第24話 甘いひと夏

 夏の風物詩と言えばやはり花火である。恋人と花火大会に行くことだけは予定を考えていた段階から自分の中で確定していた。柳さんに誘いを持ちかけたのは夏休みに入るよりも前のことで、夏休みも折り返しを迎えようやく待ちに待った日が訪れた。

 柳さんは浴衣を身にまとい、髪も降ろさず奇麗に結わえられていた。会うたびに変身を遂げる彼女に嬉しくもあり少しだけ焦りのようなものが芽生える。今だけは不安の種のことは忘れ年に一度この日しか見れないであろう姿を目に焼き付けた。

 花火打ち上げまでには時間があり二人並んで屋台を見て回った。謎に興味を惹かれる様々なお面が並ぶ屋台でお揃いのお面を購入し頭につける。お面を頭に乗せる彼女も、わたあめを小さな口で食べる彼女も、必死にヨーヨーを掬う彼女もすべてが絵になり美しく見惚れてしまった。

 花火の打ち上げ開始時間が迫り移動しているとクラスメイトと出くわし声をかけられた。二人きりのところを呼び止められタイミングが悪いなと声には出さず悪態をつく。僕たちに絡んできたのはクラス内でも不良扱いされている関わりたくない人物だった。これから花火を見に行くからと早々に立ち去ろうとしたが簡単に見逃されることはなかった。


「お前ら付き合ってんの」


 背を向け歩き出そうとしたところであざ笑うような含みのある声が耳をつく。隠すような関係でもなかったが嫌な予感がして僕は黙秘の態度をとった。


「おい綾人、なにしてんだ」


 不良生徒の名を呼ぶ声が彼の背後から飛んできて周りに人が集まってきた。だんだんと事態はよからぬ方向へと転化しつつあり僕は彼女との関係を口にし早々に立ち去ろうと真実を伝えた。すると冗談だろ、似合ってない、いくら払ったんだなどと取り巻きの男子たちが口々にし笑い出した。

 

「調子に乗ってねえでおとなしく帰れ」


 不良生徒に詰め寄られるが僕も彼女を背にし一歩も引かない態度を示した。調子になど一切乗ってないし、はい分かりましたと誰が帰るものかと心は燃えあがり対峙する。

 両者引くことなく睨み合っているとドーンと腹の底にまで響く壮大な音が鳴り響き周囲が明るく照らされる。視線を上に向けると枝垂桜のように垂れ下がる花火の跡が残っていた。次の花火が打ちあがり現状も忘れ眺めてしまっていると強めの舌打ちが耳に入る。二発目の花火も見逃し不良生徒に向き直ると彼は背後にいた仲間に声をかけ去っていくところだった。

 予想だにしない事態に時間を取られてしまったものの、すぐに移動を再開し僕たちは場所を確保し花火を見上げた。不快なクラスメイトとの出会いも忘れるほど夜空に咲く花火に心奪われてしまう。フィナーレとなる怒涛の打ち上げから最後の大玉が炸裂し、観客からは喝采の拍手が湧きあがった。手を叩きながら目を輝かせる柳さんの姿を目が捉える。嬉しそうな姿を目にして今日は本当に来れてよかったと感慨深さに浸っていると、彼女がこちらを向いた。

 これは手にそっと触れてみるところかなどと最高潮の雰囲気に胸をときめかせていると、柳さんは花火よりもなにものよりも美しい笑顔を咲かせた。雑念は消え去り人生で最高の瞬間を目に焼き付けることに必死になる。


「来年もまた来ようね」


 言い終わってから気恥ずかしさが込み上げてきたのか彼女は頬を染め顔を逸らすと立ち上がった。地面に手をつき僕も立ち上がるといつもは長い髪に隠れて見えないうなじがうかがえる少し色っぽい後姿にはっきりと宣言する。


「絶対に来年も再来年も一緒に花火を見よう」


 柳さんは振り返りうるんだ目で満面の笑みを最後にもう一度咲かせた。その姿は儚げで抱きしめたくても触れたら消えてしまいそうな危うさを含んでいた。心の底から最高の笑みを返し彼女の手を取る。握った手から伝わる温かさと肩が触れ合うほど近くで感じられる甘い匂いは、彼女を見送り一人家に帰った後もずっと残り続けるのだった。

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