第20話 疑念にまみれた一日

 川崎さんとの二人きりの休日という夢のような時間を過ごした翌日、シンデレラの魔法が解けるかのように朝から不安に駆られていた。寝て覚めてもいまだに海岸沿いに立つ彼女の姿が鮮明に浮かび上がる。しかし今日からまた新たな一週間が始まり学校へと登校しなければいけない。二人きりのところを誰かに目撃されており、店員さんと同じようにカップルと勘違いされ問い詰められることになったらどうしようとボタンを留める手がおぼつかなかった。

 クラスメイトであれば僕と川崎さんが恋人関係などという噂が立っても鵜呑みにはしないだろうとなんとか理由づけて早まる鼓動を鎮めつつ自転車を漕ぐ。いくら理由づけをしようとも教室のドアに手をかける瞬間には再び鼓動は暴れ出し一度深呼吸をするとあやふやな決心のままドアをスライドさせ一歩を踏み出す。

 嫌な予感というものはどうしてこう的中するものか、教室内は朝からソワソワとした異様な雰囲気が漂っていた。見られてしまったと悟り僕は何があっても真実を口にしようと固く誓う。自分の席にたどり着くまでに話しかけらることもなく、当事者が来たというのにクラスメイトは興味なさげといった様子だ。気掛かりがあるとすれば僕の席で顔を机にうずめるように座り込む大西君の存在だった。とりあえず挨拶の声をかけるが返事はなく、隣に座る彼のことをよく知る男子生徒にこれはどういうことと目線を送る。


「おい、深田が来たからどけ」


 氷室君は僕が登校してきたことを口にすると横から大西君の太腿あたりを足で小突いた。うなだれていた頭がゆっくりと持ち上がりいつもの陽気な声音からは想像もできない声が発せられる。


「深田……深田……どうして付き合ってること教えてくれなかったんだよ」


 ゾンビのようなうめき声で名前を呼ばれ、やはりというべきか勘違いされている。こうなってしまうかと危惧していたことが起こるも、相手は大西君で知らない人に聞かれるよりかは真実を伝えやすい。話した後は彼の口から勝手に真実が伝染しクラス内の噂も掻き消えるだろう。


「どうしてもっと早く柳さんに中学校からの彼氏がいることを教えてくれなかったんだよ」


 高を括る僕の口が動くよりも先に予想だにしていなかった名前が耳に入ってきた。完全に川崎さんとのことだと思い込んでいたため呆気に取られてしまう。自分たちの事ではなかったことに安堵しつつ、なんのことだと逆に聞き返した。昨日柳さんと謎の男性の目撃情報があり、男性が中学の同級生と知り僕に聞いているとのことらしい。短い青春に別れを告げるように悲壮感がにじむ声で話してくれたところ申し訳ないが、僕は今回のことについて何も知らなかった。そもそも僕が懸念したようにただの勘違いではないのだろうか。


「ごめん、柳さんに彼氏がいるなんて知らなかった」


 口からは知らないと単調で無機質な声がでていた。そんなわけないと疑いの目を向けられるが、本当に柳さんの恋愛事情など知る由もなく押し黙るよりほかない。なかなか信じてもらえず無言の押し問答を繰り広げていると現在クラス中が最も注目を寄せる人物が教室へと現れた。入学初日と同様にクラスメイトの視線を浴びる柳さんとその横には川崎さんの姿があった。二人は気にする様子もなく教室へと入ると途中で別れ自分の席の方へと歩いている。柳さんが着席してからも真実を本人に確かめる猛者は現れぬまま予鈴が鳴った。

 放課後になるまで探り合う展開は変わらず、日中は川崎さんだけが渦中の人物に気軽に話しかけていた。これは推測だが柳さんから遊びに来れなくなったと連絡を貰った川崎さんはそのときに恋人がいることも知らされた。だから彼女だけはクラスメイトとは一線を画し変わらずに接することが出来るのではないだろうか。

 一日中真偽を気にしていたクラスメイトとは違い、川崎さんとの二人だけの休日について聞かれないかと心配していた僕は晴れやかな気分で教室を後にし帰路についた。




 




 


 

 

 

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