第19話 二人きりの休日 後編

 店員さんに恋人同士だと勘違いされたことに対し互いに言及することなく服屋さんを後にした。もしかしたら支払いのときにこっそり僕たちの関係を訂正されてしまっているかもしれないが、そこに関してはあずかり知らぬところだ。

 服屋以外には行きたい場所がなかったのか川崎にどうしようかと投げかけらる。どんな専門店があるのかも知らないため行きたい場所などあるはずもなく、僕たちは適当に歩いて見て回ることとなった。様々なお店が並ぶ通りを眺めているだけでも飽きず意外と面白い。駄菓子屋さんや行列ができているお店に興味を示したりしているとクレーンゲームなどが立ち並ぶゲームセンターが見えてきた。

 小さい頃よく遊んでいたレースゲームの筐体が目に留まり懐かしさを抱きながら横目で眺めていると、服を購入してご機嫌な声が僕を引き留めた。隣を歩く川崎さんに思い出深いゲームの話をすると以外にも乗り気な様子でせっかくだし遊ぼうよと誘われカートシートが並ぶ方へと足を運んだ。

 久しぶりにハンドルを握り操作に不安もあったが、ゲームがスタートすれば体は勝手に動き危なげないハンドル捌きで三周あるコースを走りきった。一着でゴールした僕に対し川崎さんは下から数えたほうが早い順位で納得いかない表情を浮かべると、もう一回と再戦を望んだ。待機する人もおらずそのまま二回戦へと突入するが結果はさほど変わらず僕の圧勝で終わる。悔しそうに頬を膨らませる川崎さんにどうしようかと確認するともう一回と力強い言葉が返ってくる。負けず嫌いな態度をむき出しにする彼女にコース上に出るアイテムの応用や、曲がり方のコツを伝え三戦目はスタートした。

 英語のテスト対策のときも実感したが川崎さんは呑み込みが早い。簡単なドリフトやアイテムによる防御方法を覚えただけでレース展開は白熱し、自ずとハンドルを握る手にも力がこもる。一位の座は譲らなかったが川崎さんは順位を三位まで跳ね上げこのまま続けたら僕の天下もいつまで続くかなと危機感を覚えた。しかし今回は順位に満足がいったらしく四戦目以降はは実現されずに済んだ。

 カートから降りた後も太鼓を叩くリズムゲームや、モグラではなくワニが出てくるワニ叩き、エアホッケーで競い合った。ずっと周りの目を気にしていたはずなのに、自然と細かなことは忘れゲームに夢中となる。レースゲームでは負けなしだったがその後はすべて敗戦を期してしまった。学力で負けたときとは比べ物にならない悔しさが腹の中で煮え滾る。一勝三敗というふがいない戦績でゲーム対決は幕を閉じ、初戦の勝利による余韻もその後の積み重なる敗北に上書きされ後味の悪さだけが残った。

 喉の渇きが悲鳴を上げていた僕たちはコーヒーショップへと立ち寄り飲み物を購入してから外へと出た。空はすっかり夕焼け色に染まり幻想的な雰囲気の海沿いを二人並んで歩く。僕の手にはシンプルなカフェオレがあるのに対し、川崎さんの手には長文の呪文のような注文でトッピングが追加されたカップが握られている。目を引くのはコーヒーの上に盛られたホイップで、それだけでも甘さが限界突破していそうなのにチョコソースまでかけられていた。

 一口飲んだだけで胸焼けしそうなドリンクを見つめていると、カップが出しだされる。怖いもの見たさでホイップクリームを自分のストローですくい上げ口に運んだ。案の定口の中は糖分で支配され甘さに悶えていると、微笑を浮かべる川崎さんからホイップの下に隠れたコーヒーへとさされたストローが向けられる。一度口づけされたストローを口にするのは躊躇われ首を振り自分のカップへとストローをさし直し吸い上げた。コーヒーの苦みが残り続けていた甘みと混ざり合い絶妙なバランスでマッチする。単体で口に入れてしまったことを悔いながら新たな発見に頬を緩めると、川崎さんは満足そうに身を翻し海辺のフェンスに手をついた。

 

「アトラクションでも遊びたかったな」


 赤く染まった海面を眺める川崎さんは名残惜しそうにつぶやいた。今も波が壁に打ち付けられる音と共に、背後からは楽しそうな絶叫が届いている。どちらかというと絶叫マシーンは遠慮したい僕からしてみれば理解しがたい悲鳴だった。


「もうすぐ夏休みだしまた今度五人そろって遊びに来ようよ」


 エモーショナルな雰囲気にあてられたせいか自発的に未来の約束を取り付けるようなことを口走っていた。らしくもないことを口にした自分自身に驚きを隠せず、川崎さんも驚いているようにも喜んでいるようにもとれる表情を浮かべている。


「ありがとう。次は絶対に五人で来ようね、約束だよ」


 夕焼け空にも劣らない見惚れてしまいそうな満面の笑みが向けられ、ここにいない三人の分まで約束だとうなずきを返すことしか出来なかった。この瞬間を切り取って飾っておきたいと思えるほどに目に映る川崎さんは綺麗だ。このまま時が止まってしまえばいいのにと乙女チックな思考が巡る。この場所に来てから本当に僕はどうかしてしまっているらしい。しかし現実は常に非情で夕暮れ時に鳴るチャイムが流れ始めてしまい、僕たちは駅の方へと歩みを再開させた。

 楽しい時間が終わってしまうというのに心に寂しさを抱くこともなく、口約束でしかないはずなのに僕の頭の中には五人で再びこの場所を訪れ笑いあっている未来予想図が展開されていた。



 

 

 

 

 

 

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