返され二人で図書館へと向かった。夏休みということもあってか図書館には僕たちと同じ考えの学生が集っており空いている席がほとんどなく場所移動を余儀なくされた。
炎天下の中、歩き回ることは勘弁と僕たちは近くにあったファミレスへと入店した。ドリンクバーを注文しジュースを汲んでから課題に取り掛かる。私語厳禁な場所でもなく分からないところを教えたり雑談を挟んだりとまったりとした雰囲気で課題をこなしていった。
ポテトなどのサイドメニューをつまみながら課題を進めていたのだが、あまりの長居はよそうと課題を切り上げ退店した。
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