第23話 甘い青春

 初めて彼女が出来たのは中学一年の梅雨が明け心地よい風が吹く日だったことを今でもよく覚えている。二人だけが残った放課後の教室で僕の口は自然と告白の言葉を紡いでいた。他愛もない趣味の話から始まり、日常生活の何気ない会話や行事イベントの遠足、球技大会などを通して互いに惹かれていったのだ。

 彼女の名前は柳結衣。名の通り柳のように長く垂れさがる黒髪を後ろで一本の三つ編みに結わえ、眼鏡がよく似合う僕には勿体なさすぎるくらいの女性だ。

 彼女がいる夏休みが迫り完全に浮かれ切っていた僕は、デートの行き先をノートに殴り書きし日夜考えた。行きたい場所やりたいことは次から次へと思い浮かび尽きなかったが、まだ中学生である僕たちに実現できる範囲は限られていた。

 初めてのデートはお互いの趣味でもあり出会いのきっかけにもなった本が立ち並ぶ本屋巡りとなった。デート前夜はなかなか眠れず心臓がうるさかった。なかなか寝付けず翌日を迎えた僕は集合場所へと向かい夢ではないかと疑うほどの事件にあう。

 集合場所に向かうと背丈が柳さんと同じくらいでこれまた同じ長い艶やかな黒髪を真っ直ぐ降ろした裸眼の女性が立っていた。一目見ただけで印象に残る綺麗な女性だ。これはいけない、今日は大切な初デートだと頭の中から振り払いまだ来ていない柳さんを待つ。

 気を抜けば見惚れてしまいそうな女性と少し距離を開け待っているとなぜか長い黒髪を優雅に揺らしながら見ないようにしていた女性が僕の元まで近づいてきた。今ここに柳さんが来てしまたら変な誤解を与えてしまうと僕は再び距離を取ろうと背を向ける。


「なんで逃げるの。着いてたなら声くらいかけてよ」


 背を向け歩き出そうとしたところで呼び止められてしまう。誰かと勘違いしていませんかと思いつつも無視するわけにもいかず振り返る。目の前に立つ女性をはっきりと頭からつま先まで見返したが知り合いにこんな美人さんの心当たりがなかった。目を細め首を傾げていると目の前の女性は僕の名前を口にし意識を確認するように顔の前で手を振った。


「付き合ったばかりの恋人のこともう忘れちゃったの」


 僕に恋人は一人しかいない。三つ編みのポニーテルを揺らす眼鏡がトレンドマークの彼女だ。明らかに目の前の女性の容姿とはかけ離れている。しかしずっと見つめているうちに覚えのある面影がちらつき僕は疑問形で彼女の名前を口にした。


「気づくのが遅い。もう少しで帰ろうかと思っちゃった」

 

 木の実を詰め込んだリスのように頬を膨らませる柳さん。むくれた表情もつかの間に眼鏡の奥にいつも浮かべられていた笑みがはじけた。別人のように印象を変えた柳さんに心はかき乱され、思考は停止寸前だ。彼女に愛想をつかされるまで持ち合わせる語彙をすべて駆使し賞賛を口にした後、本屋へと向かた。

 目的地に移動し互いにおすすめの本を紹介し合い和やかな雰囲気でデートの時間は流れていた。僕の頭には柳さんが紹介してくれた本の情報はほとんど入ってこず、ずっと彼女に見惚れている。この後も一日中この調子なのだろうと目が釘付けにされている僕は悟った。数件の本屋を見て回ったあと休憩も兼ねて小さなショッピングモールへと立ち寄る。飲み物を購入しのんびりと話しながら休んでるとあっという間に帰る時間となっていた。

 出口へと向かう途中にプリクラ機の横を通り過ぎ引き留められた。柳さんは筐体を指さして一緒に撮ろうとせがんできた。嬉しい誘いではあったが気恥ずかしさもあり躊躇ていると、手を握られ強制的に連れ去られてしまう。いきなり握られた手に動揺を隠せず顔が赤く染まる。デート中は並んで歩いていても一度も手をつなぐことはなかったのにこんな形でつなぐことになるとは。柳さんの表情も見てみたかったがここからでは後姿しか見えない。しかし一瞬だけ見えた長い黒髪に隠れる耳は赤く染まっていたような気がした。

 数回の撮影を経てデコレーションされたプリクラが半分に分けられ手渡される。僕と柳さんの間には謎の空間がある。抱き着くまではいかなくても、もう少し距離を縮めろと次回の課題が見つかった。でもこれはこれで付き合って間もない距離感といった様子で初々しさがある。二人きりで初めて撮った思い出の写真を大事に鞄へと仕舞った。 


 


 



 

 


 

 

 

 

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