第21話 過去との対面

 一学期の最終日を迎えても柳さんの彼氏について聞き出せた人物はおらずこのまま夏休みへと突入しようとしている。本人に聞きずらいのであればと、僕の前の席に座る唯一何か情報を握っているであろう人物のもとへとたびたびクラスメイトが集った。しかし川崎さんは知らぬ存ぜぬと一貫した態度で口を割らず、肩を落としてクラスメイトが去っていく様を数回彼女の後ろで見たことがある。

 終業式が終わりクラス内の話題は明日から始まる夏休みの計画の事へと移り変わっていた。部活動の合宿、バイトを始める、旅行に行くなど様々な予定が飛び交っている。明日からのスケジュール帳に何も刻まれていない僕はこのままでは何事もなく二学期を迎えてしまうと危機感を覚えていた。とりあえず帰ったら近くの催しを調べることから始めようとあまりに遅すぎる決意をする。

 通知表が配られ終え、担任の先生の総括があり一学期最後の日直による号令が告げられる。数日前から置きっぱなしにしていた荷物を少しずつ減らしていたため重たくならずに済んだ鞄を担ぎ上げると、川崎さん氷室君大西君の三人と一緒に教室を出た。廊下を歩きながら夏休みの計画を語り合い、一回は遊びに行こうと川崎さんが言ってくれて早くも予定が一つ埋まりそうだと安心する。高校生の夏休みは一味違ったモノになりそうな予感がした。

 靴を履き替えいつもなら下駄箱に仕舞う上履きを手にしていたシューズケースに仕舞い校門の方へと向かった。夏休みの話で舞い上がっていた僕の視界に門の端の方に腕を組んで立つ男子生徒が映った。見慣れない制服を着用しているため目立っている。無意識のうちに体は身を隠すように三人の背後へと移動した。他校の男子生徒とすれ違い校門を通り抜けたタイミングで誰かを待っているであろう彼の口が開かれた。


「よお深田、元気にしてたか」


 背中にかけられた声は爽やかな挨拶とはかけ離れたあざ笑うような声色だった。呼び止められ立ち止まるが放たれた言葉が蛇のように体にまとわりつき僕は振り返ることが出来ない。夏休みに心躍らせていたのが嘘のように心中穏やかでない僕をこのまま見過ごしてくれるわけもなく「おい」と強めの声が耳をつんざき恐る恐る振り返った。


「久しぶりだね……高屋君……」


 中学一年生のときぶりに初対面ではない他校の制服を着た人物の名前を呼んだ。名前を口にすると高屋君は嬉しそうに口角を上げる。嫌な笑みだった。


「また中学のときみてえにお使い頼むわ」


 なんとか背後にいる三人に不信感を与えないようと努力するが口は動かず顔にはへらへらとした気持ちの悪い笑みを作っている。完全に固まってしまった僕の前に一人の女子生徒が立ちはだかった。


「あんたなんなの、何しに来たわけ」


 言葉には怒気が含まれ目を逸らすことなく川崎さんは言い放つ。僕は慌てて数歩前に立つ彼女の隣りへと足を踏み出し、今だけは入ってこないでくれという強い意志を込めて大丈夫だからと伝えるが引き下がってはくれなかった。


「俺はこいつの飼い主ってところだ。今日は彼女を迎えに来ただけだったんだが、そういうお前こそなんなんだよ」


「意味わかんない。私は深田君の友達で後ろの二人も同じ」


 一歩も引かない強気な姿勢で川崎さんは言い放った。もう何も言わないでくれと願うが、自分の力だけでこの場を何とかすることもできず立ち尽くすしかない。川崎さんが何かを言うたびに高屋君は嬉々として口を開いた。


「おいおい困るぜ、ちゃんと友達には紹介してくれよ。俺に服従を誓った負け犬なんだから」


 川崎さんが次に言葉を発するよりも早く僕は彼女の腕を掴んだ。もの言いたげな表情で見つめられるもやめてくれと目を見つめて訴えかける。思いが通じたのか言い返すことはぜずに一歩引いてくれて僕は掴んでいた腕を離した。しかしご機嫌な高屋君はそれではつまらないと挑発するように言葉を投げかけた。


「友達と言いながらなにも知らないんだな。だったら俺が教えてやろうか、なんでこいつが負け犬なのか」


 自分がどんな表情をしてこの場に立っているのか分からない。ただ一つはっきりとしていることがあった。僕の学校生活はまた抜け出したはずの地獄のような日々に遡ろうとしているのだ。それだけは絶対に嫌だ、なんで一学期最後の日に彼に出くわしてしまったんだと心は悲鳴を上げるが現実では何もできず行く末を眺めていることしかできずにいる。


「こいつは女を守るためにいじめに抗い俺に服従を誓ったのに、結局は俺に女までとられた。だから負け犬なんだよ」


 今日一番の嘲笑が彼の口から発せられた。もう限界だ、胸が張り裂けそうだ。握りしめていた拳は力を失い、肩に提げていた鞄が地面へと落ちる。後に続くように僕も膝から崩れ落ちた。眩暈がし吐き気が込み上げてくる。朦朧とした意識で地面を見つめうなだれる耳にダメ押しとなる声が届く。


「高屋くんなんでここにいるの」


 彼女だけはこの場所に現れてほしくなかったと声だけで現れた人物を察するも、顔を上げ柳さんの姿を視認していた。感じたことのない強烈な拒絶反応が全身を駆け巡り、心はこれ以上ここにいてはいけないと危険信号を灯す。本能に従うように立ち上がると背後で見守っていた氷室君たちの横を駆け抜け、おぼつかない足をひたすらに前へ前へと逃げ出した。自宅の玄関に靴を乱雑に脱ぎ捨て自分の部屋へと一目散に駆け込むと、カーテンを閉め切り真っ暗な世界へと回帰した。

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